第80話 海上の激戦

 俺達の船は今、蒼髑髏の海賊を相手に砲撃戦の真っ只中にいる。モルク戦でも見せた、爆発する砲弾をぶつけては海に紛れるヒットアンドアウェイを基本に、これまで培った戦術を全て活用しているところだ。しかし、戦況はお世辞にも芳しくない。


 隙を見計らってスカルさんによる特殊潜入術、スカルさん弾を放出して混乱を誘いたいところだが、その隙が微塵も見当たらないのだ。前回の海戦とは違い、今回の敵船はかなり素早く小回りが利いている。更には敵船の砲撃手の腕前も相当なもので、トマが放った砲弾に自らが放った砲弾を衝突させるという、人間離れした業を度々披露されてしまっているんだ。敵にジェーンのような位置把握系の能力者がいるのか不明だが、この黒く塗装した船を見失う素振りも一切見せない徹底振りに、俺の頭は悩まされっ放しだ。おかげ様で百発百中を誇っていたトマの砲撃も、初弾以外はほとんどヒットしていない。


「そっちがその気なら、俺だって─── あ、できた!」

「おお、凄いなトマ! 見様見真似でマスターできちゃうもんなの!?」

「集中すれば何とかっ!」


 その手法を真似して、敵の砲撃に砲撃をぶつけ始めるトマも流石である。が、拮抗した実力者が敵船の全てに配置されているとなれば、どうしても物量で押されてしまう。こんな状況下でスカルさん弾を放ったとしても、躱されるか撃ち落とされるか、そのどちらかの結果になる可能性が高いだろう。


 では、アークによる内部からの攻撃はどうかというと、こちらも同じ理由でよろしくない。船の足の速さは上回っているものの、敵船の航行と砲撃による連携は凄まじく、決して近づく事ができない鉄壁の布陣を海に敷かれてしまっている。


「ウィールー! 頑張って近づけたら、私がジャンプして行くから! 頑張って、超頑張って!」

「張り切ってるとこ悪いけど、もう超頑張ってる最中だったりするんだよ!」


 如何にずば抜けた戦闘力を誇るアークといえども、敵に優秀な目がある以上、ボートで忍び込ませる訳にもいかない。また、遠くから跳躍させるのも絶対に厳禁である。


 ならばならば、俺達の新たなる戦力、二十体のスティングサハギン軍団による水中からの強襲は? ───有効だ。そう、現状敵海賊に有効打を与えているのは、我らがサハギン達だった。接近戦に有用なステータス、達人級の槍捌き、その上最も力を発揮できる水中が戦場と、スティングサハギンの実力はあの海賊達にも通用している。


 ……ただ、正直なところ楽観視できる状態ではない。これまたそういった能力保持者がいたのか、海賊は船にサハギン達が迫っている事を事前に察知し、戦闘員を海に投入し始めた。これにより敵船へ損傷を与えるには至らず、またどういう訳なのか、敵の戦闘員は水中のスティングサハギンと互角に渡り合うほどに強い事が判明。結論から言ってしまうと、有効打を与えてはいるがこちらもやばい。あれだけ強いサハギン達と、それも水中で対等以上に戦うなんて、あの海賊達は本当に人間なんだろうか?


「リン様ゴブイチ様、大きく右へ曲がってください! この進路ではすり抜けた砲弾に衝突します!」

「は、はいっ! 魔法で支援します! 大いなる海さん、私達を導いて─── 『ライトビロウ』!」

「ゴブー!」

「トマ君、私も甲板に出て砲撃の迎撃に回ります! 攻撃よりも、まずは防御を優先して!」

「了解だよ、クリスさん! 相手が砲弾なら、コースを読んで撃ち落とせる!」

「ウィールー! 防衛よりも攻撃がしたいー!」

「だから待てって! 今サハギン達のHP管理と風向き調整で、それどころじゃないんだ! とにかく、鉄球飛ばして飛んで来た砲弾を撃ち落としてくれ! 控えから戻って来たサハギンは、ポーションを飲んで回復を!」


 夥しい数の脅威に追われ、ダンジョン内のタスクの積み重なりはパンク寸前だ。モルク戦を経て慢心した訳では決してないが、たった三隻の海賊船にここまでしてやられるとは、予想できていなかった。


「ジェーン! 弾道予測で忙しいところ悪いんだけど、もう一度確認しておきたい! 本当に三隻しか敵船は周りにいないんだよな!?」

「は、はいっ! 海上を隈なく確認しましたが、悪意の反応は三つだけでした!」


 憂慮すべき点はそれだけじゃない。スカルさんの報告では四隻あった敵船が、現時点で三隻しか発見できていないんだ。偵察の際、スカルさんが見間違える筈もないから、一隻だけ別行動をしている可能性がかなり高い。応援を要請しに戻ったのか、或いは奇襲をする為に迂回しているのかは、今のところ謎だ。


 一方でジェーンの多感肌は砲撃に機敏に反応できるよう、かなり範囲を絞って使っている状態にある。しかしだとしても、その範囲は見えている敵船までを余裕を持って捉えている広さはキープしている。敵が奇襲を狙っているのだとすれば、前以って対応はできるだろう。ただ、これ以上敵の数が増えるのは、普通に辛い展開だ。


「このままじゃジリ貧、ん……?」


 牢屋部屋の監視を任せているクルーから、一通のメールが届いている。時間はないが、考えている暇もない。俺はノータイムでメールを開封し、その内容を目に入れた。


「モルクからの情報提供? こんな時にあのおっさん、一体何を─── いや、こんな時だからか?」


 そこにはモルクの言葉をクルーが代筆した文章が記されていた。普段から尊大なモルクであるが、状況を理解しているのか文章は短く、必要最小限の内容のみで纏められている。


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捕虜モルクからの情報提供(提供理由:まだ死にたくない)


敵:蒼髑髏海賊団(海上での戦いは常勝不敗、対策がないのであれば撤退推奨)

保有船:四隻(これまでにそれ以上の船は確認されていない)

乗組員:二百~三百人?(これについてはかなり誤差がある可能性あり)

船長:バルバロ(おそらくは海の神の駒、スキルについては下記を参考にされたし)


モルクが予想しているバルバロのスキルについて

①海上、或いは海辺の付近にいる時に限り、船と乗組員を強化する。全員が全員、達人級の使い手と化し、水中において人魚の如き適性を発揮。陸地では手強い程度の乗組員との情報あり。水中で呼吸も可能。船は潜水が可能となる(注意せよ!)。

②乗組員に凄まじい狙撃能力を付与する。ただし、全ての砲撃が意思疎通をしているかのように連携し、ここ数年で発揮されるようになった力である為、バルバロの配下による能力の可能性もあり。

③信じられないレベルで海上、水中を察知する。また、この力も乗組員全員に与えられる。この黒塗り船の動向も察知されているだろう。海に特化した能力構成である為、おそらくは海限定での能力と予想。


結論

絶対に海で戦うな! 陸地に誘き寄せろ!

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 神の駒が相手だったのかよ!? い、いや、今はそれよりも、姿を見せない船が厄介だ。モルクの予想が正しければ、その船は───


「クリス、アーク、トマ、少しの間だけジェーンなしで防御に徹してくれ! ゴブイチ、舵は任せたぞ! ジェーンは急いで海の中を集中して探ってみてくれないか!? もしかしたら、そこに残りの敵船がいるかもしれないんだ!」

「え? あ、はいっ! ……っ! かなり深いところに、船らしき反応を発見しました! な、何か放ってます! ゴブイチ様、急いであちら側へ!」

「ゴブゴブブー!」


 海面から無音の砲弾が飛び出したのは、その直後の事だった。

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