第54話 期待の新魚人

 どんな見た目なのかも気になるので、試しにサハギンを二体ほど召喚してみる。光の中から現れるのは、ゴブリンよりも少し大きいくらいの人型。魚人というだけあって、ちゃんと二足歩行だ。


「サハァァァ!」

「ギィィンンッ!」

「「……」」


 叫んでいるとしか思えない、かなり賑やかな鳴き声についてはこの際置いておこう。ツッコんでばかりでは話が進まない。


 サハギンは全身が真っ青な鱗で包まれた、想像よりも愛嬌のある魚顔のモンスターだった。何と言うか、全体的にちょっとぽっちゃり気味? 四本の指の間には水かきがあり、手には使い古した槍を持っている。ふくよかなせいか、魚感はそれほど感じられない。


「進化したらスリムになるのかな?」

「ど、どうでしょうか? 逆にファットになる可能性もあるかもです」


 その場合、果たして素早く泳げるのか。まあ優秀な事には変わりないんだ。俺は第2ダンジョンに期待の新人、否、期待の新魚人サハギン(種族解放400DP)を導入する事にした。こちらのダンジョンはまだ通常モンスター枠が五しかなかったので、懐の痛みを我慢して思い切って枠が三十になるよう調整(二十五枠追加17500DP)。一体の召喚につき25DP消費するサハギンを二十体、60DP消費のゴブリンクルーを八体、150DP消費のスカルシーウルフを二体─── という編成に(召喚総額1280DP)。締めて19180DPを消費して、残りの手持ちDPはもう120000ほどしかない。ついこの前、大戦果を挙げたばかりだというのに、ダンジョン運営とは何と費用のかさむ事か。


「だが、ここで手を緩める訳にはいかない! このまま装備も充実させるぞ、クリス!」

「いっちゃいましょう、マスター! やっちゃいましょう!」


 昼前なのに深夜テンションな俺とクリス。慣れない大金を使ってしまうと、人は変に高揚してしまうものなのだ。でも大丈夫、最低限の冷静さは保っているから。 ……ああ、保っているとも!


 さて、話を戻す。現在ゴブリンクルーやスカルさんが装備している戦闘用の剣は、名匠のカトラス(1200DP)という結構なお値段のする業物だ。解呪の鍵(銅)より僅かに値段が張る分、その威力は実戦にて証明済み。奴隷船の船員達が使っていたカトラスとは、そもそもの性能が段違いなのである。


 新たな職場に夢を膨らませるサハギン達には、是非ともこのレベルの装備を持たせてやりたい。むしろ、もっと高価な装備だって良いくらいだ。しかしながら、適度に節制しなくてはならないのもまた事実。このバランスが難しい。ダンジョン運営とは何と悩ましい事か。


「これからを見据えて考えてみれば、俺達自身の装備も強化すべき時期なんだよなぁ。今までは武器だけだったけど、本当なら防具も工面しなきゃならないところだし。むう、ダンジョンも整備して装備も揃えるとなると、本気でカツカツだ……」


 俺の冷静な心が高揚感に打ち克ち、直面する現実問題と引き合わせてくれた。ここで装備を重視するか、それとも漁業に力を入れて収入源を強化するか。ムムムムムッ。


「マスター、衣類でしたら、材料さえあれば私が裁縫で作れますよ」

「え、クリスそんな事もできんの!?」

「はい、お裁縫もメイドの必須条件ですから。技術も『スーパーメイド』の等級に準じていますので、お料理と同じく自信ありですっ!」

「ク、クリスぅ───!」

「わわっ!? マ、マスター……?」


 俺の体は自然と動き、気が付けばクリスを抱き抱えてクルクルと回っていた。最初こそは驚いていたようだったが、それ以降クリスは静かにされるがままだ。なぜこんな事をしてしまったのか、自問自答しながら混乱の最中にいた俺は止め時が分からなくなって、あろう事かこの行為を続行。アーク達に見られなかったのが幸いだったが、密着状態が続く。


「ご、ごめん。とにかく、ごめん……」

「い、いえ。別に、嫌だった訳ではありません、ので……」


 それから暫くして。クリスを地面に下ろした後、俺達は視線を合わせる事ができなかった。クリスは分からないが、俺の方は絶対に顔が赤くなっている。クッ、まさかこんな奇行に及んでしまうなんて……! 深夜テンション成分が、ほんの少しだけ残っていたのだろうか? どちらにせよ、猛省ものだ。


「その、続けましょうか。サハギンさんの装備……」

「あ、ああ……」


 ぎこちない。すっごくぎこちない。切り替えて、早く切り替えて!


 ……サハギンは『槍術』のスキルを持つので、やはり装備させるとしたら槍の類になるだろう。同じランクの装備で揃えるなら、名匠の三叉槍(1300DP)がちょうど良いと思う。それともう一つ気になっているのが、海幸の銛(1800DP)という武器だ。この銛は購入に必要なDPが高い割に、武器そのものの攻撃力は三叉槍に劣る。だが装備者の幸運値、銛による突き技能を上昇させるという特殊効果がある為、彼らにこれで素潜り漁をやってもらったら─── なんて、そんな夢も広がる。サハギンの装備セットを追加して、両方買ってしまえばベストではある。が、今のDPを考えると、なあ?


「海幸の銛に一票」

「同じく銛に一票です」


 お互いのクールダウンを兼ねた話し合いの末、今回は漁を強化する事に決定。銛の武器だって弱い訳では決してないし、全体で見れば賢い買い物だったと思う。早速宝箱に購入した銛を入れ、サハギン達に装備!


「サッハアァァァ!」


 よ、喜んでる、喜んでる……?


「次にダンジョン装備についてですが、船で使用していた装備は一式、こちらの第2ダンジョンでも同時並行で使用可能です」

「同じダンジョン装備を買う必要はないって事か。ありがてぇ」


 そいじゃ、ちゃちゃっと装備させてしまおう。『穏やかな海』だろ。『晴天の空』……は、雨が降らないと島の自然環境に悪影響を与えちゃいそうか。ひとまずこれは保留。『ダンジョン周辺オブジェクト捕捉』でモンスターの位置を分かるようにして、最後に『ダンジョン周辺出現モンスターF』でモンスターを弱体化させれば、安全な生活が約束─── んんっ?


「なあ、クリス。この出現するモンスターの強さを制限するダンジョン装備、船の方にもずっと付けてた筈だよな? 船が停泊していたあの距離なら、島も十分に範囲に収まっていた筈だ。何で島のモンスターは普通に強かったんだ?」

「それはですね、ええと……」


 クリスのマニュアル検索待ち。チラッとクリスの顔を覗くと、やっぱりちょっと赤かった。


「あ、分かりました! こちらのダンジョン装備の効果が及ぶのは、それが可能となる環境下のみのようです」

「可能となる環境?」

「はい。海に棲むモンスターであれば、効果の及ぶ範囲外にまで泳いで逃れられますよね? ですが、この島のように他に逃げ場のない空間となると、陸地に棲むモンスター達は範囲外の場所まで物理的に移動ができないんです。これが範囲外まで地続きの大陸だったとしたら、ダンジョン装備の効果は正常に働いていたんだと思います」

「ああ、なるほど。猪や狼が飛んで他の陸地に行く訳にもいかないもんな。泳げってのも無理な話だ」

「逆に言えば、昨日の探索で空を飛ぶようなモンスターがいなかったのは、既に島から脱出していたから、という事になりますね。唯一いた猛禽類も、足の速さに特化した飛べない鳥でしたし」

「確かに、ダチョウっぽいモンスターしかいなかった……! いやー、勉強になったよ」

「ええ、私も勉強になりました!」


 こういう細かなところまで調整してこそのダンジョンマスター、ってところか。 ……待てよ? 島全土が範囲になっているのがいけないのなら、その効果範囲をああして、こうすれば─── お、おおう!?

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