第84話 一本釣り

 しっかし、情報とはつくづく価値のあるもんだ。俺達が今こうして優位に立てているのは、モルクの助言があったからこそ。仮に何のヒントもなかったら、この作戦の立案に行き着くにしても、かなりの時間を要していただろう。その最中に船が無事だった保証はないし、本当に紙一重のところだった。


 もっともそれは向こうも同じ事で、この戦いを通じて俺がダンジョンマスターだと読み解くのは、かなりの難問になってると思う。モンスターが仲間にいたり、海を黒くしたり、いつの間にやら船を入江内に移動させたり─── バルバロ視点だと、最高に意味不明な敵だもんな、俺。前情報なしなら、俺も絶対に混乱する自信がある。で、敵さんが混乱しているそんな最中に投下されるは、アークによる次なる策だ。


「せいやっ!」


 威勢の良い掛け声と共に、アークが自らの腕に取り付けられた鉄球を放り投げた。拳よりも大きな鉄球が、伸び続ける鎖をじゃらつかせながら豪速球で飛んで行く。アークが本気目に投じたんだ。そりゃ速くもなるだろう。当然鉄球が向かう先は、四隻ある敵船のうちの一隻だ。ただしこの投擲の目的は、敵船への攻撃という訳ではない。


「フッフッフ! 最近の私はねぇ、それはもう腕を上げたんだからっ!」

「……一応聞いておくけどさ、何の腕を上げたんだっけ?」

「決まってるじゃない、一本釣りよ! 毎日毎日、ゴブリン達の隣で私も釣りまくっていたの!」

「「「………」」」


 うん、分かってる。クリスやジェーンがそんな表情を作ってしまうのは、ある意味仕方のない事だ。俺だってツッコミたい。だけどさ、残念ながらこれが間違っていないんだ。アークの考えは率直かつ素直。陸上での戦いを熱望する彼女が、俺とは違う方向性で導き出した策がこれ。鉄球の目的は攻撃ではなく、鉄球を釣り竿に見立てた一本釣りだった。そのまんまの意味で、敵船を陸に引きずり出す気満々である。


 あの鉄球の鎖が自在に伸縮されるのは、アークが所持するスキル『全武器適性』の効果によって、鉄球が武器化された為だ。これは仲間内では皆知っている事だろう。アーク曰く、今回の投擲ではその鎖の伸縮に加え、更に鉄球自体にも変化をもたらして、ワンランク上の応用的な使い方をするらしい。


「イメージは釣り針! 尖ってるし、私的に武器も同様でしょ!」

「それ、釣り針じゃなくて錨じゃないか……?」


 先頭の敵船に衝突する直前、拘束用の呪いの鉄球にU字型の突起物が生えたのを、俺は見逃さなかった。あれ絶対アンカーだよ、アンカー。釣り針だなんて可愛らしいものじゃなくて、船の停泊用に使う重々しいやつ。


「掛かった!」

「掛かっちゃったかぁ!」


 アークの鉄球(錨)はズドンと海賊船の土手っ腹に命中し、船の内部が針アンカーに食いついたようだ。大物釣りは忍耐との勝負、詰まるところ持久戦。そう考えていた俺は、初っ端からこんなに上手く釣れるとは正直思っていなかったので、そのまま正直に驚く。何て言えば良いのかな? 流石は伝説的な幸運の持ち主?


「とああぁぁあぁ───!」


 ───ズザザザザザザァ!


 アークの怪力により、海賊船が入江の水を掻き分け一直線にこちらへと向かって来る。絵的に船がこちらに突貫を仕掛けているようにも見えるので、実は結構怖い。だが情報云々の話と同様、怖いのはあちらも同じ筈だ。船が釣られる事態なんて、想定している奴はまずいないだろう。その証拠に敵船内からは、乗組員のものと思われる絶叫が鳴り響いていた。


「───そうか、お前さんが船のボスかい」

「っ!」


 不意に聞こえてきた女の声。船の甲板からここまで跳躍したのか、上を見上げれば、そこには銃らしきものを構える赤髪の女の姿があった。銃は拳銃ほどの片手で持てる大きさで、華美な装飾が施されている。銃口は俺に向けられており、後は引き金を引くだけの段階だった。


 俺が指示するよりも早くクリスが赤髪に炎を放つも、銃声が認識の直後にやって来てしまう。次いで感じるは激痛。ただし銃弾を受けるというよりは、強烈な打撃を受けたといった印象だった。俺は数メートルほど吹っ飛び、ゴロゴロと無様に転がってしまう。


「ぐほあっ……!」

「マスター!?」

「けほ、けほっ……! だ、大丈夫。こうして生きてるって事は、しっかり手加減してくれた証拠だ。ジェーンこそ大丈夫か?」

「わ、私に衝撃は伝わりませんので。それよりも、光魔法で手当てを……!」


 衝撃の正体は、アークによる蹴り飛ばしだった。銃による攻撃をいち早く察知したアークが、咄嗟に銃弾の射線上から俺を逃がしてくれたんだ。


「なんだなんだ、幽霊船の船員にしちゃあ、顔色の良い奴らばかりだねぇ。とんだお笑い草だ!」


 この昂然たる口ぶりが誰によるものなのか、考えなくとも察してしまう。絶賛転がり中だった為、どうやってクリスの炎を切り抜けたのかは見られなかったが、赤髪はなおも健在。入江の水を背にして、彼女はこの陸地に立っていた。モルク提供の外見的特徴と照らし合わせれば、十中八九この赤髪がバルバロだ。


「にしても…… ッチ! アタシと同じで悪運の強い奴だねぇ。これ一発手に入れるのに、どれだけ苦労したと思っているんだい? 折角の不意打ちの仕返しが台無しだよ」


 使い捨てなのか、バルバロが先ほど撃った銃を水の中へと放り投げる。さっきまで俺がいた場所に大穴が開いているのを見る限り、どうも通常の単発式の海賊銃ではなかったらしい。魔力が込められた希少な弾だったとか、たぶんそんな危険な代物だ。結構な耐久値を持つ俺でも、まともに当たっていたらやばかった。


 ジェーンの光魔法は瞬時に効果を表し、立ち上がった頃には体中の痛みが引いていた。これから対峙って時に立ち上がれないんじゃ、船長として示しがつかないからな。サンキュー、ジェーン。


「不意打ちの仕返しとは、またおかしな事を言ってくれるじゃないか。うちのボートを沈めて海の中から砲撃してきたのは、一体どこのどいつだったかな?」

「さぁて、何の事だか。身に覚えがないねぇ。アンタの勘違いじゃないのかい?」


 さっきまで乗っていた船が岸に横倒しに倒され、不意打ちが失敗し、自身は敵陣の真っ只中にいるというのに、バルバロは表情を一切崩さず、逆に軽口を叩く余裕まで見せている。何だ、まだ何か隠し玉があるのか?


 アークに釣られた海賊船より、バルバロの仲間達が出ようとしているが、船がああなってしまっては大砲は使えないだろう。お得意の水上戦術も、陸地に立つ今となってはステータスの向上くらいしか恩恵はない筈だ。水上ではなく水辺に近いだけである分、その上昇値だって満足に得られない可能性だってある。後ろの残り三隻は砲撃から逃れようと水中に潜ってしまい、とてもじゃないがバルバロの救援に入れる状態じゃない。俺やクリスにアーク、背後にスカルさんやサハギン達が控えている今、不敵に笑える理由は───


「───ねえねえ、私凄くないっ!? 一発で当たりを引き当てたわ!」


 俺の不安を吹っ飛ばすほどの良い笑顔のアークに、バンバンと凄まじい強さで背中を叩かれる。おかげ様でシリアスな空気が一瞬でブレイク。不敵なバルバロもこの流れは読めなかったのか、目を点にしてしまっている。いや、あの、何かごめん……


「あ、ああ、大手柄だ。さっきの蹴りも助かったよ」

「うんうん、感謝しなさい。それにしても…… あの女が言う通り、ウィルもなかなかの運を持ってるわよね。悪運なのか幸運なのかは知らないけど!」

「……? 何の事だ?」

「いやー、咄嗟の行動だったじゃない? ウィルを蹴った時も力加減間違えたかな、内臓破裂しちゃったかな? なんて、ちょっと心配しちゃったのよね~。でもウィルってば案外平気そうだし、やっぱり今日の私達はとってもラッキー! 吉日吉日~♪」


 え、ちょっと待って。力加減間違えてたの? 下手したら俺の内臓逝っちゃってたの?

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