第78話 海賊流の歓迎

 蒼髑髏海賊団が黒き海を突き進む事、暫くして。正体不明の小舟を砲撃にて撃沈して以降、今のところ敵側に動きはない。バルバロの本命である目的地は、あくまでも北方の秘宝を持ち逃げした、とある海賊船が沈んだ場所である。魔法の地図に記された箇所はもう間近だ。このまま何も起こる事なく、目的地に辿り着いてしまうのでは? そんな思いが巡ってしまうほどに、海は静かだった。


「ま、経験上そんな時ほど厄介事が起こるもんなんだけどねぇ。ブルローネ、怪しいもんはまだ見当たらないかい!?」

「まだだよー! あったらとっくに報告してるって!」

「おう、その意気だ! 期待してやるから気張りなぁ!」

「バルバロ姐さん、相変わらず滅茶苦茶だね! ラジャラジャ! でもその代わり、海ん中はお願いねー!」


 怒鳴り合うような大声と大声で、甲板のバルバロと見張り台のブルローネが意思疎通を行う。他の乗組員達が特に反応を返さない辺り、この光景はいつもの事なのだろう。


(しっかし、本当に何も出やしないってのは、一体どういう事だ? アタシの『水中察知』にも、微弱な魚の反応しかない。凶悪なモンスターどころか、並のそれさえも皆無! このまま沈没地点まで素通りさせてくれんなら良いが…… いや、そうなると気持ち悪さだけが残っちまう。元凶を見つけて殺して奪って沈める。やっぱそれが最上───っ!)

「っ! 姐さん、二時の方向から何か来る!」


 バルバロが複数の何かを水中より感じ取ったのと、ブルローネが叫んだのはほぼ同時の事だった。僅かに遅れて彼方より聞こえてきたのは、大砲のものと思われる砲音。バルバロはすぐさまに命令を飛ばし、全船を急速旋回させる。


 ───ズドォォ───ン!


「被害報告! 三番艦の横っ腹に掠ったみてぇだ! よく分からねぇけど、ぶつかった瞬間に砲弾が爆発した!」


 乗組員による報告。バルバロは待ちに待った敵の登場に、頬を吊り上げ唇を舐める。


「おー、初弾で当てにくるかい。良い腕してるじゃないか! 掠って爆発って事は、砲弾も普通のもんじゃなさそうだ。で、三番艦はまだ走れそうかい?」

「手旗信号、確認! 軽く補強してやるとの事っ! 沈むにはまだ早いですぜっ!」

「ああ、そいつは奥の手だからねぇ! ブルローネ、敵船は確認したかいっ!?」

「しーてーるーけーどっ! 船全部が真っ黒で、見辛いったらありゃしない! でもブルローネは逃さないぃ~~~! あ、ちなみに敵船は一隻のみだよ!」

「よーし、良い子だ! その調子ででっけぇ鉛玉を喰らわせてやんなぁ!」

「はいよっ! 『遠隔操作』開始ー!」


 ピアノを弾くが如く、両手を勢い良く前に突き出すブルローネ。するとどうした事か、蒼髑髏の船に搭載された全ての砲が、独りでに動き出した。


「姐さんの言う通り、なかなか腕は良いみたいだけどさ、良い狙撃手の一人や二人がいる程度じゃ、アタシには到底届かないよっ! だってアタシは一人でも、沢山の大砲を操作できるもん! そら、踊れ踊れぇ!」


 ブルローネがスイッチ代わりの指を曲げる事で、狙いを定めて大砲が発射される。彼女が所持するスキル『遠隔操作』は、手元にものがなくとも一定の範囲内に対象物があれば、そこから対象の操作を行えるというものだ。スキルのランクによって距離と一度に操作できる数が変わるこのスキル、ブルローネが所持するスキルのランクはC。近くにいる船が搭載する大砲であれば余力を持って届くし、数にして一度に十もの対象を操作する事が可能なのだ。


 ……しかし、放たれた砲弾は全て敵船に避けられてしまう。放出した砲撃の軌道は正確であったが、敵船が砲撃箇所を縫うようにして躱しに躱す。船の速度、動かし方といい、どれも超一流の船乗りが操る動作であるのは明白だった。


「おい、普通に避けられてるじゃないか」

「あ、あれぇ? 無風なのに、アタシの予想より大分速いかも……? こ、これから修正するから、大丈夫さ姐さん! お前ら、装填急いでっ!」

「うるせーぞ、ブルローネ! 今やってるわ! ぶっ殺すぞ!」

「そうだそうだ、調子に乗ってバカスカ撃つんじゃねぇよ! その度に弾ぁ詰めて準備する俺達の身にもなれってんだ、あばずれぇ!」

「う、うっさいうっさい! てめぇらの方が下手だから、アタシが全部の砲手を担ってんだろ!?」


 大砲の操作を行うのはブルローネだが、どうやら装填作業する砲弾は別対象らしく、他の乗組員が行っているようだ。それにしても、どこもかしこも喧嘩腰だ。


「てめぇら、つまらない事で喧嘩するんじゃないよっ! それよりも、白兵戦の準備をしときなっ!」

「えっ、船長もうっすか!?」

「ああ、もうだ。あの黒船、速度を飛ばしながら何か海に放っていやがる。この感覚と気配、ジモルんとこの人魚に似てるねぇ。いや、サハギンかマーマン? ククッ、幽霊船だったら、そいつらのアンデッドってのもあり得るか!」


 バルバロの命令に従い、蒼髑髏の戦闘員達が甲板へと立ち並ぶ。誰もが着衣はそのままに、手に得物を持った状態だった。


「うげ、見た目気持ち悪いから、アンデッドは止めてほしいぜ……」

「弱気になるな、ぶっ殺すぞ! で、船長! 敵は殺しちまっても!?」

「いつも通りに決まってんだろ! 生きてる人魚、あとは綺麗どころの女なら生け捕り、それ以外は皆殺しにして良し! 帰還後、手柄を上げた者からお楽しみだ!」

「「「「「よっしゃあっ!」」」」」


 沸き起こる歓声。皆が武器を天に突き出し、待っていましたとばかりの盛り上がりである。数秒ほどその余韻に浸らせた後、バルバロは更なる檄を飛ばした。


「てめぇら! 死をくれてやる覚悟、死を受け止める覚悟は良いかぁ!? その覚悟ある奴だけ、『海神の加護』をくれてやる! 臆病者はさっさと沈みなっ! そんな奴は、そもそも仲間じゃないからね! おい、返事はどうした!? 足を踏み鳴らして証を示せっ!」

「「「「「おうっ!」」」」」


 皆が皆、ダン、ダァンと足を踏み鳴らし、バルバロが求めた証を叫びと共に立て始める。自らを鼓舞する音でもあるそれらは、やがて船全体へと響き渡っていき、その様子はけたたましくも調和が取れていた。まるで荒々しいミュージカルを行っているようで、仮にこの場所に何も知らぬ者が通りかかったとしたら、ふと足を止めて見入っていただろう。


「てめぇらの気高き誓い、確かに受け取った! アタシが保証してやろう、てめぇらは海賊の中の海賊だ!」


 先ほどまで鳴り響いていた喧騒が、バルバロのその一言でピタリと止む。それも船一隻のみではなく、海の上にあるバルバロの船、その全てで同じ現象が起こっている。彼女の統率力が尋常でない事を、明快に物語る出来事だ。士気は最高潮にまで達し、戦闘員らは漆黒の海を注視する。


「───そいじゃ、早速始めようか。海賊流の歓迎、存分に振舞ってきなぁ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る