第30話 迎撃準備

 このニューダンジョンに乗船してから何日が経過しただろうか。二週間くらい? イカダから小船にランクアップした生活にも徐々に慣れ、各々の役割が明確に決まってきた今日この頃。俺達は対モルク戦に備えて迎撃準備を進め、また同時に海の上での生活を謳歌していた。ほら、いつも張り詰めた空気じゃ気持ちが持たないし、気分転換は必要だし。ともかく、俺達は元気です。


「船長さーん! 植えた種から芽が出ましたよー!」

「やったぜ! キャプテン、リンはやり遂げたんだ!」


 トマとリンはすっかり俺と打ち解けて、今では向こうから気さくに話し掛けてくれるようになった。船長やキャプテンという呼び名には未だに慣れないが、まあ今更変えてもらうのも違うよな。俺がその呼び名に相応しいダンジョンマスターになれるよう、日々精進である。


「おいおい、やり遂げるのはこれからだろ? けど、これは確かに大きな進歩だ。まさか、船の中でも畑が作れるなんてな」


 で、さっきから何の話をしているのかというと、下甲板の余っていたスペースを使ったある検証について、二人と会話していたところだ。俺達の主な収入源兼食料は魚、魚、魚である。これに嘘偽りはなく、むしろ漁業を嗜む者として誇りに思うほどだ。しかし漁師がいつも魚ばっかり食ってるかと問われれば、答えは否。海の住民達だって、食事はバランスよく食べたいものなのだ。


 現在はDPを支払って高い野菜をショップから仕入れているのだが、長い目で見ればこれは懐的によろしくない事だ。できれば自給自足をしたい。しかし、ここは海の真っただ中。どうすれば!? という悩みの中で思い付いたのが、船内での家庭菜園である。


 太陽の光も届かない船内で野菜を育てるなんて、普通であれば不可能な事だ。が、この船は俺のダンジョンであり、条件さえ整えてしまえば多少の無理は利く。お馴染みのダンジョン装備、『晴天の空』をこのフロアに設定してやれば、あら不思議。船の中なのに天井に青空が広がり出すのだ。一見外のようだが、ちゃんと壁や天井は存在するので、ぶつからないようにちょっと注意は必要かな。超リアルな映像が壁や天井に映し出されて、実際に太陽光などの外的要因は届くもんだと思えば良い。


 ただ下甲板にはトンケとクラーサを捕らえている牢もある為、ちょうど船の真ん中から区切るようにして、更に二つのフロアに分ける対策を講じた。下甲板前方が菜園フロア、下甲板後方が独房といった感じだ。心配せずとも、独房はちゃんと暗い。


「しっかし、リンにこの畑を任せたのは正解だったな。力仕事はゴブリン達も手伝ったとはいえ、独学でよくここまで作り上げてくれたもんだよ」


 俺がこの家庭菜園の話をした時、真っ先に手を挙げて、やりたいという意志を示したのはリンだった。クリスの家事全般を率先して手伝い、魔法の勉強も行っている彼女にこれを任せるのは、最初のうちは無理だとばかり思っていた。だがリンはとても要領が良く、本から知識をどんどん吸収して、短期間で畑の下地を作ってしまったのだ。いくら俺がショップで家庭菜園の本を買い与えたからといって、ゼロからのスタートでこれを成し遂げてしまうのは、なかなかできる事ではない。見た目はもう、完璧な菜園の原型だ。


「船長さんが必要なものを準備してくれたお蔭です。土や肥料、種だって船長さんが用意してくれたものですし……」

「俺はリンに言われるがままに買っただけだよ。リンは凄いぞ!」

「え、えへへ」


 いや、これはマジでな。ステータス上の知力は俺の方が上のはずなんだが、とてもリンに勝てる気がしない。俺がAでリンはCなんだけどなぁ、おかしいなぁ。


「キャプテン、俺だって毎日頑張ってるよ!」

「分かってるって。トマの狙撃の腕、もう完全に信頼してるからな」

「うんっ! 俺もキャプテンの信頼に応える!」


 リンにはかなり驚かされたが、一方でモルクとの戦いの際に密かに期待しているのが、実はこのトマである。スキルを活かした狙撃手としてその役目を与えたんだけど、その上達っぷりが凄まじいんだ。トマの直属の部下として新たに増員したゴブリンクルー二体、そして実験的に投入した新モンスターとの親和性も良く、ここに船の武装が加わると――― アークの性癖が移った訳じゃないと思うが、ちょっとだけ実戦が待ち遠しい。


 トマはその他にも、時間を見つけてはこの菜園を手伝ったり、アークから稽古をつけてもらったりしている。意外にもアークの指導はトマに絶賛され、あいつ自らゴブリンクルーにまで指導を行うなど、活動は精力的に行われている。通常モンスターは成長しないらしいが、何が進化のトリガーになるのか分からない現状、色々やらせてみるのは悪い事ではないだろう。俺自身もアークに剣術を教わったら、理論立てて説明してくれた。戦闘指南の役割をお願いした俺から言うのも何だが、感覚と勘で動くタイプで指導には向かないかも…… と、少しばかり、正直に言えばかなりそうなんじゃないかと疑っていた。ほら、何かクルー達と一緒になって釣りしてたし。先入観に溺れていた自分に反省である。


「クリスさんの料理は美味しいし、毎日やる事がいっぱいあるし――― 生きるって、こんなに楽しい事だったんだな、リン!」

「そうだね、お兄ちゃん」


 二人はこうやって、たまに俺を泣かしにかかる。涙腺が、涙腺が……!


 俺がそんな馬鹿をやっていると、メニュー画面が不意に開かれてとある知らせを教えてくれた。クリスからのメールのようだ。これは以前にクリスが開いたメモ帳の応用編となる、文章の送受信! まあ、つまりメニューを介して行うメールだ。まんまだな。この機能はダンジョンに登録したアークらにも使用権限がある。


「っと、クリスからの知らせだ」

「この機能、とっても便利ですよね。どこにいても、ダンジョンの中なら文章でやり取りできますし」

「むー、俺は簡単な文字なら読む事はできるけど、まだまだ勉強中だからなぁ。早くリンみたいに読み書きをマスターしたいよ!」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私でも覚えられたんだから、お兄ちゃんだってすぐにできるようになるよ」

「そうか~?」


 リンの飲み込みの早さは尋常じゃないからな。勉強を始めてから一週間やそこらで、もう簡単な文章であれば読み書き可能、更には本を何冊も読破するまでになってしまったのだ。そんな彼女と比較されるトマが少し不憫かと。


「それでキャプテン、クリスさんは何て? もうお昼の準備ができたとか?」

「まあ待て、今メールを開くから―――」


 俺、クリスからの文章を凝視。あー、遂に来たか。


「二人とも、どうやら奴さんが御出でになったみたいだ。配置についてくれ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 俺とトマが上甲板に出ると、日傘を差したクリスと軽鎧を纏ったアーク、そして武装を整えたゴブリンクルー達が出迎えてくれた。準備は疾うに終えているらしい。


「それで、状況は?」

「見張り台のゴブリンクルーが、随時単眼鏡で監視しています。まだあちら側には知られていません」

「お、そいつはナイスだ。高い買い物をしただけあったな」


 警戒を厳になせ、という事で購入した『魔法の単眼鏡』。締めて3000DPなり。


「今のところ確認してる船だけでも、十隻はくだらないわね。どれもカノン砲を搭載していて、大きさに関してはうちの何倍もありそうな戦船よ。特に旗艦っぽい船は一際巨大で、ちょっと笑っちゃった。あはっ、うける」

「腹抱えて笑ってるとこ悪いけどさ、それ全部、お前を捕まえる為に派遣された船だからね?」


 こいつの場合、敵が増えて入れ食いだ! くらいにしか考えてなさそうで、俺の胃が痛くなってくる。まあ、この日の為に準備を進めてきたんだ。今更弱気になる訳にもいかない。


「クリスはトマと一緒に砲列甲板へ、アークは―――」

「勝手にやるわ!」

「ああ、そう…… 一応、武装したゴブリン達もお前に預けるんだから、あまり無理はしないでくれよ?」

「当然! でもゴブリンが危険に晒される前に、私が敵を排除するから問題ないわ!」


 その発言からは不安しか募らないが、今のところアークは良い意味で俺の予想を裏切ってくれている。今回の戦いでその辺も見極めさせてもらおう。


「じゃ、俺もダンジョンマスター兼船長として、働くとしようか! 敵さんに、海のダンジョンマスターの戦いを見せてやるとしよう」


 それと俺の仲間達を脅かしたら、絶対に容赦しないって事も教えてやらないとな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る