第66話 心の平穏

 グレゴールさんは一度幽霊の方々と相談した上で、俺の提案を受け入れてくれた。言い出しっぺという事で、まずは俺達から経緯を話す。


「う、ううっ…… それは、とても苦労されたんですね……! 魔王の烙印を押され、理由もなく大海原に放置され、奴隷商の魔の手から抜け出して、よくぞここまでご無事で……!」


 予想以上に同情されてしまった。グレゴールさんを含む幽霊の皆さんの大半が涙ぐみ、俺とクリスの肩を叩いて慰めようとしてくれる。こんな荒唐無稽な話、何も知らない状態だったらまず疑っちゃうもんだ。別に同情心を誘うような説明もしていないんだが、どうもこの人達は良い人が過ぎるようである。流石に幽霊に泣かれるとは思ってもいなかったよ。あと、物理的に叩けるんですね、肩。


「ズビビビッ! すみませんね、生前から涙脆い体質でして……」

「いえ、お気になさらず」


 もうハンカチで鼻をかむ程度じゃ驚きませんよ、俺は。幽霊だってそれくらいするでしょと、そんな気分です。 ……これ、大分幽霊についての常識を改変されてるような気もする。いや、魔王という壁がなくなって、距離が近くなったんだと解釈しておこう。アークから学んだポジティブシンキング、活用の時っ!


「ガァルルルルゥ……! ウィル油断するなァルルルゥ!」


 まあ、当のアークは今現在ネガティブだけど。遠くから何かを叫んでるし。ごめん、後半何て?


「では、グレゴールさん達についてもお教え願いますでしょうか?」

「おっと、そうでしたね。少し長くなりますが」

「全然構いませんよ。お互いを知る良い機会です」


 グレゴールさん曰く、ここにいる皆は同じ客船に乗っていた者達で、元々は赤の他人が大半だったのだという。グレゴールさんは奥さんと娘さんの三人家族で、たまたま皆とその客船に乗り合わせた。


 しかし、大陸間を航行する客船は道半ば、運悪くも海賊船と遭遇してしまう。船には護衛の冒険者が何人か控えていたのだが、海賊の力は尋常ではなく、歯向かう者は次々と殺されてしまったそうだ。全面降伏するまで時間はそうかからなかった。命だけはと形振り構わず懇願し、あとは神に祈るくらいしかできる事はない。金銀財宝や女を奪い、不要なものは皆殺しにして船ごと沈める。それがこの世界における海賊の常套手段だ。もうどうにもならないのか? そのような考えが頭を巡る。グレゴールさんを含むここにいる皆は、最後にできる事を必死にした。海賊の手から逃れ生きたいと、必死に祈ったのだ。


「そんな時に起きたのが、突発的な大嵐だったんです。不自然なほど瞬間的に巻き起こったそれは、この船を、いえ、海賊船諸共、全てを飲み込みました」


 祈りを叶えたのは、どこかの神様だったのだろうか? 海賊に全てを奪われる。そんな最悪の事態は回避された。されたが、海賊を排除した大元である大波は、グレゴールさん達をも容赦なく襲ってしまった。その結果船は二隻とも海に沈み、船内のこの部屋で一カ所に集められていた人々は全員助からず───


 って、いやいや、それは駄目だぞ神様。グレゴールさん達は「生きたい」って願ったのに、何で諸共巻き込んでんだよ。確かに海賊に命を取られる事はなくなったが、願いの根本を挫いてしまっては何の意味もない。


 ……ああ、アレが神だったとしたら、馬鹿みたいに大雑把なのも納得か。俺の脳裏に思い浮かぶは、モルクの指輪に触れた直後に聞いた、あの女の声。他の神様もあれくらい適当なら…… うわぁ、碌な神がいねぇ。この世に救いはないのか。グレゴールさん達の境遇が重なって、俺まで泣けてきてしまう。


「お、俺なんかよりよっぽどヘビィな話じゃないですか…… その、何と言葉を掛けたら良いのか……」

「ウィ、ウィルさんまで泣かないでください。そこまでされると、私までまた感極まってぇうううぅ……」


 涙涙の励まし会、開催。頑張ってる、俺達は超頑張ってる! しかし、泣いてばかりじゃ話が進まない。クリスも感化されて目元を擦っているので、落ち着くタイミングを見計らって続きを聞いてみる。


「生前にあった最後の記憶は、船内に水がなだれ込んできた光景です。私は妻と娘を抱き締め、そこで意識を失いました。おそらく、その直後に私達は死んでしまったのでしょう。次に目覚めたのはこの船の中で、既に座礁した後でした」

「その時にはもう、現在の体だったと?」

「ええ、不思議と違和感はありませんでしたけどね。多少の時間差はあれど、皆が目覚めたのもほとんど同じ時期です。ただし、足がなくて透けていましたので、目覚めた者同士、お互いの姿を見て驚いたものですよ。正確には数えていませんが、それももう何年も昔の事になりますか」


 霊体となった自身の事に関しても詳しく説明してくれた。食べようと思えば食べ物を摂取する事もできるが、普通に生活する分には食事は必須という訳ではない。一方で幽霊にとっても睡眠は必要不可欠なようで、人間と同様に眠くなるのだという。技能については各々が持つスキルによってできる事、できない事が異なるとか。ただ、全員に共通するスキルが一つだけある。


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スキル:地縛霊C

『霊体』より派生した特殊なスキル。物理攻撃に絶対的な耐性を持ち、その代償として魔法に弱くなる点は同じ。Cランクであれば物体を通り抜ける、限定的に物体に干渉する、生物に取りつく事が可能。ただし、死に繋がった場所や思い入れの強いものに宿っている為、その一定範囲から離れる事ができない。

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「一人の例外もなく、このスキルは全員が所持しています。これによる恩恵もありますが、逆に問題もありまして…… 私達はこの船を離れる事ができません。甲板から周りを見回すのが精々です」

「となると、もう何年もずっと船で……?」

「そうなりますね。ですが、これだけの人数です。船の中は自由に行き来できますし、話し相手に困る事はありません。私達なりに工夫をして、何とか自暴自棄にならずにやってこられました」


 努めて明るく話すグレゴールさん。そうは言っても、こんな薄暗い場所でずっとは精神が滅入ってしまうもんだろう。彼らを何とかしてあげたい。そんな思いが沸々と込み上げる。


「何の因果なのか、船が流れ着いたこの場所には、あの海賊船もありました。骨となっても動く海賊達の姿を目にした時は、心臓が止まるかと思いましたよ。まあ、心臓はとっくに止まっているんですがね。ハハッ!」

「は、ははっ……」


 すんません、急に自虐ギャグを織り交ぜないでください。真面目に聞いてた俺が対応できませんがな。


「コホン! ええと、失礼しました。そして時を経て、今に至るという訳です。奴らは私達とは違って人間としての自我を失い、もう完全に心までモンスターと化していましたが、船を離れられないという縛りはないようでした。私達に干渉してこなかったのは、不幸中の幸いと言えるでしょう。 ……ですが、私達は不安でした。いつあの海賊達がまた我々に目をつけるか、不安で不安で仕方なかったのです。ウィルさん、貴方が海賊達を倒したと仰った時、私達の心がどれほど晴れたのか、ご理解頂けましたか? 最早ここに貴方を魔王と指差す者はいません。たとえこの場から離れられなくとも、私達の心には真の平穏が宿りました。心から、本当に心から感謝申し上げます……!」


 頭を下げるグレゴールさんに続いて、他の皆さんも同様に頭を下げ始めた。俺は大急ぎで立ち上がって止めようとするが、一向に止める気配がない。というかまた涙ぐんでる。クリスと一緒にあわあわしながら、この人達の為に何かできないか、俺は真剣に考え始めていた。

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