第63話 難破船

 クリスの炎に照らされ、エメラルド色に輝く入り江。そこに鎮座していたのは、二隻分の難破船であった。どちらも木製帆船で、俺達の船よりも一回り、いや、二回りは大きい。俺から見て左手側の難破船は、甲板のド真ん中から割れてしまっていて、船の後方部分が見当たらない。右手側のもう片方は船本体の形だけは辛うじて保っているものの、マストや船首が全て折れ曲がり、至る場所に大きな穴が空いてしまっていた。どういった経緯でここまで流されてしまったのかは分かりかねるが、この惨状から相当悲惨な目に遭ったと見て、まず間違いないだろう。


「どちらの船も損傷が激しいですね。何らかの不幸があって、この島に流れ着いたんでしょうか?」

「船の墓場ってところだろうな…… でもこの島ってさ、特殊な海流で普通は船が行き着かないんじゃなかったか?」

「ングング……! 海中にはモルクが飼ってた海蛇みたいに、大型のモンスターもいるからね。モグパク……! そいつらに襲われるかして、最終的にここまで運ばれた可能性もあると思う。ゴクゴク……!」

「「ああ、なるほど」」


 食事をする毎に回復するアークの助言。確かにそれなら、海流に関係なくここに行き着いたのも納得だ。まあ、そのモンスターが出現する危険性も高まってしまったけど、出る時は俺達の都合なんてお構いなしに出るもんだ。そん時は潔く覚悟を決めよう。でも、出ないでくれると嬉しいぞ!


「難破船の中も確認しておこうか。どっちにしろ、供養はした方が良いだろ」

「ですね。亡骸を無造作に放置すると、そこから人に害を為すモンスターが誕生してしまう例もありますから」

「が、骸骨なら平気よ! うん! ……何よウィル、その顔は?」


 うんうん、物理的に粉砕できるもんね。俺はそんな思いを乗せて、アークに笑顔を振りまいた。 ……おし、睨めるまで元気になりましたな。


「ガァルルルルル……!」


 周囲の警戒に当たっていたボーンウルフが、一匹、また一匹と低い唸り声を上げ始める。彼らの視線は、右手側の難破船に集約されていた。


「オ待チクダサイ。何ヤラアノ船ニ、怪シゲナ気配ガ複数アルヨウデス」

「っと、どうやら供養が間に合わなかったようだ。全員警戒、アークもいけそうか?」

「ゆ、幽霊以外なら!」

「オーケー、頼りにしてる。その代わり、駄目そうだったら俺達を頼りにしてくれ」


 剣を抜き、鉄球を振り回し、炎を燃やす。準備万端な俺達が船を見据えると、難破船の穴という穴から沢山の人影が溢れ出してきた。


「グゥウィ…… 立チ去レ……!」

「立チ去レ……! コレハ、俺達ノ……!」


 現れたのはシーボーン、道中で出くわした骸骨モンスターと全くの同種だ。アークが倒したあのシーボーンも、元々はここからやって来たんだろうか。そこまで戦闘力の高い相手ではないが、俺達よりも数が多く復活能力も侮れない。だがそれでも、この相手なら俺達に分がある。


「おっしゃ骸骨っ! ウィル、私を頼りになさいっ!」


 何せ、うちの特攻隊長がこんなにも活き活きとしているんだ。アーク、完全復活! 油断なんてしてやらんぞ。自ら隙を作る俺達ではないのだ!


「クルー達は突貫したアークの援護を! スカルさんはボーンウルフを使って、アーク達のところに敵が密集しないよう、他のシーボーン達をこっちに誘導してくれ! クリスはそれで釣られた敵を、魔法で順次処理! 万が一に抜かれても俺とスカルさんが護るから、焦らず確実に!」

「承知しました!」

「承知デス」

「ゴブッ!」

「うらあぁぁぁ───!」


 アークの叩き付けた鉄球をゴング代わりに、俺達とシーボーン軍団の戦いが開始された。圧倒的なアークの力で、戦況はこちらへと傾いている。未だに船より出現し続けるシーボーン軍団が若干の不安要素ではあるが、復活できない状態にまで処理していけば、このまま押し切れる。


「ウオオオォォォ───!」

「新手です!」


 シーボーン輩出船甲板の一部が弾け、その内部より何かが酷い叫び声を上げながら飛び出したのを目視。遠目でよく見えなかったが、でかくて白いってのは分かった。明らかにシーボーンではない。


「まあ、そう上手くいくとは最初から思ってなかったよ。スカルさん、クリスを頼む」

「えっ、マスター!?」


 正体不明の乱入者は跳躍後、仲間である筈のシーボーンを気にする事なく踏み潰し、入り江の岸に降り立つ。攻勢を強めていたアークの、ちょうど目の前の位置だ。


「我ラノ宝ヲ奪ワントスルノハ、貴様ラカ!?」


 片言の大声を発したそいつは、シーボーンと同様に全身が骨だらけの骸骨だった。ただし、背丈はアークの二倍はあろうかというくらいにでかく、腕が全部で六本もありやがる。それら全ての腕に錆び付いたカトラスを持ち、頭には海賊の長の証である髑髏マーク入りの三角帽子。あの難破船は海賊船で、自分がその船長だと暗に言っているようだ。


「宝? へえ、そんなのがあの船にあるんだ。だとしたら、どうなのよ?」

「略奪者ニハ死ヲ与エル! 身ヲ滅ボソウトモ、アレハ我ラノ生キ───」

「───とおっ!」

「あ」


 六本腕を見倣い跳躍した後、奴の顔面目掛けて剣を振るう。アークに施された特訓は無駄ではなかったようで、狙い通りの場所にカトラスをヒットさせる事に成功。


「タァバアァァ───……」


 三角帽子もろとも六本腕の頭部は遥か後方へと吹き飛ばされ、水中へとドボン。遠のく声と共に奴の頭部が水の底へと沈んで行く。残った胴体も勢いに押され、背中から倒れてしまった。


「ちょっとウィル、どういうつもり? 獲物の横取り?」

「んな物騒なもん横取りしたくないっての。たださ、俺も船長としてそろそろ度胸を付けたいと思って。アークの戦い、俺に手伝わせてくれないか?」

「えー……」

「あの、そんなマジで迷惑そうな顔をされると、割と傷付くんですけど……」


 確かにアークと比較すれば、俺は弱い部類に入るかもしれないけどさ。これでもステータスだけなら、それなりに良い線いってると思うよ?


「ぷふふっ! 冗談よ、冗談。アンタの船に乗って、大体のノリは私だって理解しているもの。良いわ、手伝うなんて言わず、メインはウィルがやっちゃいなさい! さっきの借りもあるし、今日のところは譲ってあげる! そいつ肉がないし、私がマジになるほどの相手でもなさそうだしね! 安心なさい、最低限の援護はしてあげるから!」

「お、おう。それじゃ、お言葉に甘えるとするよ」


 本当にアークの援護をするだけだったつもりが、いつの間にかメインに据えられてしまった。 ……え、本気? 冗談じゃなくて?


「もう! マスターはダンジョンマスターなんですから、あまり無茶はしないでくださいね!」


 クリスにまで叱られてしまった。俺はもう駄目かもしれない。 ……なんて、ふざけた洒落を言っている場合じゃなかった! 声と頭部を失っても六本腕は未だ健在。しかも奴が現れてからというもの、取り巻きのシーボーン復活速度が早まっている気がする。仲間に効力を発揮させるタイプのスキル持ちなんだろうか? ともかく、さっき六本腕に踏み付けられて戦闘不能になった奴らも、もうカムバック寸前なのだ。


「マスター、剣に炎をエンチャントします! これで決めてください!」

「うおっ、カトラスの剣身が真っ赤になった!?」

「文字通り火力アップね。クリスの炎を付与したそのカトラスなら、あのデカブツだって溶かして斬れるでしょ! ウィル、私とゴブゴブで周りは抑えてあげるから、さっさと決めて来なさい!」

「「「ゴッブゴブ!」」」


 仲間の声援まで背に受けてしまった。もう完全に敵ボスと一騎打ちをする流れである。オーケー、アークの支援をする方便とは言え、度胸を付けたいと言ってしまったのは俺の責任だ。船長として、その責任を全うしようじゃないか。


「フッ…… やってやるよおらぁ───!」


 この身に襲い掛からんとする剣の嵐の中へと、俺は本日何度目かの覚悟を決めて突入した。

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