第86話 凶弾

 海戦から始まった蒼髑髏の海賊との戦いも、おそらくはその最終局面へと向かっている。策に策を重ね、劣勢から分がある戦いにまで押し上げた俺達は、最後の仕上げ、敵戦力の完全無力化を目指して一致団結していた。


 陸の主戦場から少し離れた水辺の方では、トマゴブ砲撃部隊が今も止む事のない砲弾の嵐を降らせている。潜水した敵船三隻を浮上させないようにする為、こちらも大砲をフル稼働中だ。ただし、クリスの炎が篭められた爆炎弾には数に限りがあるから、現在はゴブリンクルーの装備欄にセットしている鉄球砲弾で対応している。爆発こそしないが、クルーの装備なら弾は無制限に補充される。適度にばらして水面に着弾させれば、船が浮上する隙間はできないだろう。


 一方で、大人数が入り交じった陸の戦いは激化の一途を辿り、収まる様子を一切見せない。陸地に上がった残存戦力にて、決死の猛攻を行う海賊達。それに対しこれ以上の進軍は阻止せんとする、クルーにサハギン、スカルさんといった混合部隊を率いるクリス。銃声や魔法が飛び交ったと思えば、前線では刃と刃を交える者達の姿も見える。


 双方の勢いは拮抗し、だからこそ俺は仲間達のHP管理から手が離せなかった。半ばモンスター達の復帰拠点と化しているここは、入江の巨大空間の入り口付近、戦線の最後方。俺に憑りつくジェーンも大忙しで、待機モードから俺の下へと舞い戻った仲間達に回復薬を手渡したり、怪我が酷く自然治癒が間に合いそうにない者に対して治癒魔法を詠唱したりと、息つく暇もない。相手だって死に物狂い、油断なんて一瞬もできないんだ。


「『ヒール』……! ど、どうですか?」

「ゴブッ! ゴブゴブ、ゴブ!」

「よ、良かった。言葉は分かりませんが、元気になったようですね。すみませんが、またお願いします……!」

「ゴーブ!」


 ジェーンに治療を施され、元気に戦線へと駆け戻って行くゴブリンクルー。流石は『光魔法』のCクラス、見事に治してくれるもんだ。ただ、ちょっと無理をし過ぎているかな。


「ジェーン、例の領域も発動させたままなんだろ? 魔力回復薬を飲みながらで良いから、少し休めって。その間は俺が手渡しで対応するから」


 これらの仕事をこなしながら、ジェーンはある魔法を維持させている。『デイブレイク』というらしいその魔法は、場所に対して付与する事ができる結界系の魔法だ。見た目は何も変化がないが、アンデッドの再生能力を阻害する働きがあるそうだ。場所に施す魔法だから、アークやバルバロの立ち位置に関係なく設置が可能なので、大変都合が良い。ただアンデッドならば敵味方問わずに効力が発揮されてしまう為、スカルさんの位置に注意して使わなければならないデメリットもあるけど…… そこはまあ、今の状況だと気にしなくても良いかな。


「ですが……」

「ジェーンが倒れでもしたら、展開した領域が消えてしまうんだろ? なら、無理はいけないよ」

「た、確かに…… 分かりました。申し訳ありませんが、少し魔力の回復に努めさせて頂きます。肩、お借りしますね?」


 無理矢理にでも休ませなければ、ジェーンは限界まで自分を酷使してしまうだろう。残念そうなジェーンの顔を見ると、良心が凄まじく痛んでしまうけど、何とか堪える。だって俺、船長だもの……!


「ッチ、しつこいねぇ! いい加減に道を譲ってぶっ倒れな!」

「いやよ、もっと私の相手をなさい! こんなにも楽しい折角の機会、絶対に逃すもんですかっ! 何より、運動後のご飯が美味しくなるものっ!」

「こ、この……! スポーツ感覚でアタシの邪魔をするたぁ、根性据わってるじゃないか……!」

「それよりも腕の再生遅くなってない? ねえ、真面目にやってる?」


 っと、やっぱりあそこが一番白熱してるな。忘れてはならないアークとバルバロ、両陣営の最高戦力同士の戦い。繰り返すが、主戦場の岸辺では戦闘行為が続いており、どこも絶賛乱戦中だ。ただし、特にどちらの陣営が持ち掛けた訳でもないのに、一ヵ所だけがらんとした空白地が存在している。クルーや敵海賊はもちろん、スカルさんが召喚したボーンウルフだって近付こうとしない、魔のスペースと呼べるだろうか。まあそのおかげで、ジェーンの魔法を気兼ねなく使う事ができた訳だけど…… とにかく、最高戦力たる彼女達のフィールドは、二人だけの戦場となっていた。


「姐さん、船から掻き集めてきたよっ! これを使って!」


 横倒しの船の中から、褐色肌の少女がひょっこりと現れ、煌めく何かを複数個ぶんぶんぶんとぶん投げる。コントロールと肩が良いのか、その何かは吸い込まれるようにしてバルバロの方へと向かって行った。


「でかした、ブルローネ!」


 骨の腕にて、投じられた物体をバルバロがキャッチ。何とそれらはいずれも剣って、何てものを投げ渡しているんだ、あの子!? 曲芸かよ!?


「出し惜しみなし、全部が全部名剣魔剣の類だ! やっちゃえ姐さん!」

「へえ、追い武器ってやつ? 私は全然構わないわよ。何か段々と再生が遅くって微妙かなぁなんて思ってたけど、楽しませてくれそうだし!」

「減らず口もそこまでにしておくんだね! アタシも漸くこの腕を使い慣れてきたところだ。更には七つの海から収集したこの剣が、アタシの手に加わった! 次で確実に仕留めてやるよぉ!」

「ふむふむ。じゃ、次で全力を出せる訳ね? それでこそ、練習させてあげた甲斐があったってものよ! お腹も良い具合だし、私も次で全力を出してあげる!」

「面白い! てめぇで吐いた言葉、飲み込むんじゃないよ!」


 亀裂を走らせるほど力強く地面を踏みしめるアークと、全部で七本の剣を一斉に構えたバルバロが対峙し、互いに正面へと飛び込む。尋常でない覇気を皆も肌で感じ取ったのか、この瞬間だけは周りの喧騒がピタリと止まっていた。自然と視線はこの場所に集まり、まるで敵味方関係なく、二人の勝敗を見守っているかのようだ。


「アーク!」


 かくいう俺もそのうちの一人で、思わずアークの名を叫んでいた。100%勝てる勝負ではない。不思議と、瞬間的にそう感じてしまったんだ。


 衝突する間際のタイミングで、次々と振り降ろされる剣の嵐。全ての剣が異なる形状をし、更には宿している力もが多彩。ほぼ同時に異質の攻撃をこれだけ受けるのは、アークにとっても容易な事ではなかった。


「っつぅ!」


 鎖と回避行動でいなし切れなかったバルバロの斬撃が、アークの体に数多の傷害を与える。切り裂かれた傷の中には深いものもあり、見ているだけで激痛が走る錯覚に陥ってしまう。それだけの血が舞い、それだけアークの表情にも余裕はなかった。だが、ダメージを代償に嵐を切り抜け、バルバロの懐へと潜り込めた。


「っと!」

「ッチ!」


 最後にバルバロ自身の手に控えていたカトラスをも躱し、アークの拳が固められる。


「よし!」


 無意識のうちに、俺まで拳を固めてしまう。


 ───ダァ──ン!


 突然の銃声。予想もしていなかった音の直後、バルバロのもう片方の手の先より、煙が立ち始める。


「本当のラスト、まさかこいつまで使わせるとはね…… 脱帽もんだ。認めるよ。アンタは間違いなく、アタシがこれまで戦った中で、最強の女だった」


 バルバロの左手、そこには水の中へと投げ捨てた筈の、あの海賊銃が握られていた。もう一丁、あったのか……!? 銃口はアークの顔に向けられている。地面を抉るあの威力が、顔面に当たったとしたら─── 銃の衝撃で上半身を後ろに反らしたアークを目にして、最悪を想像してしまう。


「ふぁーんふぁ、ふぁんふぁってぇのふぇー!」

「……は?」


 急展開。今度は間の抜けた声が入江に響き渡った。


「ペッ!」


 アークが反らした上半身を一瞬で正位置に戻し、口の中から何かを吐き出した。ついさっき放たれた弾丸である。弾はコロコロと地面を転がりってええぇぇ!?


「貴女ね、いくらお腹が空いているからって、こんな銃弾なんか食べる訳ないでしょうが! いくら私でも、い・ら・ぬ…… お世話っってもんよ!」

「ちょ、は───!?」


 俺と同じく呆気に取られていたバルバロの腹部に、アーク渾身の一撃が放たれた。

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