第59話 五日後

 島での新生活が始まり、五日が経過した。この五日間は俺達の大黒柱的な収入源、そう、漁における試行錯誤が主となっていた。もちろん、それ以外に進めていた事も多くあるが、まずはそこから振り返ってみたいと思う。


 これまで俺達は帆船で航海しながら漁業に勤しんでいた訳だが、その際の収入は一日に1万から2万DPくらいであった。更に収入を上げようにも、船で作業を行うゴブリンクルーをこれ以上増やすのはスペース的に難しい。ならば釣り竿を使うだけでなく様々な方法を試してみようと、ショップで用途の異なる漁具を物色。特に今回は、一度に大量の漁獲を狙える漁具に注目してみた。具体的に言えば、網を使っての漁である。


 ショップとは探してみれば本当に何でも用意しているもんで、しっかりと漁専用の網を用意してくれていた。手法に応じてサイズ別に、知識のない俺には目が眩んでしまうほどに用意してくれていたのだ…… しかし、俺は挫けなかった。作業に当たる人数を設定して、使用環境を俺達の帆船で使うとして検索をかける。これにより、その条件に見合った商品のみでショップリストが並べ直される裏テクを、つい最近になって発見したのだ。不適切な商品は排除され、無駄なものにDPを支払う必要がなくなる親切機能である。


 こうして俺は500DPする漁用網を三種類購入。新たなる相棒を携え、島周辺で良い漁場がないものかと一日掛けて探し回り、どの網が効率良くDPを稼げそうか検証。日が暮れたら島に帰るというルーティンをこの五日間続け、今では一日になんと3万から5万も、DPを増やすまでになっていた。網の元値を考えれば、素晴らしい費用対効果だと言えるだろう。もっとも肝心の網漁についてはゴブリンクルー達に任せきりで、相変わらず俺は彼らに負んぶに抱っこな状態なんだけどね……


 一方サハギン達による新事業『素潜り漁』はというと、ちょっとだけ悪戦苦闘な様相を呈していた。前回購入した海幸の銛に加え、獲物を入れる用に少し大きめの網袋(10DP)をサハギン達に装備。その身一つで水中を泳げてしまうので、その他の余計な装備は一切必要なし! いざ、海中の狩りへ! ……なんて調子で送り出したんだが、銛で魚を仕留める点でダンジョンとの相性の悪さが出てしまった。


「これも駄目か…… クリス、そっちの網袋の中はどうだった?」

「残念ながら、こちらも全て死んでしまっています。調理に使用するには問題ありませんが、ダンジョン内での討伐にはなりませんね……」


 銛で捕らえる。獲物は瀕死になる。網袋に入れているうちに死亡─── と、これまで船ダンジョン内で獲物を倒す事ができた釣りとは違い、素潜りでは港ダンジョンに戻って来るまでの間に魚が死んでしまい、討伐によるDP稼ぎが難しくなってしまったんだ。海幸の銛は技術と運を向上させる素晴らしい装備なんだが、いかんせん普通の魚に対して使うには強力過ぎた。正に一撃必殺。運が高くなってしまったが為に、クリティカルが出まくってるのかもしれない。一匹獲る毎に陸に戻っては、逆に効率が悪くなってしまうし…… 元々一匹あたり1DPにしかならないが、塵も積もれば何とやら。一日素潜りさせれば結構な値となる計算なので、どうにか工夫して改善していきたいところである。


「サハァ……」

「ギィーン……」


 成果の確認中だから今は静かに。そう俺が指示したせいでもあるんだが、普段賑やかなサハギン達も今は酷く落ち込んでいるように見えてしまう。いや、君らは胸を張って良い! 船も使わずまだまだ手探りな状態なのに、銛のみで一日に1万DP前後の稼ぎを叩き出し続けてくれたんだ。素直に凄いぞ!


「サハァァァ!」

「ギィィンンッ!」


 お静かにモードを解除した途端、陽気な叫びとビッチビチな尾を鳴らし始めるサハギン。うん、やっぱり静かにしてもらった方が良いかもしれない。


「うーん、素潜りは最初から大物に狙いを絞った方が良いかも…… あ、ところでクリス。一日の収穫量が随分増えたと思うけど、流石に調理がきつくなっていないか?」

「いえ、まだまだこれからといったところです。調理器具も徐々に揃ってきましたし、むしろより多く、質の高い料理を提供できるかと」

「……マジで?」


 Sランクは神話級であると以前に説明を受けたが、確かにそうなのかもしれない。何千という種類の異なる魚を、当然のように捌いて調理しているんだもの。こんな可愛い顔して、調理風景は嵐のような激しさなのだ。宝箱があるから良いものの、普通であれば拠点が料理で埋め尽くされるレベルだ。


 さて、漁と一日の収益についてはそんなところだろうか。次に手に入れたDPの使用用途について。


 まずアークたっての希望により、拠点敷地の拡大資金としてDPの一部を使用。今や700平米(7万DP)を増やして、計1000平米の広さに到達したのである。確か田んぼなら1反分、プールなら50メートルクラスに相当する広さだ。囲う壁も新たに70メートル分(1万4千DP)の費用が掛かっているので、ひとまずこれで満足して頂いた。手加減ありきの追いかけっこなら、もう十分でしょうに。


 新たな建造物については、島でも生活ができるようにと試験的に家を一つ導入してみた。皆で協議した結果、増やしていった際に見栄えが良くなるような、洗練されたお洒落な家が良いとの意見が多数。中には本気目にキックパンチしても壊れない家、なんて意見もアークより出て来たが、それを採用しちゃうと拠点全体が要塞になってしまいそう&高額過ぎて財布が死んでしまいそうなので、ここは見送らせてもらう。


 皆の意見を考慮した上でショップより購入したのは、5000DPする『赤煉瓦造りの家(大)』だ。十人程度であれば問題なく住める広さを持ち、眺めているだけで旅行気分を味わえてしまうアンティークな外観をしている。こんな家が並べば、さぞ壮観な景色になるだろう。とは言え、まだお試し用の仮住まいなので、家具はベッド(100DP)など最低限のものを置くに止めている。


 一応クリスが衣服を作れるよう、この家にはそれ用の道具も置かれている。俺は最初、ミシンや機織り機みたいな機材が必要なものだとばかり思っていた。しかしクリスに言わせれば、そういった機材を使う方がむしろ遅くなってしまうらしく、もっとアナログに手縫いで製作を行うんだとか。この辺は俺の常識では測れないので、調理と同じくそういうものだと無理矢理に納得。


 針などの道具一式の購入を全てクリスに任せると、格安の1000DPで済んでしまったのには驚いたものだ。それなら生地はもっと良いものを使おうぜ!という事で、1万DPをクリスに渡して色々な素材の材料費に当ててもらっている。時間の関係上まだ出来上がってはいないが、着々と作業は進んでいるようだ。


 ……ただ俺としては、最近オーバーワークの傾向にあるクリスの身が心配過ぎて困る。


「クリス、本当に大丈夫か? 料理だけじゃなく、毎日掃除とかの家事もしているんだろ? その上、皆の装備作りまでやるなんて───」

「───いえ、全然問題にもならないです。それに、毎夜…… いえ、毎日マスターから元気をもらっていますから!」

「?」


 何だかよく分からないけど、俺がクリスに元気を与えているらしい。詳しく聞いてもこればかりは! とか言って、クリスにしては珍しく理由を教えてくれない。かなり必死に隠している様子だったので、俺もそれ以上は聞く事ができなかった。ダンジョンマスターの力が、ユニークモンスターとして所属しているクリスに、何らかの形でエネルギーを与えているって事なのかな? それとも、クリスの『夜適性』に秘密がある、とか? うーむ、謎は深まるばかりである。

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