第83話 策
「ぜ、全艦炎上中! 消火、消火を急げ!」
「クッソ! どっからの攻撃だ!?」
「いっでぇ……!」
「何が起こった!? この有様は、一体何なんだ!?」
「るせぇ! 嘆いてる暇があるなら手ぇ動かせ! 話はそれからだ!」
バルバロが率いる海賊船全四隻は、いずれも混乱の最中にあった。能力の範囲外からの攻撃、船の炎上、負傷者多数─── 分かっている事は極僅かで、バルバロ自身何が起こったのか、未だに理解していない。だが、このままジッとしていれば負ける。それだけは理解した。
船を沈没させ、追い打ちを掛けようと浮上するまでは良かった。しかし船を浮上させて周辺を見回そうとした直後、船からそう遠くない陸地が唐突に轟音を鳴り響かせながら爆発。音と光の大合唱を無視する選択肢はなく、バルバロは目を見開きながら炎を注視した。
「こ、の……! 今思えば、事の発端はあの爆発。アタシらの目を盗むのが目的だったのか!」
その爆発で損傷こそはしなかったが、問題はその後。大きな炎に視線を奪われて間もなく、船に途轍もない衝撃が走った。何かと思えば、今度は船の側面が爆発し始めたのだ。そのどれもが最初に起こった爆発とは反対側で起こっており、今もなお、船における全ての機能に甚大な被害を及ぼし続けている。
「最初の爆発とは逆方向から攻撃を受けてるよ! ブルローネ、そっちに反撃しなっ!」
「そ、それが姐さん! 逆側にも炎の壁が出てきやがって、どこから攻撃されているのか狙いが付けられないんだ! どどど、どうしよう!? て、適当に撃つ……?」
好転しない状況にギリギリと歯を噛み締めるバルバロは、思考を最大限に巡らせる。秘宝争奪戦の第二戦目となる神の駒同士の戦いも、いよいよ佳境に入ろうとしていた。
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策が成った! 俺は思わず拳を握り締め、ガッツポーズをしてしまう。それほどまでに策が綺麗に決まり、敵海賊に初となる大打撃を与える事ができたんだ。ただ、浮かれるのはここまで。指揮官として冷静に次の指示を飛ばす為にも、一度心を落ち着かせよう。
海上での戦いで不覚を取り、起死回生にと実行したこの作戦。大きなヒントとなったのは、アークのある言葉だった。海が駄目なら陸地で戦う。つまり、無理に相手の戦場に合わせるような事をせず、勝手を知る洞窟の入江ダンジョンに引きずり込んで戦えば、十分に勝機はあるという事だ。これこそが本来のダンジョンマスターの戦い方である筈なのに、俺は拠点を荒らされる事を恐れて、あろう事かその思考を放棄してしまっていた。アークの率直な意見には、いつも助けられる。
そして、この場所で戦うに当たって最初の障害となったのが、海賊達を如何にして誘い込むかだった。敵だって馬鹿じゃないんだ。釣りと同じで餌がなければそもそも引っ掛からないし、習性を知らなければ対策も取れない。拠点へと逃走する最中、確信を持って作戦を実行する為にも、まず俺は牢屋に捕らえているモルクと直接面談を行った。より詳しく神の駒、最強の女海賊バルバロについて知る。それが今俺がすべき、最優先事項だったんだ。
『よいか、絶対に勝つのだぞ!? バルバロを相手にしての敗北は、全員の死に繋がると肝に銘じよ! さあ、早々に回れ右をして策を立てるのだ! 時間がないぞ! ワシの処遇云々は、事が終わった後でも議論できるだろう!? さっさと仲間の下へ行け、ゴーゴー!』
これまでとは打って変わって協力的になったモルクに少々驚くも、すぐに納得する。普段から感情的な行動が目立つモルクだが、それはあくまでも見た目だけ。あれだけの艦隊を率いていただけの事はあって、理性的に物事を見据えられる能力を、根幹にしっかりと持っていたんだ。積み重ねてきた経験は、若造の俺なんかよりもきっと多い。今更ながら、前回の戦いもよく勝てたもんだと肝を冷やしたよ。
モルクに再三確認したところ、十中八九バルバロの察知能力は、海の水を伝ってでしか発動しないという。ジェーンの力が陸海空全てに通ずる万能ソナーだとすれば、バルバロの力は海に特化した専用ソナーといったところか。海賊船を撒いて港に船を退避させたとしても、敵に地上の拠点を知られてしまうのは避けたい。そこで俺が講じた対策が、ショップで購入した『聳える岩礁(5万DP)』だった。
船を島の入り口に退避させた直後に、購入した岩礁を選択。設置するのは港と海を繋ぐ川の河口、島を囲う岩山が唯一道を作る場所だ。購入した岩礁は島の岩山と同質のもので、高さも遜色がないように条件を絞った。注意深く観察したとしても、何も知らぬ者であれば、他の岩と見分ける事はまずできない。この岩礁で完全に川を封鎖してしまえば、外海との水の繋がりが断たれ、バルバロの察知能力も働かなくなるという訳だ。察知スキルから船の姿が消えれば、その当該地であるこの島周辺を探索するだろうという予測も、バッチリと的中。おかげでこの入江に繋がる地下水路を、目論見通りに発見してくれた。
俺がショップで購入したものには、岩礁の防壁の他にも、バルバロを釣る為の餌に該当するものがある。そう、ついさっき彼女が盛大に破壊してくれた、ダンジョン船と全く同じタイプの船だ。俺達の船が海を潜って入江まで逃げたと演出する為、丸々新品の船一隻を餌として設置しておいたんだ。昔の財布事情からは考えられない何とも贅沢な使い方に、メニューを操作する手が途轍もなく震えたもんだよ。うん、すっごく震えた。
ここまでお膳立てをしたんだ。バルバロの察知能力は地下水路を辿って、ちゃんとこの場所にまで及んでくれるだろうか? と、そんな風に心配もしたもんだけど、流石は神様から授けられたスキル持ち。俺の心配を景気良く吹き飛ばしてくれたもんだ。ああ、新品の船と一緒に、綺麗に吹き飛ばしてくれた! ちくしょう、作戦通りだけどちくしょう!
「ウィ、ウィル様、手が震えているようですが、大丈夫ですか……?」
「大丈夫、たぶん大丈夫。船をそろそろ増やせないかと思っていた矢先、まさかこんな形で新造船を失うとは思っていなかったからさ、ほんの少ーし動揺しただけだよ。落ち着け、俺の心っ……!」
「分かりやすく動揺してるわね~」
お値段としては岩礁の方が倍以上するんだけど、やはり心情的なものが働いてしまう。ほら、岩礁はこれからもずっと使えるし─── っと、だから動揺している場合じゃないと言うに。
「マスター、深呼吸しましょう! 深呼吸!」
「スゥ、ハァ~~~…… よし、とってもクール。気遣ってくれてありがとな。クリスも大変そうだけど、大丈夫そうか?」
「日々のお料理で鍛えていますので、まだまだいけるかとっ!」
な、なるほど。確かに毎日毎日あれだけの魚料理を作っていれば、炎魔法が鍛えられるのも納得、なのかな……? うん、納得。そしてそろそろ話を戻そう。
海賊船を襲った不意打ち攻撃の正体は、入江の岩陰にズラリと並んだ大砲。これらは船と拠点に置いていたのを、大急ぎで移動させたものだ。この入江も今は俺のダンジョンの一部である為、アイテムを移し替える設置機能を使用する事ができた。移動も即座に楽々、である。とっても便利。
攻撃前の一工夫として、クリスの魔法で派手に炎を舞い上がらせての攪乱も実施してみた。威力よりも見た目と音の大きさを重視した、あれだけド派手な炎だ。大砲がある場所とは真逆のところで、それも船の浮上と同時に巻き起こったとなれば、警戒している者は誰だってそちらに注意が向いてしまうだろう。そうなれば隙が生じ、急な回避は不可能となる。当てるべき的が動かないとなれば、ゴブリンクルー達の腕でも攻撃は十分に当てられる。結果として、トマ率いるゴブリン砲撃部隊が放ったクリス印の爆裂砲弾は、それはもう見事な炸裂振りを見せてくれた訳だ。
工夫はまだまだ終わりじゃない。不意打ちが終われば反撃もされるだろうという事で、クリスにもう一仕事をしてもらう。どこから攻撃されているのか視覚的に分からなくする為に、クリスに特大の炎の壁を作ってもらったんだ。出鼻を挫かれ船が焼かれ、敵はただでさえ混乱しているんだ。敵を察知できなくなった砲撃手だって、なおさらそうだろう。たとえ適当に大砲を撃ったところで、その攻撃が当たる事はまずない。逆にこちら側は『ダンジョン周辺オブジェクト捕捉』を適用しているので、炎を透過して敵船がガンガン見える。これまで積み重ねてきた力、その全てを使っての戦術と呼べるかな?
「フフフン! 私もクリスの活躍に負けていられないから、そろそろやっちゃおうかしら! 潜らないうちに、一本釣りしちゃいましょう!」
一歩前に踏み出たアークは、俺まで背筋が凍り付いてしまうような、大変頼りになる笑顔を浮かべていた。
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