第81話 必殺技
「うげぇ! あの船、アタシの必殺技を躱しやがった!?」
砲音が轟く漆黒の海域に、悲鳴にも似た叫びが鳴り響く。叫びの発声源は、海賊船の見張り台にてウィルのダンジョン船を注視していたブルローネであった。正確には躱したではなく、僅かに船体を抉るまでに至ったブルローネの攻撃であるが、航行における致命傷とまではならなかったようだ。続け様に、海上の三隻から放たれる砲撃をも回避し続けている。
「ほう、ここまでアタシとやり合えた上、ブルローネのとっておきまで見切るなんてねぇ! 益々見直しちまうじゃないか、幽霊船!」
「よ、喜んでる場合じゃないよ、バルバロ姐さん! アタシの『ヴァーティカルシーキャノン改』が外れたのって、これが初めてだよ!?」
ブルローネの必殺技とは、敵の無防備な船底を狙い、海の奥深くへ潜水した船より放たれる砲撃の事である。バルバロの『海神の加護』により水中の適性を得るのは、何も彼女の配下達に限った話ではない。バルバロが所有する船、更にはそこから放たれる大砲も適性を獲得し、常識では考えられない船の潜水、海底からの砲撃を可能としている。水中である為に砲音を察する事なく放て、船の真下から接近する為に攻撃を視覚で捉える事も不可能。ブルローネの能力と併せたこの攻撃は、正に必ず敵船を沈める必殺技に相応しいものだったのだ。
「いつも思うが、そいつは名前が長過ぎるんだよ。分かりやすく海大砲で良いじゃないか」
「良くないよっ! 姐さんは欠点のない超人だけど、ネーミングセンスだけは絶望的なんだからっ!」
「そうかい? アタシの案の方が良いと思うけどねぇ?」
どっちもどっち。船員達は声にこそ出さないが、皆一様にそう思った。
「ま、あの船がアタシが想定した以上にやるってのは十分に分かった。気配を探られないよう、前以ってかなり深いところまで潜らせた船を見つけるたぁ、砲撃手だけでなく察知役と操舵手も超一流のようだ。深手ではないにしろ船が損傷したってのに、元気に逃げて行きやがる。驕らない状況判断も良い線いってる」
「ね、姐さんが、敵を褒めてる!? アタシ、初めて聞いたかも…… って、マジで敵船逃げてるじゃん!? 姐さん、悠長に褒めてる場合じゃないよ!」
ブルローネが指差す先には逃走する黒船の姿があった。船の尻をこちらに向けて、全速力で離脱を図っているのが見える。
「アタシだって『水中察知』で直に感じてんだ。ブルローネが騒がなくたって分かってるよ。ただ、あの速度に追いつくのは至難の業だねぇ。ついさっきまで戦ってた魚人共の気配も、あの幽霊船が逃げたのと同時に消えやがった。ハッ、不思議な術を使うもんだよ! 砲撃の範囲からも逃れてるとなれば、邪魔をする手立てがもうない。幽霊船が逃げる以上、アタシらがわざわざ追ってやる義理はない訳だが───」
「───ね、姐さん、ここまでやられて、みすみす逃すのかいっ!?」
必殺技で止めを刺せなかったのがよほど悔しかったのか、ブルローネが珍しくバルバロに食って掛かる。
「だぁから、話は最後まで聞けって言ってるだろ、ブルローネ! もうアタシらは辿り着いているんだよ、本来の目的地にね」
「も、目的地ってぇと…… 盗人の船と共に沈んだ、北方の秘宝のある場所?」
「そうだ。で、さっきの砲撃戦の最中に、海底に宝が沈んでないか探っておいた。アタシの察知能力は、海上や水中であれば誰にも負けないからねぇ。だが、秘宝はどこにも沈んでなかった」
「もう探し終わってた! って、あれ? でも、えと、なかった? それって、海流に流されたって事かな……?」
「あのクッソ重い宝が、そう簡単に流されるものかい。秘宝を入れたどでかい宝箱は、元々北方の海の中に隠されていたもんだ。一度沈めば、基本的に動かなくなる設計になってる。ってぇ事はだ、何者かが意図して引き揚げた可能性がある。海の悪魔が気紛れで運んだのか、或いは他の船がアタシらよりも先に引き揚げたのか」
「で、でも姐さん、アタシら以外の船に、そんな事ができるのかい?」
「ブルローネ、お前の才能は確かなもんだけど、少し知恵がまわらないのが難だねぇ。さっきまでそこにいただろ? アタシらと同じく海ん中を自由に行き来できて、相応の力を持った奴らが!」
「───っ! さっきの幽霊船、モンスターを飼ってた!」
「そう、つまりはあいつらが秘宝を回収してるってこった! てめぇら、何をボケっとしてる!? 全速力で奴らを追うよ! どんなに速くたって、いつまでもそのスピードを維持できる訳じゃない! 海にいる以上、アタシの船から逃れられるとは思わない事だねぇ!」
海中から水面に上がった船を合わせ、全部で四隻となった蒼髑髏海賊団。無風とは言え、その速力はウィルの船に迫るものを持っている。船は見る見るうちにスピードを上げ、猛追を開始した。
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水中から飛び出した砲弾に対し、紙一重のところで回避行動を起こせた船は、何とか致命傷を免れた。部分的な損傷こそはあったが、そこはダンジョン船の長所、DPを使っての瞬間補強で事なきを得る。
モルクの助言を全て鵜呑みにした訳じゃないが、あのまま戦いを継続したら、ジリ貧になるのは確実。海にいるサハギン達を待機モードにする事で全員回収した後、速度を活かして一時撤退。改めて準備を整え、反撃に移る算段な訳だが───
「撒けたか?」
「い、いえ、船影は見えなくなりましたが、正確にこちらへと向かっているようです。おそらく、私のように捕捉を行える方がいらっしゃるのかと……」
───考えれば考えるほど、海上での勝ち目が薄い事に気付かされる。一隻一隻の船としての戦力は、決して負けていない。速度など、むしろ部分部分では優れている点も多いだろう。だが、数の利と海戦での経験差、加えてあの潜水能力を覆すには、やはり難しいところがある。
「もう! 結局、最初から最後まで大砲の弾を落としてばっかりだったわ! 全然乗り移れそうになかったし、活躍できなかった~!」
「アークさん、どうか落ち着いてください。アークさんがそうしてくれたおかげで、私やトマ君の負担が減りましたし、船は無事に済んだんです。大活躍も大活躍でしたよ? まあでも、調理場で盗み食いをしたのは許しませんけど」
「うっ!? ク、クリスったら、料理に関しては結構根に持つタイプだったのね……」
「料理に限らず、規律を乱す行為は全般的に駄目ですっ!」
「あ、悪魔の癖にぃー!」
……夜に俺の寝床に入る行為は、その規律に反しないのだろうか?
「分かったわよ! だったら、もっと活躍するわよ! ウィル、海が駄目なら陸地でバトりましょう! そこなら私、十全に力が出せるもの!」
「陸地って言ったってお前、拠点のど真ん中で戦う気かよ? 島に入られて、港から砲撃されたら洒落にならないぞ……」
「えー、駄目なの?」
駄目も何も、護るべき場所が荒らされたら元も子も、ん……? いや、待てよ?
「……陸地で勝機、あるかもな」
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