第41話 壊滅的な帰還

 モルク私設艦隊壊滅からしばらくして。サウスゼス王国領沿岸都市ヴァンデル領主の屋敷、その一室である客間では、張り詰めた空気がこの場所を支配していた。客間の上等で柔らかなソファに座るは、この街の領主であるバルト。そしてその向かいに座すのが、サウスゼス王国が誇る騎士団のトップであり、弱冠十八歳という若さでこの地位に就いた団長のジーク・ロイアだ。歴代の騎士団長中最年少という経歴も素晴らしいものだが、その容姿も群を抜いている。彼の美貌はまるで、多くの女性を虜にする魔性が宿っているようだ、と、国内で評判になるほどである。


 そんな彼の顔は男として直視し辛い、という理由ではないのだが、バルトはどうも視線を合わせられないでいた。二人の顔色は相反しており、ニコニコと笑みを浮かべるジークに対し、バルトは滝のような汗を絶えず流している。それもそのはず、ジークの来訪は先日バルトが奴隷商モルクに貸し出した最新の大型戦艦、その所在を問う為のものだったからだ。


「バルト公、もう一度お伺いします。船はどうされたんです?」

「……逃走した金獅子アーク・クロルを捕らえる為、調査隊に志願したモルク殿にお預けしました。ジーク団長がご存知の通り、副団長のサズ殿がお目付け役として同伴。モルク殿が所有する他十二隻の船と共に出航致しました。計十三隻の大船団、戦艦には我が国の水兵達も多く乗船しています。そして二日前に、船は街の港に戻って来ました。 ……戦艦ただ一隻が、ボロボロになった状態で」

「ふんふん、それで?」

「船には多くの者達が生き残っていました。もっとも一隻の船にしては、の話ではありますが。水兵に船員、モルク殿が連れて行ったと思われる奴隷も中にはいましたが、モルク殿とサズ殿の姿はなく…… 生き残った者達は酷く怯えているようでして、事情を聞こうにも半数ほどの者は口を開かない有様です」

「では、残り半数ほどの者達については、口を開いてくれたんですね? 他の船やいない者達はどうなったのか、お聞かせ願いますか?」


 バルトは大きく喉を鳴らし、やや俯きながらゆっくりと語り出した。


「我が国が貸し出した船を残して、モルク殿の私設艦隊は全滅。そこに乗り合わせていた乗員も、ほとんどが死んでしまったようです。もちろん何者にやられたのか、アーク一人に壊滅させられたのかとも、全員に確認しました。返ってくる答えは全て荒唐無稽で、とても信じられる内容ではありませんでしたが……」

「揃いも揃って、屈強な兵士や船乗り達がそう言う。だから信じる事にした、ですか?」

「……いえ、私は半信半疑といったところですよ。突然辺り一面に広がった漆黒の海、一寸先も見通せない濃霧、大砲が決して当たらない幽霊船、魔法の如く命中する敵船の大砲、闇から出でる髑髏の群れ、魔王と名乗る幽霊船の船長――― 言葉は違えど、誰もが似たような事を話していました。しまいにはモルク殿とサズ殿が乗っていた戦艦に、正体不明の敵と結託したアークが出現。何でも、船腹を破壊して侵入されたそうです。戦艦にはモルク殿を護衛する精鋭達がいましたが、その全てがアークによって屠られたと聞いています」

「ほう。彼女の闘技場での伝説の数々はかねがね耳にしていましたが、どうやら噂は本当だったようですね。いかに奇襲の形で船に侵入したとしても、たった一人でこれを制圧するだなんて、それこそ化け物でないとできません。それだけに、とても惜しい。彼女には我が騎士団で力を尽くしてほしかった。ほら、彼女と私の名前、似てますし?」

「そ、そうですね……」


 普段であれば女を卒倒させるであろう笑顔を見せられても、この度の責任を追及されている立場であるバルトは苦笑いを浮かべる事しかできない。


「しかし、それも今となっては難しいでしょう。先ほどお見せした通り、水兵の一人がこの書状を例の幽霊船の主から預かっていましたから」

「ええ、拝見しましたよ。温情による生存者の返還、だが次はない。次にアークを捕らえに、或いは報復に来た場合は容赦なく撃沈する、ですか。全くふざけた話です。とても幽霊船が行う事とは思えない」

「ですが、事実船員達の間では、もうあの海域には足を踏み入れるべきではないと、そういった意見が大半を占めています」

「だから何なのです? 攻めて来ないから、こちらからも手出しはするべきではないと? それこそふざけた話だ」

「む、むう……」


 しばらくの沈黙の後、ジークはもう用は済んだとばかりに立ち上がる。


「バルト公、まず勘違いしないで頂きたいのですが、私は何も貴方を責めている訳ではないのです。私は戦艦の所在を確認しに来ただけ。そして、戦艦は無事に港にある。この事実があれば、あとはどうとでもできます。此度の戦いに赴いたのは奴隷商モルクの船団のみで、私達は何の関与もしていない。そのように話を通しておいてください。曲がりなりにも最新鋭艦が負けたともなれば、国際的な評判にもよろしくありません。幸い船は修繕が可能、乗組員への箝口令と共に手配を」

「しょ、承知致しました」

「よろしい。間もなくこの者達に手配書が出回る事になるでしょう。賞金稼ぎが捕らえる事になるか、それとも我々が先か…… フフッ、楽しみですね。静かなる漆黒の海に住まう幽霊船、差し詰め、黒静海の海賊といったところでしょうか? 或いは黒凪?」


 意味深な言葉を残して、ジークは屋敷を去って行った。白馬に跨り、騎士の者達に囲まれながら首都に帰還する彼の後ろ姿を見て、バルトは何とも言えない気持ちになる。


「……副団長のサズ殿については言及なし、か。心の読めぬお方だ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ジークは部下の騎士達と共にヴァンデルの街から出発し、軍馬にて王城がある首都へと向かっていた。道の途中、深い森に差し掛かると、道端の木陰からガサリという音が。彼の待ての合図により、騎士達が一斉に馬を止める。


「おっと、気付かれてしまいましたか!」


 そんな大声を発しながら現れたのは、一頭の馬を連れた筋肉質の大男。そして彼は紛れもなく、先の海戦でアークの鉄球に吹き飛ばされ、海へ突き落とされて行方不明となっていた騎士団副団長、サズだった。


「声が大きいよ、サズ。君をここに置いていったのは、どうやら正解だったみたいだ」

「ハッハッハ! いやはや、お恥ずかしい! それで、首尾はどんなもんで?」

「大方、君が話してくれた通りだった。バルト公も思いの外協力的でね、何とか彼を斬らないで済んだよ。まあ、ああいう性格だったから、モルクにいいように利用されていたんだろうね。バルト公にも、サズくらいの根性と根気があればねぇ…… ほら、君なんて海を泳いで帰って来てたじゃん?」

「これでも軍人ですからなぁ! 沈む前に鎧諸々を脱いだ甲斐があったってものです! ま、隙を見て退散させて頂いた身ですから、あまりくすぐったい事は言わないでください」

「そういう剛毅で謙虚なところ、私の好みだよ。あー、サズが女の子だったら良かったのになぁ」

「こんな筋肉質で大柄な女が良いんで? それこそ団長なら、女性は選り取り見取りでしょうに」

「何言ってるんだい。私の守備範囲なら、そんな女性もウェルカムさ!」

「ハッハッハ! ……勘弁してください」


 サズが真顔になった後、一同は王城に向けて再出発をする。


「それにしても、初戦はモルクが相手になると思ってサズを差し向けたっていうのに、まさかアークごと新参者にかっさらわれるとはね。こればっかりは予想していなかったよ」

「というと、やはりアークが身を寄せたあの船は、最後の参加者のものだと?」

「時期的にも、そうだと言わざるを得ないかな。いやー、参っちゃうねぇ。ちなみにさ、サズをぶっ飛ばしたアークって――― 私より強い?」

「さあ、どうでしょうな。何しろ、アークは枷が何重にもされている状態、更にはかなりムラのある強さだったといいますか…… ま、格下の某には見当もつきません!」

「そっか! それじゃあ、それなりに期待しておこうかな。強い女性ってさ、それだけでときめいちゃうよね」

「某はもっと儚い方が! 家庭的だと尚良しです!」

「何と言ったって、秘宝を争奪する神のゲームだもん。私みたいに、理から外れた力を持つ人だって、必ずいる筈さ。最後の参加者が召喚されて、いよいよ神に選ばれし者達は世界に集う。熾烈な戦争を始めさせない為にも、その前に秩序を司る私が悪の芽を潰さないと」

「某の嗜好発言は徹底的に無視ですなぁ。しかし、理の外にある力、ですか…… まあ団長のはその中でも、かなり難儀な力だと確信していますよ、某は!」

「さ、帰って準備をしようか。アークが噂通りの力だったとしても、必ず私がそれを捻じ伏せる。皆、私を信じて付いて来てくれよっ!」

「「「「「ハッ! 承知致しましたっ!」」」」」

「無視しないでくだされっ!」

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