第64話 意地を見せる

 体勢を立て直した六本腕から放たれる斬撃は強力だ。空気の震える音、地面に対する踏み込みの強さが、その威力がクルー達の比でない事を教えてくれる。おまけにそれが六本分も迫っているんだ。お先が真っ暗過ぎて、普通であれば絶望してしまうような光景に映るだろう。だが不思議な事に、今の俺には少し違った風に見えていた。


 奴の振るうカトラスは一本一本が確かに強力だが、そのどれもがアークの一撃には遠く及ばず、六本全てを合算したところで敵わない程度のものだったのだ。更には剣筋が滅茶苦茶で、何を狙って斬りつけているのか分からないほどに無闇矢鱈むやみやたら。ついさっき頭部が彼方へと飛ばされてしまったのが原因なのか、ひょっとしたら視覚を失っているのかもしれない。そんな乱打をいくら放たれようとも、日常的にアークの凶撃を目にしている俺からすれば、素人目にもお粗末なものとしか言いようがない。


「なるほど、全てを理解したよ。うちのアークの方が…… よっぽど怖いってなあぁぁ───!」


 要約すると、お前なんか怖くない! である。何せ重さもキレも攻撃の奥に潜む笑顔さえも、こんな顔なし六本腕とは比較にはならない圧がアークにはあったのだ。そんな感じで見事恐怖を克服した俺は、奴の斬撃を完全に見切る事に成功。避けられるもんは避け、それが無理そうならクリス印の紅剣で腕自体を削ぎ落す。気が付けば俺はもう敵の懐にいて、六本腕は至って普通の二本腕にランクダウンしていた。


 左右の重心が合っていない二本腕は、尚も攻撃を繰り返そうとしている。だけど、もう遅い。俺はもう、カトラスを振り切っていた。二本腕の胴体は綺麗に両断され、その切り口から炎が舞い上がる。


「わお、やるじゃない! 一本二本くらいは私が折る必要があるなって予想だったのに、良い意味で裏切ってくれたわね、ウィル!」

「お前が乗る船の船長さんは、日頃から誰かさんに虐められているからな。これくらい屁でもないさ」


 ───ゴオォッ!


「っ!?」


 猛然と燃え上がった紅剣の炎が、二本腕の骨を一気に貪り尽くす。その勢いにビビった俺は、危うく悲鳴を上げるところだった。しかしほんの寸前まで格好を付け、小粋な台詞まで口にしてしまったこの身。こんなところで馬脚を露す訳にもいかず、ギリギリ何とか耐える。耐え忍ぶ。


「あ、いや…… やっぱり、このおっそろしい威力を誇る剣があったからこそ、ってのもある。俺の剣の腕で両断できたのは、クリスとアークのおかげだ」

「あら、謙虚ね。その謙虚さに免じて、何がよっぽど怖い云々の話は不問にしておきましょうか」

「そうしてくれると助かります、はい!」


 そんな馬鹿な会話をしている間に、シーボーン軍団を片っ端から粉砕するアーク。紅剣の効力が続いているうちに、俺もシーボーン殲滅戦に参加。敵さん達は凄い勢いで数を減らしていき、数分ほどで辺り一面が木炭っぽい骨と骨粉で埋め尽くされる事態に。戦闘は無事に終了したけど、入り江の景色は台無しだ。


「私達のビクトリー!」

「「「ゴブー!」」」

「「「ウォ───ン!」」」


 勝鬨を上げるアーク、そこへ追従するゴブリンクルーとボーンウルフ達。別に戦いが好きって訳じゃないけどさ、この瞬間は俺も格別に感じちゃうよ。正に仲間達と手にした勝利! って気がする。


「ふへー、勝った勝った。何とか勝った」

「マスター、お怪我はありませんかっ!?」


 カトラスの刃が元の色に戻ったのを確認していると、クリスがかなり急いだ様子で駆け寄ってきた。というより、飛んできた。


「ああ、この通り元気元気! あれで怪我なんてしてたら、アークの相手なんてしてられないよ」

「そ、そうですか。良かったぁ…… もう、本当に心臓が止まるかと思いましたよ?」

「あー、そんなに心配させちゃったか…… 悪かった、今度から勝手な行動は控えるよ。クリスは大丈夫だったか?」

「はい。アークさんがほとんどの敵を前線で止めてくれましたし、スカルさんとの連携も上手くできましたので」

「ウィルにクリスー! いつまでくっちゃべってるつもり? さっさと難破船も調べちゃうわよー!」


 すっかり元気を取り戻したアークは、もう次の調査対象に目を向けていた。そう言えばあの骨海賊、宝がどうとか言ってたっけ。んんー、難破した船にそのまま積んであるもんかな? 正直、あまり期待はしてない。


「分かった分かった、ご希望通り調べるとしようか。二隻あるけど、どっちから調べようか? やっぱこのシーボーン輩出船からか?」

「んー…… そっちのはもう敵が出そうにないし、ゴブゴブ達に任せても大丈夫だと思うわよ? 私達は左のやつに行って、手分けして調査した方が効率的! そうしたら、早く食事にもありつける!」

「お前、もう腹が減ったのか…… まあ、アークの直感は結構当たるからなぁ。よし、それじゃ今回はそうしようか。モンスター班をスカルさん一体、クルー四体の二班に分けて、片方は俺達と一緒に左の難破船に、もう片方は海賊船にって事で。海賊船を探索するスカルさんは、何かあったら直接頭に語り掛けてくれ」

「分カリマシタ。新タナ発見ガアリマシタラ、直チニ」


 という事で、戦闘終了から間もなく難破船調査へと移行。おったからあーればー、いーいーなー、っと。


「こちらの船は前方部分しかありませんね。断面からが内部に入りやすそうです」

「その断面は水の向こう側か。クルーさん方、頼んだぞ!」

「ゴッブゴブゴブー!」


 難破船は船首を僅かに陸に乗り上げ、船自体は真横に倒れている。船の断面は水の向こう側を向いているので、宝箱からボートを取り出し、水上を漕いでぐるっと回り込んで到着。フフン。この程度の移動、ゴブリンクルーにかかれば造作もない事よ。


「海水に浸かっちゃって、見えてる範囲では使えそうなものはなさそうね!」

「見事にバッキリといってるもんなぁ。足場が腐ってるかもしれない。敵だけじゃなく、その辺も気を付けて行こう」

「船が倒れているせいで、天井と床が壁になっていますね。扉の位置などで少し苦労しそうです」


 洞窟の通路とは違い、難破船は踏み締める床(壁)自体が非常に脆く、また船であるが故に広さも限定されている。部屋と部屋をこれまた脆い壁で隔てているので、不意打ちをしようと思えばいくらだってできてしまうだろう。雰囲気も不気味だし妙な寒気がするしで、できる事ならさっさと調査を終わらせてしまいたい気持ちで一杯だ。


「むむっ!? この壁の向こう、結構な数の気配がするわ。壁をぶち抜いてこっちから不意打ちを仕掛けたいんだけど、どうかしら? もちろん、先頭は私ね!」


 早くもアークが活躍。アンド、バイオレンスな発言が炸裂。


「それは構わないけど…… 壁の向こうにいるのがもし幽霊だったら、どうするんだよ?」

「アハハ、ないない。さっきの海賊船とほとんど同じ規模の船だし、どうせあいつらのお仲間に決まってるわ」

「そ、そうか? うーん。何かそれ、フラグっぽい発言な気がするんだが……」

「フラグ? 何よそれ? よく分からないけど、もう特攻かけちゃうからね?」


 怖いもの知らずモードのアークさんが、早速壁を壊してカチコミしようと気合いを入れている。一方の俺は不安を拭いきれないので、クリスやゴブリン、スカルさん達とアイコンタクトを取り、万が一の時はフォローしようと頷き合った。


「せぇーい!」


 ズドンと慈悲なくぶっ飛ぶ壁(天井)。アークはそのまま壁の向こうに突撃し、クルー達もアークに続こうとしたのだが───


「「───ギャ──────!?」」


 案の定と言いますか、即行でアークの悲鳴が聞こえて来た。 ……ん?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る