第62話 昇天

「オオ、オオォ……」


 どうやら前方からやって来たお客様も、不気味な言葉でお話をされるらしい。クリスの炎とは趣の違う青白い炎が灯り、うっすらと半透明の靄が暗闇から顔を覗かせている。靄は一定の形状を取っておらず、スライムのように酷く不安定な様子だ。しかしその中に、人の顔があるような、ないような…… いや、あるよ絶対。声そっから出てるもん。アークが相手している骸骨とはまた違った方向性に怖い、所謂幽霊と思わしき存在が俺達の眼前に出現した。


「クリス、あれって斬れるもんかな? できれば近寄りたくもない感じの輩なんだけど……」

「種族までは分かりませんが、ゴーストの類でしょうね。何らかの属性強化補助でもしない限り、剣による斬撃など、物理的な攻撃は一切効果がありません。その代わりに魔法に弱い特性を持ちますので、私が炎で浄火しますね」

「マジで頼んだ!」


 腰を抜かすほどではないけどさ、俺に幽霊への視覚的な耐性がある筈もなく、力強くクリスにお願いしてしまった。種族的にクリスは幽霊が怖くないのか、敵モンスター達を淡々と炎で処理していく。洞窟の暗闇にやたらと映える紅蓮の炎に飲まれ、幽霊達は次々と消え去るように昇天。お焚き上げとはまた違うんだろうけど、これも供養の一つだと思っておこう。南無南無。


 それから十数秒後、炎は完全に鎮火して、そこに怨念めいた存在は欠片も残されていなかった。ゴースト系には魔法が効果抜群─── と、よし! また一つ賢くなったぜい。


「マスター、お掃除完了しました」

「見事な手際だったよ。クリスがいなかったら、最悪ここで詰んでたかもしれない。本当に助かった」

「そ、それほどでもありませんっ!」

「ハハハ、何だよ照れてるのか?」


 しかし考えてみれば、我が海賊団で魔法を扱えるのはクリスとリンのみだったのか。ゴブ達やスカルさん、サハギンはもちろん頼りにしているが、魔法使い的な役割を担える人材がパーティにいないと、今の戦いのように苦戦するかもしれない。構成、もう少し考えなきゃかも?


「ひとまず前方の安全は確保、と。おーい、アーク~。そっちも片付いたか~?」

「ゴブ!」

「……あり?」


 返って来た返事はゴブ! だけで、アークの溌剌とした声はない。辺りを探してみても、クルー達とその足下にて粉々に砕かれた、元野生のシーボーンと思わしき骨粉しか見当たらず。宙にはふよふよと浮かぶアークの火の玉タマが、先ほどの子犬状態で取り残されていた。


「スカルさん、アークの姿がないけど、あいつどこに行った?」

「ハイ。先ホドマデ敵ト戦ッテイタノデスガ、急ニ物陰ニ隠レラレマシテ……」


 駄目元でスカルさんに聞いてみたら、意外にもすぐにアークの居場所が判明。T字路を戻り、通路脇にある岩陰。そこにアークは息を殺して隠れていたのだ。なぜか体育座り。


「ア、アーク? 一体どうした?」

「………」


 声を掛けてみても、アークからの反応はない。いつものアークらしくなく、やけに物静かだ。つうか、ちょっと震えていないか?


「……いない?」

「え?」

「もう、いない? さっきの、その……」


 消えてしまいそうなアークの声を聞いて、俺に激震が走る。誰これ、アークの姿をした別人? そんな思考に一瞬なってしまうも、それとは異なる解釈も同時にしてしまう。何と言うか、ピンときたのだ。


「まさかとは思うけどさ、幽霊が怖いとかってのは…… ないよな? ハハハ、あのアークに限ってそんな事は───」


 冗談を言うノリで、笑いながらそう肩を叩く。しかし次の瞬間に待っていたのは、予想もできない反応だった。こう、力尽くで抱き寄せられ、そのままギュッとされたのだ。 ……加減なしで。


「───わぁぁ───ん! 無理無理無理、無理ったら無理っ! 幽霊だけは、絶対に駄目ぇ──! 殴っても蹴っても潰そうとしても、全然攻撃が通じないんだものっ!」

「ア、アーク、力をばぁ───!?」

「おまけに気分悪くなるし気持ち悪いしどうしようもないしぃ! 幽霊なんか嫌いなのぉ───!」

「アークさん、どうか落ち着いて! マスターがその幽霊になってしまいますっ!」


 微かに耳に入る二人の叫び声、アークの腕の中で遠のく意識。苦しいような、心地好いような、不思議な感覚だ。でもさ、まさかまさか、本当にまさかではあるが、アークの弱点が幽霊だったなんて驚きだ。フフッ、そうかそうか。幽霊かぁ…… タマのようにふわふわした気分になりながら、俺の意識は完全に沈んだ。



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 これまでに見た事がないほどに狼狽していたアークであったが、最低限の手加減は無意識のうちに行っていたようだ。クリスの甲斐甲斐しい介抱もあって、一応一般人よりも丈夫な肉体を持つ俺は無事に目覚める。いやあ、あのままアークの天敵にならなくて良かった良かった! ハッハッハー!


「風の強さからして、そろそろ終点に辿り着けそうかな?」

「そうですね。あれから害を為そうとするモンスターも現れませんし、順調に進んでいると言えます! はい!」

「………」


 と、そんな笑い話で終われば良かったんだが、アークは未だに幽霊の件を引きずっているようだ。俺が目覚めるとらしくもなく消沈した様子で平謝りされ、今も歩く度にびくびくしている。過去によほど怖い目に遭ったのか、アークにとって幽霊はトラウマ案件になっているらしい。フォーメーションも陣の半ばに位置する俺とクリスの隣に移動してもらい、現在は二人でケアに奮闘中だ。例えば食事とか。


「そうだ! アークさん、お腹は減っていませんか? 歩いて食べられるサンドイッチを作ってきたんです。どうぞどうぞ、遠慮せずにどうぞ!」

「ん、ありがと……」


 まあそんな状態でも、食べ物を差し出されれば食べるのが救いだろうか。食欲だけは変わらないらしく、相変わらずよく食べる。クリスが気を遣って色々な軽食を渡す事、あのサンドイッチで道中三度目の間食だ。その度に少しずつ元気を取り戻し、何とかお礼の言葉を引き出すまでに回復。戦闘に参加させるのはちょっと無理そうだけど、まずはひと安心ってところかな。


「ガァウ!」

「ゴッブ、ゴブー」

「ん、何か見つけたのか?」


 先頭を行くボーンウルフ、ゴブリン隊が俺達に合図を送っている。


「ウィル様ガ仰ッテイタ、終着駅ヲ発見シタヨウデス。今ノトコロ、敵モイナイト」

「スカルさん、通訳サンキュー。時間もそこそこだし、ちょうど良いタイミングだ」


 何度か枝分かれしていた洞窟を進み、俺達は漸く通路以外の空間に抜け出した。ここが洞窟内とは思えないくらいに広く、天井も見上げるほどに高い。天然の大部屋と言うべきだろうか? そんな空間を半分ほど進めば、何とその先は大量の水で満たされている。その奥に淡い光がある事から、この場所は洞窟内にまで通じた入り江なのだと推測。おそらく、あの光の方から風が抜けていたんだろう。どこもかしこも宝石のように輝いていて、お世辞抜きに目を奪われてしまう。ダンジョン装備を整理した際、海の色を黒から通常色に戻しておいて本当に良かった。そう心から思うほどだ。


 ただし、そんな感動と同時に俺の心に宿っていたのは、強烈な警戒心だった。それを含めて幻想的、ではあるのだが、どう考えても不自然な物体がこの入り江に鎮座している。


「あれさ、難破船じゃないか?」

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