第82話 奇襲
バルバロが率いる海賊船四隻はウィルの船を追撃し、全速力で進み続けた。速度で距離を離されようとも、海はバルバロの領域だ。ジェーンが驚異的な広さを察知できるように、彼女もまた水に繋がる範囲であらゆる物体を察知する事ができる。どこに逃げようとも、北方の秘宝奪還という大願を前にしたバルバロは執拗に追いかけ敵対し、全てを奪取しようとするだろう。
「あぁん?」
が、しかし。バルバロの察知網から、突如として敵船の気配が途絶えた。つい先ほどまでハッキリと捉えていたというのに、蜃気楼のようにスッと消えてしまったのだ。
「姐さん、どうかした? アタシの目にはまだ全然見当たらないから、姐さんだけが頼りだよ! あ、もしかして幽霊船の拠点が分かったとか!?」
「……違う、その逆だよ。あの幽霊船、アタシの察知網から消えやがった。幽霊船らしく、船の姿も消せるってか? ったく、ここまで面白おかしな事を連発してくれるたぁ、いつ以来の事になるかねぇ……」
「ええっ!? つまり、完全に見失ったって事……? どど、どうするのっ!?」
「そんなに慌てるんじゃないよ。どんなに不可思議な現象が起きたって、物事には何かしらのからくりがあるもんだ。まずは幽霊船の気配が消えた場所、そこを徹底的に調べて、丸裸にしてやろうじゃないか」
「な、なるほど~」
バルバロの船団が漆黒の海を更に進んで行くと、かなり傾斜のある岩山が前方に見えてきた。そこが敵船が消えた海域と一致していた事から、バルバロは警戒を強めるよう全船に通達。バルバロ自身も『水中察知』能力を全開にして解き放ち、魚の一匹も見逃さないつもりで向き合う。
が、ここでもしかし。この岩山の島をぐるりと回って逐一気配を辿っているのだが、バルバロを始めとして海賊船の船員全員が、未だに敵船らしきものを発見できずにいた。隈なく島を見回したところで、端から端まで岩、岩、岩─── どこまで行っても岩山しかないのだ。上陸できそうなのは小さな砂浜くらいなもので、他のむきだしの岩肌広がる山の如き大地には、とてもではないが船を着けられそうにない。もちろん、乗り捨てられた敵船がある訳でもなかった。
「んん~、いないなぁ。船の欠片もないって事は、山を登った訳ではないと思うけど…… 姐さんはどう思う?」
「アタシの察知網が働くのは、あくまで水のあるところまでだ。仮にこの聳え立つ岩山に隠れているとすれば、ひとまずはやり過ごせるだろう。それも十分にきな臭いが、問題は船か…… 海上になけりゃあ、後はアタシらみたいに水ん中に潜ったと考えるのが妥当か」
「さ、流石にそれはないんじゃないかい? この力は、姐さんあってこそのもんだろ? いくら相手が幽霊船だって、そこまで真似されちゃあ堪ったもんじゃないよ……」
「それでも、可能性はゼロじゃない。ハナッから絶対にないと考えるのは、愚か者のする事だ。ブルローネ、海賊ならそんなつまらない思考をするもんじゃないよ。 ……っと!」
その直後にバルバロの察知能力が水中、その奥の奥より船らしき気配を察知。彼女は頬を綻ばせ、次に口端を吊り上げる。
「いたいたいた! ほうら、いたぁ! 島や海に姿がないと思ったら、そんなところにいやがった!」
「何々!? 姐さん、もしかして尻尾を掴んだ!?」
「この岩島、海面より下にかなりでかい規模の洞窟がある! あの幽霊船や、アタシらの船なら余裕で通り抜けられるくらいだ! 更にはそこにある船のサイズと形状─── このアタシが見間違える筈がない。間違いなくさっき戦った幽霊船のもんだ!」
「「「「「おおー!」」」」」
全ての海賊船から歓声が上がる。もちろん、その中にはブルローネの声もあり、飛び跳ね舞い踊りの熱気振りだった。
「しかもこの気配…… 船が下半分しかない感じ、洞窟の先に空気のある空間があるねぇ。他にも船らしきものが、いや、これは座礁している? まあどちらにせよ、洞窟の先を港として拠点を構えていやがったのか。道理で目では見つからない筈だよ。良かったねぇブルローネ、アンタの努力不足じゃなかったみたいだ」
「と、当然だよ! アタシはいっつも全力全開だからね!」
「ならその力、こっから先の敵拠点で存分に発揮させな! 全艦、潜水開始! 魚人共への警戒を怠るな、見つけたそばから鉛玉をぶっ放してやりなっ!」
蒼髑髏の海賊船が前方より水中へ潜水し、やがてその全てが海上より姿を消す。先ほどまでとは打って変わって、海上は静寂そのものへ変貌。一方海面より下は、水の中であるというのに騒がしい。それはバルバロ達が、本格的に進撃を開始した証拠でもあった。
「奇襲は早さが肝心だ! ブルローネ、奴の土手っ腹に大きな風穴を開けてやりな! 外すなんてヘマは許さないよっ!」
「当然さ! 狭い洞窟の中で身動きできない船なんて、目を瞑っていても当てられるよ!」
海底洞窟を突き進み、目的地へと突き進む船団。水中を掻き分けに掻き分け、視線の先に敵船のものと思われる船底を確認。その瞬間、ブルローネが操作する全ての砲身の矛先も、その船底へと向けられる。
「クククッ、やっぱりねぇ! どっからどう見ても、あの黒船じゃないか! 上手く隠れたつもりだろうが、逆に拠点を教える結果になっちまってねぇ!」
「姐さん、砲撃許可を!」
「ああ、きっちりと挨拶をかましてやりな! 二度とこの海に出られないように、跡形もなくっ!」
「ラジャ! 今度こそ味わえ、アタシのヴァーティカルシーキャノンかぁ───いぃ!」
───ダァンダァンダァンダァ───ン!
一斉に放たれた十の砲弾が、黒船の船底へと吸い込まれていく。洞窟の入江という限られたスペースしかないこの場所では、あの敏捷性を活かす事はまず不可能。つまりブルローネの砲撃が開始されてしまった時点で、黒船の撃沈は約束されるものとなった。
「やった、全部ヒット!」
「おうおうおう、やるじゃねーかブルローネ!」
「だな! 大馬鹿娘から馬鹿娘に昇格するくらいの活躍だぜ!」
「てめぇら、やっぱりアタシを馬鹿にしてんだろ!」
「だぁから油断するなと言ってるだろ! 次はこの港に降りた幽霊共を駆逐するよ! アタシらが求める秘宝はその先にある!」
「「「「「おっしゃあ!」」」」」
黒船が木っ端微塵になったのを確認して、水上への浮上を開始するバルバロ達。突如として船が破壊された事に、動揺しているであろう敵陣。そこに追撃の砲撃を放出し、止めに自らの手で制圧を行う目論見だ。この戦いの勝利は目前、だがそれでも手心は一切加えない。それが彼女らのやり方である。その姿勢を徹底してきた蒼髑髏海賊団は、だからこそこれまでに、幾多の勝利を掴み取り続ける事ができたのだ。
───ただしこの場合、奇襲という選択が正しかったかどうかは、全く別の話となる。海賊船が浮上した瞬間、視界に収まる全てが真っ赤になるほどの炎が燃え盛り、海賊達の注意を向けさせた。派手な炎に全体に響き渡る爆発音だ。警戒心を強めている中、これに目を向けない者はいない。
「てぇ───────!」
次いでどこからか、何者かの声が響き渡る。幾つもの赤き凶弾が海賊船に降り注いだのは、その直後の事だった。
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