第76話 発見

 以前アークが気にしていたジェーンの最大索敵範囲、もちろんこれについても検証済みだ。『多感肌』は普段ジェーンを中心に、円状に張り巡らされている。これをジェーンが全力で能力発動させると、ジェーンが島の端っこにいようと、拠点のある島がすっぽりと収まってしまうほどに索敵範囲は広くなった。島の直径を物差し代わりにして測ってみると、その索敵範囲は円の半径だけでも、2キロや3キロメートルではきかない事が判明。まあ要するに、すげぇのだ。


「あれっ? これ、何だろう……?」


 ジェーンがふとそんな呟きを漏らしたのは、今日の漁はこんなところかな? と、拠点へ引き揚げようかと思案し始めた時だった。ジェーンが周囲を調べる際、何かに困ってしまったような表情を浮かべるのは、これが初めての事だ。当然、一番近くにいた俺はいの一番に反応する。


「どうしたんだ?」

「は、はい。安全確認をしようと思いまして、索敵範囲を一方向に集中させていたんですが……」


 ジェーンの索敵には先ほどの『通常索敵(命名俺)』の他に、『集中索敵(命名俺)』という特殊な索敵方法がある。もっと離れた場所を索敵したい場合は、円状にしていた範囲を一方向に集中させる事で、より遠くまで気配を探れるようになるのだ。それこそ、索敵範囲をビームとして飛ばすのをイメージしてほしい。集中索敵は正にそんな感じだ。ただし、こちらの索敵方法はもう物差しとなるものがない為、どれくらい遠くを探っているのかはジェーンの感覚のみが頼りになってくる。更には日に日に集中索敵範囲が伸びているようで、もう水平線の彼方にまで届いているんじゃないかという─── とにかく、すげぇのだ。


「あちらの方角から、嫌な気配を感じたんです。かなり遠くですので正確な数までは把握できませんが、それでもドス黒く染まっているのは、何となく……」

「つまり、敵性を持つ何かがいるって事か。この辺りの海域に辿り着けるってのは、ただの迷子じゃなさそうだな。サウスゼス王国に仕える軍隊が報復に来たのか、或いは懸賞金でも懸けられて、ハンターがやって来たのか…… 凶悪なモンスターって線もあるかな?」

「何々? 二人してすっごく楽しそうな話をしているわね! 私も交ぜなさい!」

「アークさん! 厨房の調理途中だった材料を食べないでと、あれほど─── あれ、マスター?」


 物騒な臭いを嗅ぎつけたのか、アーク本日二度目の唐突なる登場(マスト裏)。なぜか口の端っこにお弁当を付けている。そしてその後ろには、フライパンを持ったクリスの姿が…… アークの奴、さては厨房で盗み食いを働いたな?


「滅茶苦茶なタイミングだけど、ある意味タイミングが良かった。二人とも、厳戒態勢を敷くぞ」

「やったぁ───!」

「え、ええっ!?」


 戸惑うクリスの反応は当然として、狂喜乱舞するそこの戦闘狂。盗み食いをした罰は、後でちゃんと与えるからね?



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ウィル達が異変に気付いてから数刻後、外の海域からこの黒凪の海を訪れたのは、蒼髑髏の海賊旗を掲げた四隻の帆船であった。それら帆船は明確な目的地があるようで、凄まじい速度で波を掻き分け続けている。船自体はどれもかなり古い型である筈なのだが、どのような手品を使っているのか、モルク私設艦隊の船やサウスゼス製最新戦艦よりも随分と速い。しかも、未だ余力がある様子だ。


「バルバロ姐さーん! 進行方向に不気味な海が広がってるー! 凄いよ、どこまでも真っ黒で気持ち悪い!」


 マストの天辺にある見張り台から、小麦肌の少女が叫んだ。それから見張り台より垂れ下がるロープを使い、器用にスルスルと甲板へ降りた彼女であるが、まだ興奮が収まらないのか、未だに身振り手振りを交えた大袈裟な反応を続けている。


「落ち着きな、ブルローネ。ああ、アタシにも見えてるよ。不気味だねぇ、幽霊船でも出てきそうで胸が高鳴っちまうよ。きっと黄金級の宝をたんまり載せてやがる。でなきゃ、化けて出てまで護る意味がないからねぇ」


 ブルローネというらしい少女の報告に笑みをこぼすは、悪名高い『蒼髑髏海賊団』の女船長バルバロ。漆黒の海を見詰める彼女の隻眼には何が見えているのか、段々とその笑みは凶悪なものへと変貌していく。落ち着けと命令している割には、彼女自身が最も興奮しているようにも思えた。


「おおー! 襲おう、すぐに襲って沈めて奪っちまおう!」

「馬鹿、順序が逆だよ。奪う前に沈めてどうするんだい?」

「あ、そっか。でも姐さん、アタシらなら間違って沈めちまっても関係ないんじゃ? 何なら責任持って、アタシが海の底から全部回収するよ!」

「そういう問題じゃないんだよ。回収するのに時間がかかっちまうだろうが、時間が! 長年待って待って待って待って、漸く北方の秘宝が手に入ろうとしてんだ。獲物が出たからには根こそぎ奪う! そいつがアタシの流儀だが、これ以上は流石に待っていられない。だからテメェら、もしも幽霊船が出てきやがったら、最速最短で略奪してやんな! 分かったかぁ!?」

「「「「「おうっ!」」」」」


 船上にて響き渡る、男達の威勢の良い叫び。その誰もが幽霊船などを恐れている様子はなく、船長の言葉が絶対であると心に誓っている。


「アタシも頑張るよ、姐さん! 黒かろうが静か過ぎて不気味だとか、そんなの関係ない! 何ならアタシがこのイカ墨、パスタの上に乗っけて平らげてやるよ!」


 ブルローネも男達に負けじと意気込むが、喩えの方向性が明後日に向かっていた。


「パスタだぁ? どこで仕入れた知識だい、そりゃあ? アタシら海賊に、んな小洒落たもんは必要ねぇだろ。ったく、昔殺し損ねた同業者を思い出しちまった」

「姐さん、それは誰の事だい?」

「ん? ああ、ブルローネはその時はまだいなかったのか。何、悪運が強いだけの馬鹿さね。んんー…… だが秘宝を手に入れれば、いよいよ戦争前のやり残しはなくなるからねぇ。第一の獲物として、まずはあの餓鬼を潰すのも一興か。ククッ、そいつは楽しみだ」

「えーっと…… よく分からないけど、アタシは姐さんに付いて行くよっ!」


 勝つ為なら何でもする。そんな海賊の世界を生き抜いてきた彼女達だ。水の色が違う程度で躊躇いが生まれる筈もなく、蒼髑髏の艦隊は漆黒の海へと足を踏み入れ、堂々と進み続ける。


(にしても、海が静か過ぎるねぇ。こんだけ進めばモンスターの一匹程度は見掛けてもいい筈だが、何にも出やしない。不自然なほどに生物反応がないってのは、ちょいとどころかかなりおかしい。更にはこの風と波、世界のどこにだってなかったもんだ。最近の幽霊船ってのは、生態系や自然環境にまで手を出すのかい? ククッ!)


 無風、静穏、漆黒─── 長年を海で過ごしてきたバルバロにとって、この黒凪の海は全てが異様だった。しかし、彼女は憶するどころか、むしろこの状況を楽しんでいる。状況が悪化すればするほどに、後に待つ宝はでかい価値のあるものとなる。彼女はそう信じて止まないのだ。


「バルバロ姐さーん! 前方に灯りがある!」


 再び見張り台に上がったブルローネが、単眼鏡を目にしながら叫びを上げた。


「この光はランプっぽいかなー? あ、ボートだ、ボートに骨が乗ってる! わあ、姐さんの言った通り、幽霊船が出やがった!」

「あーん? 骨がボートにランプ吊るしてるって事かい? アタシが想像してた幽霊船より、随分と貧相だねぇ……」


 目を細めたバルバロが、肉眼にてその光を確認する。ブルローネの報告通り、光に照らされて僅かに見えた船影は小さかった。


『コノ海ハ我ラガ───』

「───宝がねぇならいいや。沈めろ」


 頭に直接語り掛ける怪しげな声を掻き消すように、大砲の轟音が鳴り響いた。

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