第31話 アーク捕獲艦隊

 奴隷商モルクが率いる艦隊は、十三の巨大ガレオン船から組織される。その何れの船もが両側に最新鋭の大砲を備えてあり、勇ましく何十門と並ぶ様は圧巻の光景だ。船は巨大なだけでなく速度も凄まじいもので、風を操る魔法使いと水夫達の連携により、通常の航海を大幅に短縮して行う事も可能としている。全ての性能が高水準を誇る船、そして長年の人生を海に費やした男達が集えば、海上での戦いはまさに無敵。乗組員達は心の底からそのように信じ、また誇りに思っていた。


 船陣の中央、そこには一際大きなガレオン船が白波をけたてていた。この船こそがモルクが乗船する旗艦にして、サウスゼス王国最新鋭の戦艦である。大砲の数は他船の倍にも及び、海の上に建つ城を思わせるその姿は、歯向かう敵を恐怖させるに相応しい風貌だった。


「ハッハッハ! ハァーハッハ! いつ見ても壮観ですなぁ! 黄金色の光を浴びる、精鋭たる無敵の艦隊! 強き事、大きい事、雄大な事は素晴らしき事です! 某、不躾ながら興奮して参りました! モルク殿もそう思いませぬか!?」


 そんな力強く他を圧倒する旗艦の甲板にて、一人の大男が巨船に負けないくらいの大声で叫んでいた。何も地平線の彼方に思いの丈を発している訳ではなく、彼としては普通に喋っているつもりなのだが、その声量は非常に大きく、そして煩い。彼の隣に座るよく肥え太った中年男、モルクは彼の声が耐えられないといった様子だ。この航海が始まってからというもの、耳栓をつけるのが習慣となってしまうほどだった。


「サ、サズ殿、気持ちは分かりますが、少々落ち着かれては如何かな? 反応から察するに、もうアークが潜むであろう海域には足を踏み入れているのだ。アークの五感は野生の獣より利く。そのような大声を出しては奴にバレてしまいますし、何よりも貴殿が疲れてしまいますぞ? 戦いの前に消耗してしまう、なんて事にはならないでほしいものですな」


 モルクは忌々しいという感情を極力抑え、表情に出ないよう努めながらそう助言する。この反応を見るに、サズという大男の乗船を歓迎していないのは明白だった。


「おっと、これは痛いところ突かれましたなぁ! ですが、ご心配には及びません! このサズ、日常的にこの状態を維持しておりますので、肝心な時に力が出せないなんて事にはなりませんので! どうか! どうかお気になさらず、爽やかなこの航海を楽しんで頂きたい! それはそうと、いつ見ても壮観ですなぁ! この艦隊はぁ!」


 しかしながら、サズはそんな事情を知ってか知らずか、あっけらかんと笑い飛ばしている。というか、話が巻き戻っていた。


(なぁんでまたその話をするのぉ!? ぐぅぬぬぬ! よもや、王国が騎士団の副団長を差し向けてくるとはっ! はた迷惑、はた迷惑過ぎるっ! アークの件といい、このやかましい馬鹿者といい、最近は良からぬ事ばかり起こるのはなぜだ!? ぬぬぬ……! っと、まあ待て。こんな時こそ冷静になるのだ、ワシ! 領主がワシを害するとは考え辛い。となれば、騎士団の手の者がワシの動きを読んでおったのか? アークの捕縛を手伝うという名目のようだが、実際のところはワシの動向を窺うのが目的なんだろう)


 サウスゼス王国において、モルクの影響力は確かに絶大なものだ。表向きはルールに準ずる真っ当な奴隷商で、裏の顔を明かす事がないよう細心の注意を払っている。が、組織が肥大化すれば、自ずとモルクの目が届かぬところも出てくるもの。些細な事から物事は発展し、思わぬ不幸を呼んでしまう。もちろん、モルクはそういった不都合が大嫌いな口である。


(どちらにせよ、多少なりとも戦力の足しにせん事には、ワシの気が収まらん! アークが此奴を討って、尚且つ疲弊してくれれば最上なんだが……)


 パタパタと扇子で扇ぎながら、モルクは思案を続ける。隣では相変わらず大音量の叫びが上がっていて、耳栓越しでもやはりうるさかった。


 そんなやり取りからしばらくして、モルクの顔に分かりやすい青筋が立った頃。二人の下に伝令役の船員がやって来た。


「報告します!」

「何だぁ! 遂に発見したか!?」

「そいつぁお手柄だ! でかしたぁ!」

「え? あ、いや…… アークが乗っていると思わしき船は、まだ発見していないのですが……」

「なぁにをやっとるんだぁ! ばっかもぉーん!」

「そうかぁ! ドンマイだぁ!」

「も、申し訳ありません……?」


 イライラが募るモルクから罵倒され、やけにテンションの高いサズからは励まされ、伝令役の船員は酷く困惑してしまう。当たり前であるが、彼に落ち度は全くない。


「ふん、まあいい。で、報告とは何だ?」

「ハ、ハッ! 船の進路方向にある海が、黒く染まっています!」

「……ああ?」


 伝令から連絡を聞いても、モルクはいまいちその意味を理解する事ができなかった。海が黒い? 土砂塗れで汚いという意味か? などと頭を一応回してみるも、やはり真相には至らない。


「それは一体どういう意味だ?」

「そのままの意味です。実際にご覧になった方が早いかと。こちらを……」


 船員より単眼鏡を受け取り、半信半疑な様子でその黒い海とやらを覗くモルクとサズ。


「……おい、何だあれは? 海が黒い、真っ黒だぞ……!?」

「おお、これは奇怪ですなぁ!」


 二人の調子は対称的であったが、視認した光景は一致していた。アークが潜んでいると思われる海域が、黒く、漆黒に染められていたのだ。その範囲はかなり広大なようで、目で確認した限りではどれほどの領域がそうなっているのか、測定する事が適わないほどだ。


「何と不気味な…… イカ墨でも大量に撒いたとでもいうのかっ!」

「ほう、イカ墨ですか。知っていますか、モルク殿?」

「な、何ですかな? もしや、サズ殿はあの黒い海をご存知で?」

「いえ、そうではなく。イカ墨パスタというとても美味な料理が、ここのところ巷で噂になっておりましてなぁ。小腹が空いたなぁと!」

「何であんな海見て食欲湧いてるんだ、アンタ!?」


 モルクは堪らず、力の限りツッコんでしまった。それはもう、力の限りだ。


「フハハ、冗談ですよ! お元気そうで何よりです!」

「サズ殿、こんな時にふざけないで頂きたい!」

「まあまあ。しかし、この海域には少し変わった噂があるのも、確かな話ですぞ?」

「……今度はどんなグルメな話ですか?」

「何、どこにでもある話です。 ……この辺りの海に幽霊船が出るとか、ね」


 今までのハイテンションな口調から一変して、サズはとても静かに、だが確かな口調でそう言った。そんな彼の言葉がどこか真相に迫っているようで、普段であれば戯れ言を! などと断じて一切信じようとしないモルクも、少し不気味な感情を抱いてしまう。


「……たとえ海が黒かろうと、たとえ幽霊船が出ようとも、アークを相手するよりはマシな部類ですぞ。おい、予定は変わらぬ。このままあの海を渡るぞ。ただし、警戒を厳にして進めよ」

「ハッ!」


 モルクの指示を受けて、船員は駆け出して行った。


「まったく、どれだけ厄日が続くのやら……天気まで悪くなってきたわい」


 黒い海に共鳴したのか、その領域を境に快晴だった空が曇り出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る