第65話 悲鳴

 気のせいだろうか? アークの声に重なって、別の誰かの声も聞こえたような……?


「だから幽霊は無理だってばぁ───!」


 だから油断するなと言うに。アークは一直線に来た道を戻り、水中へとダイブしてしまった。 ……鉄球付けたままダイブするなしっ!?


「ゴブリンクルー、至急アークの救助に! クリスとスカルさんは、俺と一緒に敵を殲滅するぞっ!」

「はいっ!」

「承知デス」


 アークと入れ替わりに壁の向こうへと突入。先ほどの紅剣をクリスに再度施してもらい、これで俺も幽霊に有効打を与えられるようになった。わざわざ指示しなくてもやってくれるクリスに感謝、アンド覚悟幽霊っ!


「ななな、何なんですか、一体……? 人の家の壁を勝手に壊して、貴方方も海賊なんですか……!?」

「あわわわわ……!」

「こ、子供達は奥に行っていなさい!」

「っ!? ストップ、皆ストップ───!」


 腕を広げて突撃命令を取り止め、緊急停止。おかしい、何か思っていたのと異なる光景が見えたような…… 改めてアークが目にしたであろう、凶悪な幽霊を見据える。幽霊、幽霊……?


「「「………」」」


 報告、やっぱり何か違うぞ。道中で出遭ったあからさまな悪霊とは違い、眼前の彼らはキチンとした人型を保っている。あ、いや…… 保っているというか、少し透けている点、幽霊らしく膝より下がない点を除けば、もう見た目は完璧に人間のそれだ。幽霊お決まりの青色って訳でもなく、ちゃんとした肌の色合いもある。衣服まで透けているがそれ自体は清潔感に溢れていて、当初俺が着ていたボロ雑巾よりも数段上等な品だ。ぶっちゃけ、この点は少し悔しい。


 うん、一度落ち着いて部屋を確認しておこう。この空間は大人数を収容できる客室だったようで、古ぼけたベッドや机が並べてあった。パッと見回しただけでも、数十はあるだろうか。そしてそして、その数に等しいくらいの幽霊が、大変不安そうな様子で俺達の出方を窺っている。子供からお年寄りまで男女区別なく幅広く、それはもう様々な年齢層が揃っていらっしゃる。あそこの幽霊達は家族連れ、そっちの幽霊ペアは老夫婦かな?


「えっ、そ、その顔の紋章…… まっ、まさか魔王っ!?」

「なななな、何で魔王がこんなところにぃ!?」

「うわぁ──ん、怖いよぉ──!」

「ささ、さっき殲滅がどうとか言ってなかったか!?」

「お爺さんや、貴方との人生、とても楽しかったですよ……」

「ワシもじゃて、お婆さんや……」


 幽霊達は人を怖がらせようとするどころか、逆にダンジョンマスターの証である顔の刺青を見て慌てふためき、勝手に人生の総括をしようとしているこの有様。君ら本当に幽霊なの? 死んでるの? ああ、普通の人が俺を見たらこうなるんだろうなって、目の前で実演してもらってる感じだよ?


「あ、あのー……」

「「「ま、魔王が喋ったぁ───!」」」

「………」


 そりゃ魔王だって喋るよ。魔王じゃないけどさ。俺の硝子メンタルにぶっ刺さる純粋無垢な反応ナイフ、見事にクリティカルヒット。


「クリス、スカルさん、俺はもう駄目みたいだ……」

「マ、マスター、お気をしっかり! 傷は浅いです!」


 顔の刺青を両手で隠しながら床(壁)に倒れる俺。受けたダメージは相当なものだった。


「反応が善良過ぎる。騙そうとしている気配もないように見えるけど、どう思う?」

「あ、このままの姿勢で作戦タイムだったんですね…… ええと、私も演技をしているようには見えませんでした。マスターには申し訳ないのですが、心の底から本心で話しているように思えます」

「ウィル様ガソノヨウナ体勢ニナッテモ、コレトイッテ攻撃ヲ仕掛ケヨウトモシマセン。人間デハアリマセンガ、同時ニ敵デモナイノカト」


 クリス達も同意見であるらしい。


「ゆゆゆ、幽霊は幽霊でしょうが! お化け駄目、絶対っ!」


 船の入り口付近で、ゴブ達に担がれたアークが何か叫んでる。腰を抜かしている以外は、まあ元気そうだ。しかし、どうしたもんかな。仮にモンスターであったとしても、こんな形となっては倒す気はもう毛ほどもない。かと言って、俺が交渉に出向いても怖がらせてしまうだけだろう。うう、自分で言ってて悲しくなってきた……


「クリス、悪いけどいつものパターンで、俺達が無害だってアピールしてきてくれないか? できれば話をする機会を設けたいとも申し出てほしい。本当なら俺が直接出向きたいんだけど、そのさ…… 俺ってばあんな反応されちゃうし……」

「デシタラ、私モウィル様ト共ニ下ガッタ方ガ良イデスネ。骨デスシ」

「しょ、承知しました。頑張って幽霊さんに訴えてみます!」


 こうしてクリスの交渉がスタートしたのであった。無駄に怖がらせぬよう、俺とスカルさんはアークの壊した壁を隔てて待機。アークとクルー達は更に向こうの入り口で待機、である。それからナチュラルショック事件の傷が何とか癒え、暫くして───


「マスター、幽霊の方々が事情を理解してくれました! マスターともお話して頂けるそうです!」

「そ、そうか! クリス、でかした!」


 クリスが誠心誠意粘り強く交渉してくれたおかげで、出会い頭の俺に対する不信感は和らいだようだ。俺は今、とても感動している……! クリスの努力を無駄にしない為にも、また余計に怖がらせる訳にはいかない。そっと部屋へと入り、腰を低くしながら幽霊達の前へと進む。すんませんすんません、この刺青がすんません。そんなノリだ。


 部屋の中央にまで辿り着くと、周りはもう幽霊さんで一杯だった。物陰からおそるおそる覗く子供もいれば、腹をくくって堂々と立つ船乗り風の男もいる。その中でも一際俺の関心を引いたのが、今俺の前にいる中年男性。髪をオールバックに纏め、どこか気品のある雰囲気を醸し出している。良い家柄の紳士、といった印象か。彼と俺の間にはテーブルが一つ置かれ、その傍らにはクリスが立っていた。


「それでは改めまして、私クリスが仲介役を務めさせて頂きます。どうぞお座りください」

「「あ、はい……」」


 何とも言えない空気に晒されながら、俺と向かいの男はクリスの言う通り椅子に座る。 ……座れるんですね、椅子。


「こちらは幽霊さん総勢四十七名の代表、グレゴールさんです」

「は、はじめまして、グレゴールです。代表をやらせて頂いています」

「ああ、これはこれはご丁寧にどうも……」


 お名前があるらしい。言葉もしっかりと通じているし、やはりモンスターとは毛色が違うっぽい。俺と同じくらい物腰も柔らかで、親近感が湧いちゃう。


「そしてそして、こちらが私の主であるダンジョンマスター、ウィル様です。ここで嘘をついても後々に良い事がないので正直に申しますが、形式上は漁団の頭目兼海賊の船長をされています。先ほどもご説明しました通り、あの紋章はダンジョンマスターに記されるものでして、決して魔王の証などではありません。仮に魔王であったとしても、世界一優しくて素晴らしい理想の魔王様です!」

「な、なるほど……?」


 クリス、その説明はどうなんだろうか。色々な情報を詰め込み過ぎて、たぶんグレゴールさん理解し切っていないぞ?


「はじめまして、ウィルと申します。肩書きが多くて混乱されるかと思いますが、皆さんが想像するような魔王ではありません。その、可能であればお互いがここに至った経緯、その情報共有をしたいと思うのですが……」

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