第50話 牢屋コント
「ふいー、マジで焦っちまった。威圧感満載の骸骨と一緒に来たから、いよいよ年貢の納め時かと思ったぜ……」
「ク、クラーサ、滅多な事を叫ぶんじゃねーよ。思わず俺まで勘違いしちまったぞ」
勘違いの大元、クラーサが大袈裟にため息をつく。牢の最奥まで一気に後退したところを見るに、本気でそのような思い違いをしたらしい。
「フン! この程度の事で大騒ぎをするとは、海の男の名が廃るというものだ」
「おいおい、モルクの旦那だってビクッとしてたじゃないっすか。このクラーサの目は欺けませんぜ~」
「な、何を言うか、貴様っ! そんな事がある筈なかろう! 曲がりなりにも雇い主に向かって、そのような世迷い事を!?」
「いや~、もう辞めちまったようなもんなんで、俺には関係ないっすわ」
「貴様ぁ───!」
独房内にモルクの叫びが響き渡る。牢獄生活の先輩後輩は、何だかんだで今日も元気であった。
「すまねぇな、リンちゃん。あいつらにとってはいつもの事だから、まあ気にしないでくれや」
「い、いえいえ。仲良しさんになれたのなら、それが一番だと思います」
「そこのお前も、ワシとこんな小童を並べてあいつら扱いするでないわっ!」
「……想像以上にタフで、元気過ぎるのが玉に瑕ではあるけどな」
「あ、あははは……」
ターゲットをクラーサからトンケにチェンジしたモルクが、ズンズンとトンケのいる牢の扉付近にまで歩みを進める。うわーと、面倒臭そうに顔をしかめるトンケ。
「第一にだ、獣人の小娘と何を親しそうにしておるのだ! 貴様ら、この船に捕まっている立場であろう!?」
「まあそうですけど、リンちゃんは普通に良い子ですよ? 俺達はこの子の笑顔に心が洗われたんです。足も洗ったんです」
「嘘つけぇい! 人の心と足がそう簡単に変わるものかっ!」
「モルクの旦那、返答がちょっと意味不明っす。あ、でもそうっすね。確かにそれだけだと嘘です。俺はここの独房飯にも救われたんすよ! モルクの旦那の情報を売ったら、こんなにも美味い食事にランクアップしちゃって! これが美味いのなんのって。一日中寝てて良いし、俺もうここに住みますわ。ええ、住みつきます」
「だから貴様、本当に何してくれっちゃってんのぉ───!?」
リンの献身的な食事運搬が功を奏したのか、ここ数日でクラーサとトンケは、その無垢な優しさにすっかり心を開いていた。かつて獣人を毛嫌いしていた面影は微塵も残っていない。
「それでは、お食事を牢の中に入れますね。直接私が手渡しする事はできませんが……」
「ああ、それはしゃーないしゃーない。俺だって娘がいれば、こんな牢に入った悪人面に手渡しなんてさせねぇもん」
トンケらの食事は鍵付きの郵便口のような扉から入れられる仕組みだ。この際、用意された料理はお盆ごと牢に入る訳だが、食事を渡すのは決まって見張り役のゴブリンクルーとなっている。鉄格子の隙間から囚人達が悪さをしようとしたら大変だという事で、牢には余力を持って対抗できる者しか近づく事を許可しないと、ウィルがそう徹底させている為だ。これでもかなり譲歩した方で、本当であれば牢屋部屋への入室自体禁止にしたいウィルであったが、そこは彼女の熱意に負かされたようだ。囚人達の食事でリンに許されているのは、あくまでも入室と運搬、あとは軽い雑談くらいなもので、接触は絶対禁止なのである。
「ゴブ!」
「はいよ、ゴブゴブ、と…… これとこれが俺とクラーサの分で、こいつが…… ほい、モルクの旦那の分だぜ!」
「……毎回思うのだが、なぜにワシと貴様らの食事ランクがこんなにも違うのだ? いや、これも最低限の美味さを確保できてはいるが……」
渡された自身の食事と残りの二人に配膳された食事を見比べ、モルクが不服そうに渋い顔を作る。モルクの食事には拳大のパンが一つに海の幸を使ったスープ、水の入ったコップのみであるのに対し、クラーサらの食事はもう二品ほど種類が多く、そもそもの料理のランクが上回っていたのだ。質・量共に比較にならない。
「なぜって、モルクの旦那も聞いたでしょうに。態度を改めてウィルの旦那に有益な何かをすれば、食生活がもっと豊かになるんすよ」
「モルクの旦那なら、俺らとは比べものにならねぇくらいのビッグな情報を持っているんじゃねぇですかい? いつまでも頑固になってねぇで、協力的にいきましょうや」
「有益な何かだと? フン、そんなものはとっくに提示しておるわ。ワシをサウスゼス王国に返せば、此度の悪事はワシの力で不問にしてやるとな。王国より借り受けた戦艦を襲撃した罪は大きく、間違いなく死罪に至るものだ。それがなくなるのであれば、ワシを解放するくらい訳ないであろう?」
「……旦那、それはねぇわ。頭の悪い俺でもわかる、それはない」
「だなぁ。俺がウィルの旦那の立場なら、モルクの旦那は絶対に帰さねぇわ」
「なぜにっ!?」
捕らえられてから三日が経過した今でも、戦いに敗北したショックの大きさからか、モルクは冷静さを失っている。ただし、その様子はちょっとしたコントを見ているようで、悲壮感はあまり感じられない。
「ええっと、その気になられたら、いつでも船長さんをお呼びしますので……」
「ワシはいつだってその気だわいっ!」
「ひゃっ!」
モルクがガシャリと勢いよく鉄格子を掴んだ為、リンは驚いて尻餅をついてしまった。それに反応して、牢屋部屋の見張ゴブとスカルシーウルフがすかさず間に入る。
「はい、どうどう。驚かせちまって悪いな、リンちゃん。どうもまだ、現実を受け入れらえてねぇみたいなんだわ。今日のところは早く帰りな。旦那もそれ以上はいけねぇ。ゴブゴブさんと骨骨さんに目ぇ付けられるぜ?」
「むむむ~……!」
「そ、そうですね。お邪魔しました。次の食事の時間になったら、また来ます。ゴブリンさん、前の食事のお盆とお皿、持って行きましょう」
「ゴブッ!」
空の皿が乗ったお盆を手に、慌てた様子で立ち上がるリン。それでも彼女は笑顔を絶やさず、顔をトマトのように赤く染めるモルクにも微笑んだままだった。
「ったく、も~。癒しのリンちゃんが帰っちまった。旦那、もう少し大人な対応をっすね~」
「ワシに意見するでないわいっ!」
「あんまり感情的になり過ぎると、健康によろしくないですよ。ほら、俺のおかず一切れだけあげますから、気分直してくださいよ。ほーら、こんだけ美味いんですよー」
そう言って、トンケがモルクの大口に自身の料理を放り込む。
「もがっ? ん、ングング…… ん、んん───!?」
リンは閉まろうとしている扉の隙間から、料理を咀嚼したモルクが目を丸くしながら停止しているのを目にする。
(次にここを訪れる時は、もう少し仲良くできるかな……?)
クリスの料理の片鱗を口にしたとはいえ、モルクにまでそんな期待をしてしまうリンの思考は、トマの指摘通り甘いのだろう。しかし、牢部屋の先輩であるクラーサやトンケはそのおかげで救われ、良い関係を結ぶに至っている。決して悪い行いでないのも確かだ。
「あ、お兄ちゃんからのお手紙だ。ふふっ、早速勉強の成果が出たのかな?」
食堂に戻ろうと歩き出したその時、兄のトマよりダンジョン機能のメールが送られて来た事にリンが気付く。持っていたお盆を一時的にスカルシーウルフに持ってもらい、中身を確認。そこには拙くはあるが一生懸命書いたような文章で、「キャプテンが帰ってきたぞ」という内容が記されていた。
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