第85話 ヘイトリッド

「無駄なお喋りはその辺にしてもらおうか」


 アークがおかしくしてしまった空気を、カトラスを抜いたバルバロが一声でピシッと引き締めてくれた。指揮官たる圧というか、彼女は有無を言わさぬものを持っている。背中がでっかいと言うか…… ともかく、俺も見習うべきカリスマ性だ。


「何よ、全っ然無駄じゃないし! 私の沽券に関わる事だし!」

「ア、アークさん、今は少し静かにしていましょう。一応、マスターと敵船長が対峙する、大事な場面ですので……」


 ただ、そのカリスマ性もアークは簡単に打ち破ってしまうのが厄介なところ。そしてクリス、ナイスアシスト。


「まったく、アタシの船に負けないくらい賑やかなだねぇ。おい、そこの金髪。アンタがやってくれたっていう一本釣り、何も喜んでるのはアンタらだけの話じゃないんだよ?」

「………」

「おい、聞いてるのかい?」

「すまん。ちょっと拗ねてるみたいだから、そのまま気にせずに続けてくれないか?」

「は? ……ッチ、締まらないねぇ」


 いや、だからごめんて。そう簡単にアークをコントロールできると思わないで頂きたい。そんな事ができるのは、我が海賊団の食事のほとんどを担っているクリスくらいなものだ。


「アタシらを水から引きずり出す事に優位性を見出したようだが、そいつは同時にアタシらにチャンスを与える事にもなるんだ。分かるかい、この意味?」


 そう俺達に問い掛けたバルバロが、カトラスを真上に掲げた。なぜ真上に? なんて疑問が巡るのも束の間、次なる現象はすぐに巻き起こる。カトラスを持つバルバロの片腕が、どこからともなく現れた、骨と思われる白い物体で包まれ始めたんだ。白骨の籠手と言うべきだろうか? 肩なんて髑髏を模した形だ。膨れっ面を作っていたアークも、これには興味を示したのか両目を輝かせている。


「その意味も気になるけどさ、それは一体何なんだ?」

「なぁに、最後の奥の手を使わせてもらっただけさね。このカトラス、『ヘイトリッド』は北方の海で見つけたお宝でね、これまでアタシが手に入れた物の中でも特にお気に入りなのさ。折れず、鋭く、海賊が持つに相応しく禍々しい形状をしている。だが、アタシがこいつを持つ本当の理由はそこじゃない」

「へ、へえ……」


 バルバロがカトラスの剣先をこちらに向けると同時に、アークが嬉しそうに鉄球を振り回し始めた。それはもう、とても嬉しそうに回し始めおった。


「ヘイトリッドは骨や死体を媒体にして、一時的ではあるがこの世に未練を残した奴らを操る事ができるんだ。ま、使い物になりそうな奴の死体なんか、都合良く落ちてないのが普通なんだが…… どうもこの場所は、アタシにとって都合が良いらしい」

「媒体、ね…… そいつはおかしな話だな。この辺りにそんなものは、一切ない筈だぞ?」

「クククッ! お前さん、嘘は頂けないよ。ちょっと前まで、この辺りに深~い未練を持った海賊がいたんじゃないかい? 何の偶然か、あそこに座礁している船はアタシの同業者のもんでねぇ。悪名高く狡賢い海賊で、名はラカムという。巨人族の血を引いているんだかは知らないが、背丈はアタシの二倍ほどもあった。で、そいつはアタシが手に入れる筈だった北方の秘宝を、まんまと持ち逃げしやがったクソ野郎なんだが…… 心当たりはないかい? 例えば─── この腕とかねぇ!」


 バキボキと骨と骨が強く擦れ合うような音が、異様なまでの音量で聞こえてくる。かと思えば、バルバロの背中より見覚えのある六本の腕が出現。まるで阿修羅の如く、太く強靭な骨の腕が、六本…… ああ、考えるまでもない。あれはつい先日、俺が止めを刺した六本腕のボス髑髏のものだ。


「おっかしいなぁ。そいつ、確かに火葬してやったから、骨なんか残っていない筈なんだけど」

「惜しいねぇ、実に惜しい! ここの水の底にひっそりと、だが確かな恨みを持ったされこうべが沈んであったよ! アンタ、戦いの最中に頭蓋骨だけ吹っ飛ばしでもしたんじゃないかい!?」

「……あっ」


 残酷なまでに的確な指摘。やっばい、すっごく身に覚えがあるんですけど。六本腕の頭部に蹴りをかました犯人は、確か───


「ウィル、良くやったわ! 貴方の蹴りがこの強敵を誕生させたのよ!」


 言い方! その言い方止めて! いや、アーク的には褒めているんだろうけどっ!


「ハハッ、むしろアタシが強化された事を喜ぶか! とんでもない戦闘狂もいたもんだ!」

「ちょっと! 頑張って黙っていたけど、もう話が長いのよっ! さっさと来なさいよ!」

「良いねぇ! お望み通り、ぶっ倒してやるよ!」


 カトラスと骨の腕を交えた乱撃にて、先頭に立つアークを攻撃するバルバロ。攻撃の一発一発がどれも鋭く、明らかに六本腕のボス骸骨の頃よりも強力になっている。正直なところ、俺では絶対に躱しきれない速さだ。単純にバルバロのステータスがボス骸骨よりも上だから、動きそのものが向上してるって事か?


「ほっ! はっ! とうっ!」


 だがその全てに対し、鉄球の鎖のみで器用にガードし切るアークも恐ろしい。これ、援護したくても近づく事がそもそもできないんじゃなかろうか。


「後がないアタシらにとってはなぁ! 敵陣に突っ込んでまで敵のボスの首を取っちまうのが、一番手っ取り早い勝利に繋がるんだよ! わざわざ近づかせてくれて、ありがとよぉ!」

「それは貴女の都合でしょうが! 私は私の都合で動いている、だぁけぇーよっ!」


 連撃を華麗に捌きつつ、時たま骨の腕に鎖を絡ませて折りにいくアーク。しかし骨の腕には尋常でない再生能力があるらしく、折った傍から腕が治療されていく。攻防は一進一退、いや、それでもまだアークには余力がありそうだ。そして確信する。これは俺程度が加勢できるレベルの戦いじゃない。ひとまず巻き添えにならないよう皆を下げる。


「クリス、魔法であの戦いに助太刀できそうか?」

「……少し厳しいかと。あれだけ敵と接近していますと、下手な火力支援はアークさんの邪魔になりかねません」

「前に俺のカトラスに付与してくれた、あの炎のエンチャントはどうだ? あれを鉄球に付与できれば、骨も再生できなくなると思うんだが」

「それも難しいです。アークさんの鉄球は所謂呪いの装備、それも桁外れに強力なもの。呪いは大変に強固でして、新たに効果を付与されるのを拒んでしまいます。それ以前に、あの激闘の中に割り込んで付与魔法を施すのも、その……」


 申し訳なさそうに視線を落とすクリス。


「そう気を落とすなって。俺だってあの中には突貫したくないもんだ。ほら、敵の海賊達も俺達と同じ感じになってる」

「あっ…… ほ、本当ですね」


 増援として助力しようにも、戦いのレベルの違いにどうする事もできない俺達と敵の部下。こうなってくると、如何に外からサポートできるか。或いは俺達は俺達で戦い、最強戦力達を気兼ねなく戦わせるかになる。


「敵の海賊達も船からわらわらと出て来始めてる。クリスはクルーやサハギン達を率いて、そっち側を対応してくれ。俺も配下モンスター達の体力管理に注力する」

「しょ、承知しましたっ!」


 バサリと翼を靡かせ、天井ギリギリのところからモンスター達に指示を出し始めるクリス。よし、後は───


「……(そわそわ)」

「ジェーン。クリスの言い付けを守って、静かにしていてくれてありがとな。もう喋って大丈夫だぞ」

「そ、そうですか?」


 うん、あれはアークに対して言った言葉でもあるし、ジェーンってば凄い何かを言いたそうにしてるし。


「ウィル様、ウィル様。私、あの再生能力を阻害する魔法、使えるかも、です……!」

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