第79話 ゴブ語

 ウィルら新鋭海賊団、そしてバルバロ率いる蒼髑髏海賊団が、激しい砲撃戦を繰り広げる。しかしそんな状況が切迫する最中にも、モルクやトンケ、クラーサの囚人組三名は、ウィル側の船に今も捕らえられている状態にあった。では具体的に、彼らがどうしているかというと───


「うおおおっ!? 揺れてる、とんでもなく揺れてないか!? ななな、何事でどどど、どうしたんだこれはぁ───!?」

「モルクの旦那、落ち着いてくださいよ。不用意に立つと、鉄格子に頭をぶつけますぜ?」

「もう三度もぶつけておるわっ! 注意するのが遅過ぎるぞ、貴様っ!」

「そんなにぶつけたんなら、自分で考えついてくださいよ…… ほら、クラーサなんてこんなに冷静だ」

「………」

「むっ。た、確かにこやつ、普段の調子からは考えられぬほどに静かではあるが……」

「……ふぁあぁ~。わりぃ、ちょっと眠ってたわ。って、何かいつもより揺れてね? 地震?」

「今の今まで寝てたの貴様っ!?」


 ───いつもの如く、セルフ漫才に興じていた。いや、モルク的には必死なのだが、どうも他二名の反応が鈍いようなのだ。敵船から放たれる砲弾を全速力で掻い潜っている現状、モルクが指摘する通り、真っ直ぐ立てないほどに船は激しく揺れていた。


「まあ、確かに普通じゃなさそうだわな。上で爆発するような音がしてるし、大砲でもぶっ放してるぞ、こりゃあ」

「つつ、つまり戦闘中、という事か? 一体どこの誰と、いや、どこの組織とだ!?」

「そんなん、俺らが分かる訳ないでしょうに。モルクの旦那と一緒に、ずっとここにいたんすから」

「そ、それはそうであるが……! クッ、サウスゼス王国の軍艦ならまだしも、相手が海賊だったら最悪の展開だぞ。奴らの手口の基本は奪って殺す、だ! 奴隷として生かす選択肢がほとんどないから、ワシよりもよっぽど質が悪い!」

「まあまあ、だから落ち着いてくださいよ。曲がりなりにも、この船は旦那の私設艦隊を破ったんでしょ? そんなすげぇ船を負かす海賊なんて、この世に存在すると思います?」

「……うむ。そう言われると、確かに。フッ、年甲斐もなく騒いでしまったわい。我がモルク私設艦隊の強さは確かなものだ。一海賊程度に敗北するなんて、到底あり得ぬ事だった。それを成したこの船は、正に怪物よ」

「うわ、自分のところを持ち上げた途端、嘘みたいに冷静になったっすね。逆にすげぇわ」

「貴様から言ったんだろうが! よく知るワシの私設艦隊が指標になったからこそ、そこに信頼が生まれたのだ! 決して贔屓にしている訳ではないわいっ!」

「へー」

「こ、こいつ……!」


 漫才は更にヒートアップしていく。見張りのゴブリンクルー達は、そんなモルク達を何とも言えぬ表情で監視しながら、上の状況についてゴブゴブ話し合うのであった。


「へー」

「クラーサ、貴様までトンケに同調するのかっ!?」

「え? あ、いやいや、違うって。今、ちょいと見張りのゴブ達の会話を盗み聞きしてたんだけどよ。その会話の中に、この船が戦ってる相手がどこのもんなのかって話があって、へーそうなんだって、その相槌をしたんだよ」

「フン、何だそんな事か! 貴様は本当にマイペースでってちょっと待ってぇ!?」


 モルク、床を這いずりながらクラーサに近づく。クラーサは何事かと相方のトンケに視線を送るが、その相方もクラーサの発言に驚いているようだった。


「な、なんだよ旦那。そんな血相変えて、かなり気持ち悪いぜ? トンケも変な顔をしてるしよー」

「貴様に言われたくないと全力で反論したい気持ちで一杯だが、今は我慢してやる! クラーサ、この船を襲っている敵が分かったのか!?」

「お、おう……」

「いや、それ以前にお前、何でゴブリンの言葉が分かるんだよ? その、ゴブ語っつうの?」

「そ、そうだぞ貴様! なぜゴブゴブとしか言っとらん奴らの言葉を理解しておる!? ま、まさかクラーサはゴブリンだった!?」

「な訳ねぇーだろ! 長い事ここにいたから、段々ゴブ達の言葉が分かるようになっちまったんだよ!」

「「それはそれでおかしい」」

「お、おう……?」


 この時、モルクとトンケの意見が初めて一致した。


「って、今はそんな事はどうでも良い! それで相手は!?」

「え、ええっと、蒼髑髏の海賊旗やらを掲げてる奴らみてぇだ。ま、海賊で間違いないわな」

「蒼髑髏、か。それ、どっかで聞いた事があるような…… んんー、何だっけなぁ?」

「あ、蒼い、髑髏……!?」

「モルクの旦那、そんなにプルプル震えてどうしたんだ? 風邪か?」


 唐突に顔面蒼白となって、モルクが見るからに動揺している。そんな彼を不審に思ったのか、クラーサは目の前で手の平をヒラヒラと振りながら問い掛けてみた。


「ば、ばっかもーん! ふざけている場合ではないわぁ! おい、そこのゴブリン! 取り急ぎ、あのウィルとかいう小僧に連絡しろ! 一大事であるぞ!」


 モルクはこれまた唐突に鉄格子をガシャリと掴み、顔の肉をめり込ませながら、何かを必死に訴えかけようとしている。当然、この場にいる全員の理解は追いついていない。


「ゴブブ?」

「いきなり何を言ってんだお前? だと」

「ええい、話の分からない奴め! 蒼髑髏、つまりは『海賊潰し』のバルバロが相手という事だろう!? それはまずい、絶望的にまずいのだ! 奴が相手では、何人たりとも海上では勝てんっ!」

「ゴーブ、ゴブ?」

「盗み聞きとは良いご身分だな。それで何が言いたい? だと」

「クラーサ、お前普通に通訳してるのな……」


 相方の知られざる才能が遺憾なく発揮され、トンケは唖然とするしかない。しかし、その間にもモルクのマシンガントークは続いている。


「ぐぬぬぬぬっ、ゴブリン風情が流暢に喋りおって! しかし、ワシは知っておるぞ! 貴様らゴブリンが、思いの外頭が良い事をなっ! この際、信じる信じないはどうでも良い! 長い時間観察しておったから、貴様らが何かしらの方法で仲間と連絡を取り合っている事は知っておる! だから、とにかく伝えるのだ! バルバロは神の駒の一人であり、ワシは奴のスキルを既に調べ上げていると! ワシの言わんとするところ、貴様らなら分かるだろう!?」

「……ゴブッ。ゴーブゴーブ、ゴブゴブ。ゴブ、ゴブ」

「……了解した。捕虜が有益な情報を吐いたら、逐一連絡するようにと命令されている。囚人モルク、言ってみろ」

「よし、もちろん教えてやる! ワシは新たな夢の為に、こんなところで死ぬ訳にはいかぬのでなっ!」


 モルクが力強く拳を固める。それからああだこうだと秘密の情報をクルーに伝え、クルーはウィル宛てにメール機能を活用するのであった。


「何かよー、あの料理を食ってからモルクの旦那、すげぇ元気になってねぇか?」

「そうか? いっつもあんな感じじゃね?」

「そこ、うるさいぞ! ああ、文章はそこまで長くせんでもいい! 戦闘時の指揮官とは忙しいものなのだ。必要最小限で分かりやすく頼むぞ!」

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