第42話 牢屋へおいでませ
「クソッ! まさか自分が仕入れた特製の牢に入ることになってしまうとは、何という不運! 大金をつぎ込んだ昔のワシ、恨むぞぉ……!」
ウィルの船、その下甲板に設置された牢部屋にて、悲痛な叫びが木霊する。声の主は先の戦いでウィル達に捕らえられた神の駒の一人、モルク・トルンクであった。何度も逃走を試みようとするも、頭の中で行うシミュレーションは失敗するばかりだ。鋼鉄の牢はびくともせず、仮にどうにかして抜け出したとしても、その奥にはゴブリンの見張りがいる。幸運に幸運が重なって見張りの目を掻い潜ったとしても、ここは海のど真ん中。小さなボートで陸地にまで辿り着けるはずもなく、どう足掻いてもそこで詰んでいるのだ。奇跡的に陸地に辿り着き、モルクのホームに戻ったとしても、もう奴隷を操る力は自分にはない。もちろん、争奪戦に再度参加することもできないだろう。そう考えると、段々と逃げ出す手段を講じるのが馬鹿らしくなってしまった。
「おっと、ようやく諦めたんですかい? 旦那?」
「へへっ、結構頑張りやしたね」
ドスンと床に座るモルクの横では、この牢の先住民であるトンケとクラーサが食事を取っているところであった。モグモグと皿に盛られた魚料理を食し、美味い美味いと言い続けている。その料理はとても敵船に捕らえられた囚人が食べるものとは思えない出来で、これまで数多くの美食の限りを尽くしてきたモルクの目から見ても、十分に喉を鳴らすに足る代物だ。
「貴様ら、アークを乗せた輸送船の船員だな?」
「ぶふぉっ!? げほっ、げほっ…… は、はて、一体何のことなのか?」
「クラーサ、流石に動揺し過ぎだって。しっかし、それを抜きにしてもよく分かりやしたね。モルクの旦那?」
「ふん、それくらい誰にでも分かるわ。アークがこの船にいる時点でな。本来であれば厳罰ものだが、もはやワシには地位も力も残されていない。ワシも地に落ちたものよ……」
「あー、やっぱ旦那も負けたんか。ま、外のドンパチを聞いて、何となく察してたけどよ。俺としては、お咎めがなくなってラッキーだぜ! これでモルクの旦那に殺されるこたぁねぇ!」
「その代わりに、今もとっ捕まっているけどな」
「モルクの旦那の情報を色々喋ってから飯がすげぇ美味いし、俺はこの待遇でも文句はないぜ?」
どうやらクラーサは、飯を口に運ぶのに夢中のようだ。彼が考えなしに本当のことを話しているのを聞いて、トンケは持っていた皿を置き避難を開始する。
「……おい、待て。貴様、ワシの情報をあの魔王に話したのか?」
「え? ああ、それはもう綺麗さっぱり。相手は魔王だし、ぶっちゃけこえーし。それに、へへっ。あんな綺麗な嬢ちゃんの手料理が食えるってんなら、男として―――」
「―――モルクパァーンチィ!」
「さあっぷぁい!?」
モルクよりクラーサの顔面に放たれる、勢いの乗った強烈な拳。クラーサは牢の端にまで吹き飛ばされ、ガシンと鉄格子に当たることでようやく停止した。ちなみにクラーサの飯は、寸前でトンケがキャッチしており無事である。
「な、何しやがるって、あれ? 全然痛くない……?」
「ふん、当然だ。モルクパンチはワシがスッキリする為の拳、害をなす野蛮なものではないのだ。一時の感情で貴重な人材を失っては、割に合わんからな」
「いやいや、今まで結構な数の部下、見せしめに殺ってませんでしたっけ?」
トンケの言葉が聞こえなかったのか、それとも聞こえぬフリをしているのか、モルクはその疑問に答えない。その代わりに口にしたのは、モルクが敗北した魔王についてのことだった。
「……自らの城と領土を創り出す魔王の存在は、これまでにも幾度となく確認されている。その多くは各国の冒険者や騎士団によって駆除される、言わばモンスターの親玉程度のものだ。が、極稀にではあるが、国を壊滅させかねない強さ、軍力を保有する魔王もいる。仮にそれらを討伐できれば、勇者だの英雄だのと称えられ、歴史に名を残すことができるほどだ。しかし、しかしだ。どんなに世界を揺るがした魔王でも、それらは陸の上でしか発見されてこなかった! 自らの領土を海とした者などいない! 海の上には城なんて造れんからな! だが、奴の城はこの船だと!? 領土は海だと!? そんなもん聞いたこともないわ、あの馬鹿者がっ! 奴を駒とした神も、相当気が触れておるっ! ありえん、ありえーん!」
その場で地団駄を踏むモルクに、トンケはやや引き気味だ。
「うわ、また興奮してきちゃってるぞ、モルクの旦那。よく分かんねぇけど、神とか言ってるよ……」
「それよりもトンケ、俺の飯を返してくれ。腹減ってんだ」
「お、おう。この状況でよく食欲を優先できるな、お前……」
モルクが冷静さを取り戻すまでは、もう少し時間を要するようだ。
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