第60話 マッピング

 翌日。改善できそうなところがまだまだあるにしても、安定したDPを得る方法は大よそ確立できたと言えるだろう。この五日間の俺は拠点や船に付きっ切りだったので、本日は乗船をお休みして、久しぶりに島の未探索箇所の調査に赴く事にした。メンバーは前回同様、クリスとアーク、ゴブリンクルー達にスカルさんだ。


 とは言え、船での漁はいつも通り行う。ダンジョンマスター不在での初めての出航なので、ちょっとだけ心配だったり。


「トマ、リン、何かあったら真っ直ぐ帰って来るんだぞ? あと、メールでちゃんと知らせる事も忘れずに。字や文法が間違っていても良いから、恥ずかしがらずに教えてくれよ」

「わ、分かってるよ、キャプテン。でも俺だって勉強してんだ。今度こそ、間違えないで完璧なお手紙を出してやる!」

「お兄ちゃん、いっつも惜しいもんね。でも船長さん、今日行くのは島からも見える近場の海なんですよね? いつもはいないサハギンさん達も、何体か船に随伴してくれるみたいですし…… そこまで心配しなくても、たぶん大丈夫だと思いますよ?」


 リンの指摘の通り、本日の漁は島の近場でのみするようにとクルー達に指示している。サハギン素潜り隊からも半数を護衛として割き、より安全に航海できるよう調整済み。そう、全ては今日の船管理を任せたリンとトマに、もしもの出来事が絶対に起こらないようにする為に、だ!


「いや、今日は島の調査に向かう為に俺達も拠点を離れるから、万が一の事態が起こった時にすぐには対応できそうにないんだ。だからこその厳戒態勢、今からできる万全の備え! ……なんだぜ? 決してやり過ぎなんかじゃないんだぞ」

「な、なるほど……? あ、そろそろ時間ですね。それでは、船長さんもお気を付けて!」

「行って来るー!」

「おう、はしゃぎ過ぎて海に落ちるなよー!」


 港から船を見送り、ちゃんとここから見える位置で網を放っているのを確認する。


「……船影、よし!」

「いや、よしじゃなくて。ウィル、ちょっと過保護にもほどがあるんじゃないの?」


 指差喚呼にて最終確認を終えると、いつの間にやら俺の背後にアークが立っていた。そして、なぜか呆れている。何だ何だ、指差し確認を馬鹿にするつもりか?


「過保護つったって、リン達はまだ十四なんだぞ? 監督責任がある立場として、ある程度の安全を確保するのは当たり前じゃないか。言っとくけど、これはアークにも当て嵌まる事だ。無茶、良くない」

「何で最後に片言なのよ…… うーん、そういうものなのかしら? 私、親とかいなかったからよく分からないわ」


 ん、んん? アークさん、それって俺が触れて良い系の話でしょうか? しかし、ここまでアークに言わせて何も聞かないってのも不自然な気が。むむむ……!


「すみません、お待たせしました!」


 どうしたものかと俺が迷っているうちに、食事の仕込み準備を終えたクリスがやって来る。この絶妙なタイミング、ある意味助かったと言えるかも。


「クリスも来たわね。もう仕事は良いの?」

「ええ、今日は漁で獲れる収獲量が少なくなる計算なので、いつもより時間に余裕があるんです。しっかりと私もマスターに付いて行きますよ。頑張りますっ!」

「わ、気力十分ね! ほんっと、クリスったらウィルにべったりなんだから~」


 うりうりとアークに脇を小突かれる。そして茶化される。アーク、本日一番の笑顔。一方のクリスはよく分かっていないらしく、頭上にでっかい疑問符が。


「あ、あー、それな。俺としてもクリスには、今日くらい余暇としてゆっくり過ごしてもらいたい思いがある。でも───」

「マスターと離れると、頗る元気がなくなります! 逆に気落ちします! 悪魔の使用人は、そういう生き物なんです!」

「───らしいんだよ」


 種族名まで挙げて断言されてしまうと、俺からはもう何も言えない。


「な、なるほどね。それなら仕方ないかもね…… それでウィル、今日は島のどこを探索するの? 前の調べ残し?」

「ああ、まずはその説明からだったな。じゃ、折角だしトマお手製の島マップを使って話そうか」


 その言葉、実は待っていました。トマの画力を駆使して作り上げた地図を、ここぞとばかりに勢いよく取り出す俺。縮尺やら実際の距離などは捨て置き、コミカルなイラストで島全体をまとめ上げたこちらの地図は、島のどこに何があるのかが一目で分かる出来となっている。


 高々とした岩山が島の外側をぐるっと回り、唯一南側から入り込む川のみが島の中心部に続く水路を形成。その終着駅である入り江には我らが漁港と拠点が存在している。それより奥では木々が茂り花が咲き、大半が緑で覆い尽くされている印象だ。しかし、所々に樹木とは異なったものも記されている。前回の探索で発見したモンスターの巣といった危険区域、段差から流れる圧倒的な滝に、森の中で発見したやけに神秘的な泉、どこに続いているのか一切不明の洞窟、島の主との出会い─── 等々、野外活動には持ってこいな場所が揃い踏みなのだ。


 更に更に、地図の欄外にはゴブリンやスカルさんの顔をデフォルメしたイラストが! ……これがあるのは、まあその…… 遊び心ってやつだ! 見ていて楽しいだろ!


「へ、へえ、それなりに良く描けているじゃない。見て楽しいし、何よりも分かりやすいわ。これ、一体いつの間に作ったのかしら?」


 褒めてくれてありがとう。君が寝ている間にです。


「今回探索するのはここ、島の北側で発見した洞窟だ。前回の調査では時間の関係上、洞窟内部までは確認できないでいたのは記憶に新しいと思う」

「洞窟は幾つかありましたが、奥が見通せないほど深そうな場所はそこだけでしたね。詳細がほとんど分からない未探索箇所となると、その洞窟が一番最初に挙がるのも納得です」

「ふんふん、まあ妥当よね。それでそれで?」

「実はあの後にもさ、スカルさんにお願いしてボーンウルフに少しだけ中を見てもらっていたんだ。想像以上に深くて探索は途中で断念したんだけど、新しい発見があった。洞窟の奥の方で、風の流れがあったんだ」

「風の流れ…… どこか違う出口に通じているとか?」

「そう、それが危険なんだよ。もし洞窟の奥に島の外への抜け道がありでもしたら、後々防衛する時に響くかもしれない。島のマッピングを完璧に仕上げるのも目的の一つだけど、今日本腰を入れて洞窟の調査に臨むのは、その不安を潰す為ってのが大きいかな」


 島に敵が襲来した際、俺達が正面の護りを固めている間に知らない抜け道を使われ虚を突かれては、目も当てられない事態になりかねないだろう。逆にその存在が判明すれば、緊急時の避難経路として活用できるかもしれない。


「確かにねぇ。それはそれとして、あの猪以上に主っぽいモンスターが巣を作ってるパターンはないかしら? 尚且つ肉になる類のモンスターだったら、私的には一番嬉しいのだけれど」

「俺としてはない方が嬉しいんだけど…… まあないとも言い切れないから、戦闘に特化させたこのメンバーで行く事にした。トマ達がいるところでこの話をしたら、冒険楽しそう! とか言って、目をキラキラさせながら付いて来ちゃいそうだろ?」

「ふふっ。リンちゃんもトマ君も、とっても好奇心旺盛ですもんね。安全を確認できたら、今度皆でピクニックでもしましょう。お弁当を食べて洞窟も見れて、二人とも満足すると思います」

「お、そいつは良い考えだ。絶対に喜ばれるよ」

「フフン! それじゃ二人の為にも、洞窟探索を済ませてしまいましょうか! 腕が鳴って喉が鳴り、仕舞いにはお腹も鳴るわ!」

「え? あ、おう……」


 アークさん、その三段活用はちょっとよく分からないです。

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