第49話 せめて食事くらいは

 ウィルら探索チームが無人島を進む中、ダンジョンである船ではリンとトマのお留守番チームが島の様子を眺めていた。船には多数のゴブリンクルー、そして二体のスカルさんが残っている為、緊急時の発進準備、周囲の監視体制は万全。クリスが作り置きで料理も準備してくれたので、自分達で食事を用意する必要もない。二人がやれる事といえば、皆が無事に帰って来るよう祈る事だけだ。


「つっても、流石に島を眺めるだけってのもなぁ…… リン、今から大砲の練習しちゃ駄目だよな、やっぱ?」

「それは駄目。船長さんが心配して戻って来ちゃうよ、きっと。すっごく迷惑が掛かっちゃう」

「だよなー。キャプテンから管理を任された大砲達はピカピカに整備したし、農園の世話も終わったし、今はゴブさん達が総出で警戒体制になってるから、釣りを手伝う訳にもいかないんだよな~」

「船長さん達は心配だけど、ただ時間を使っちゃうのはもったいないよね。あ、そうだ。文字の練習なら大丈夫だと思うよ。お兄ちゃん、さっきの船長さんからのお手紙、ちゃんと読めてなかったよね? 次に船長さんから連絡があるとすれば、たぶんまたお手紙だよ?」

「うっ、痛いところを…… 分かった! 勉強は苦手だけど、リンが教えてくれるなら俺も頑張る! 俺だって、キャプテン達とお手紙してぇもん!」

「その意気だよ、お兄ちゃん! ここはゴブリンさん達が見張っていてくれるから、私達は食堂で集中しよっか」

「ゴブ!」


 リンが護衛役のゴブリンクルーに視線をやりながらそう話すと、護衛ゴブは「俺達に任せておけ!」と言っているかのような、威勢の良い声を上げてくれた。そんな護衛ゴブに、ニッコリと微笑み返すリン。


「よーし、それじゃ気合い入れてやるぞー! 今日中に基本はマスターしてやるー!」

「うん、基本は大事だもんね!」


 二人はノート(5DP)などの勉強道具を片手に、船の食堂へと向かって行った。奴隷であった二人にとっては、勉強だって新鮮で楽しいものなのだ。一度集中すれば、それはもう夢中になってやってしまうほどに。


 ───それから数時間が経過し、段々と日が落ちて来る頃に差し掛かる。


「……あ、あれ? もうこんな時間? お兄ちゃん、お日様が夕日になってるよ」

「ど、道理でお腹が減った筈だよ。勉強中は気が付かなかったけど、すげぇぐーぐー鳴ってる」

「えへへ、実は私も。それにしても、結局勉強中は船長さんからの連絡がなかったね。ゴブリンさん、船の周りはどうですか?」

「ゴブー」


 異常なし。先ほどまでトマが勉強に使っていた紙に、そう文字に起こして意訳する護衛ゴブ。知力Cは伊達ではなかった。


「そっか~。うーん、大丈夫かな……?」

「だ、大丈夫だって! キャプテンとクリスさん、すっごく強いんだぞ? アークの姉ちゃんなんて、戦艦を一人で撃沈しちゃうくらいなんだ。逆に負ける姿が思い浮かばないよ」

「そ、それは確かに…… 心配したら余計にお腹が減っちゃったかも」

「時間になっても帰って来なかったら、先に食べててってキャプテンが言ってたよな? ウィル海賊団の船員として、言い付けはしっかり守らないとだ! ちょうど食堂にいる事だし、感謝しながらクリスさんの準備してくれた料理を頂こうぜ!」

「うん。あ、でもその前に、モルクさん達に食事を運んで来るね。私達と同じで、お腹が空いてると思うから」


 棚から木製のお盆(4DP)を二つ取り出し、そこに囚人用の食事を準備するリン。彼女一人で大人三人分の料理を運ぶのは辛いので、護衛ゴブにも運ぶのを手伝ってもらい、二人で運ぶ手筈となっているようだ。囚人用の食事にはランクがあり、これまでに有益な情報をもたらしてくれたトンケとクラーサにはそれなりのものを、未だに敵意のあるモルクには必要最低限のものを、といった内容になっている。クリスに教えられた各料理セットを間違えないように、何度も確認する事も忘れない。


「えー、別にリンが運ぶ必要ないだろ。あいつらの食事の用意なんか、見張りのゴブさん達に任せて良いと思うけどなー。キャプテンだって、牢屋には不用意に近づかないようにって言ってたじゃん」

「そうだけど、どんな人でもあんな薄暗い場所にずっといたら、気が滅入ると思うの。実際、私達がそうだったし…… お食事の時くらい、楽しい雰囲気でいてほしいなって」

「うーん、リンが言ってる事も少しは分かるけど、やっぱ俺には理解できないよ。そりゃゴブさん達はあいつらが何か悪さをしないか、常に目を光らせているもんだ。楽しい雰囲気にはならないだろ。でも元々あいつらは悪人なんだし、それが当然の報いだと思うけど?」

「ゴブー」

「ほら、護衛のゴブさんだってそう言ってる」

「い、言ってるのかなぁ……?」


 リンとトマはゴブ語を理解している訳ではなく、その場のニュアンスで何となく解釈しているに過ぎない。先ほどのゴブリンクルーの言葉は、おそらく特に意味のないものだ。


「それじゃ、行って来るね」

「あいあい、分かった分かった。その間にリンの分の食事も並べておくよ。にしてもリンは優しいというか、将来絶対過保護な母ちゃんになるよなー。簡単に想像できちゃうぜ」

「もう、お兄ちゃんったら!」


 護衛ゴブと一緒に食堂を出て、下層となる下甲板へ料理を運ぼうとするリン。しかし勢い良く飛び出してしまったせいで、危うく皿から料理をこぼしてしまうところだった。


「わっ、ととと…… あ、危なかった~。クリスさんが作ってくれた大事なお料理なんだから、気を付けて運ばないと。ゴブリンさん、気を付けて行きましょうね」

「ゴブ!」


 錨を下ろし停泊中とはいえ、船は波で揺れるものだ。リンは船内を慎重に慎重に移動して、転ばないよう注意を払い続ける。一方の護衛ゴブは、ここでも『器用』スキルが発揮されているのか、それとも海のゴブリンである為か、船上でも一切バランスを崩さない。その気になれば、もっと速く歩く事も可能だろう。


「そおっと、そおっと……」

「ゴッブ、ゴッブ……」


 それでもリンを追い越さず、彼女の歩む速度に合わせているのは、変に急かさないよう気遣っているからだろう。リンとトマをよろしく頼む。そうウィルにお願いされた護衛ゴブは、忠実に主の命令を守っているのだ。


 それから多少の時間は要してしまったものの、リンと護衛ゴブは最下層へと無事到着。後は農園を抜け、壁を一つ隔てた牢屋部屋へと行くだけだ。


「ム、リン様デハアリマセンカ。作物ノ世話ハモウ終ワッタ筈デハ?」


 農園を抜ける途中、最下層の警護にあたっていた一体のスカルシーウルフ、通称スカルさんに話しかけられる。この区画はリンとトマのお世話担当箇所でもあった為、護衛ゴブと同様に、彼も二人に気を配るようウィルに指示されている。


「あ、スカルさんこんにちは。えっと、これからモルクさんへ…… 囚人さん達へお食事を届けるところだったんです」

「ゴブゴブー」

「ナルホド、ソウデシタカ。ナラバ、我モ同伴致シマショウ。何ガ起コルカ分カリマセンノデ」

「そ、そうですか?」

「ソウナノデス」


 ぐいっと髑髏を前に出し、その必要性を強調するスカルシーウルフ。別に威圧している訳ではないのだが、見た目が骨なので妙に迫力がある。結局、リンはゴブリンクルーとスカルシーウルフを引き連れ、独房に食事を届ける事になるのであった。


 ───ギィ……!


「こ、こんにちはー」


 扉をスカルシーウルフに開けてもらい、にこやかに声を掛けるリン。


「おっと、リンちゃんじゃないか。待ちに待った食事の時間───」

「……(ジー)」

「───じゃなくて、いよいよ処刑の時間ですかぁー!?」

「ち、違います! 食事ですっ!」


 リンの背後に立った威圧感は、色々と勘違いをクラーサ達にもたらしていた。

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