第29話 船での生活

「うおー! かっけー!」


 上層の格納庫内にて、トマが歓声を上げる。俺達の眼前にある黒光りした大筒、詰まるところショップで購入した大砲(2000DP)が主な原因だ。トマの役割が狙撃手に決まったとなれば、次なる海戦に備えて大砲を揃えるのは至極自然な事。奴隷船に大砲があれば良かったんだが、残念な事にあの船にそれらしき武装はなかった。となれば、我がショップ機能から購入するしか方法はない。しかしながら、今現在の俺の懐はそこまで豊かではないのだ。むしろカツカツと言いますか、ダンジョンを小型帆船に改装した事でDPが底を尽き、本日漁業で得た収入(5000DP少々)の一部を足して、ようやく一門だけ買えたところである。貧乏怖い。


「本当なら連続で発射できるような、もっと高価な大砲を並べたいところなんだけど…… トマ、すまないが今はこれ一門で我慢してくれ」

「何言ってんだい、キャプテン! こんなにゴツゴツして格好良いのを、わざわざ俺なんかの為に用意してくれたんだろ!? 何度お礼したって足りないくらいだよ! めっちゃ嬉しい!」


 トマは無邪気に喜んでくれている。こうも素直な反応をされてしまうと、自然と俺も笑顔になってしまうというもの。うんうん、大砲ってのはある種、男の子の浪漫みたいなもんだしな。個人的にはドリルと並ぶくらいだと思う。共感できるぞ、その気持ち!


「ところでキャプテン、これって何に使うんだい?」


 俺はギャグマンガの如くすっ転んでしまった。いや、よくよく考えてみればそうだよな。今までトマとリンは、閉鎖的な場所にいたんだ。大砲を見る機会なんて、そうそうあるはずがないだろう。どれ、俺が説明してやらねば。


「ええっとだな、これは遠くにいる敵目掛けて攻撃する事ができる、強力な武器なんだ。当たれば弓矢より強い!」

「へーっ! へーっ!」

「当たり所によっては、敵船も木っ端微塵!」

「すげー!」

「フフッ、そうだろうそうだろう!」


 トマの反応が良いから、ついつい俺も調子に乗って説明してしまう。


「それで、これってどうやって使うんだい!?」

「あー、えーっと……」


 あれ? そういや大砲って、一体どうやって使うんだ? 大筒に大砲の弾を入れて、こう、火を付けて――― いかん、俺も詳しくは知らんぞ。


「……説明するより、実際に見た方が早い。こちらのゴブリンクルーさんが、既に大砲の弾を装備しておられる。さ、先生。景気良く一発ぶっ放してください!」

「ゴブ!」


 こんな事もあろうかと、ゴブリンクルーに待機してもらっていたのだ。『器用』のスキルを持つ先生ならば、大砲の使い方だってお手の物! 実際に命中するかどうかは別にして、やり方は見て学ぶ事ができるという訳だ!


「ゴブー」

「ふんふん」

「へ~」


 トマの隣に並んで、ゴブリンクルーの手際を見学。とても勉強になりました。


 ―――ダァーン!


「「おおー!」」


 間近で大砲を撃つ瞬間を見ると、また違った感動が押し寄せる。この轟音が心地良い。


「まずはこの大砲で練習あるのみ、だな。折角だから、それっぽい的も用意しておいた。ほら、あそこ」

「あれって……ボート?」

「そ、奴隷船から鹵獲したもんの一つだ。的としてはちょっとばかし小さいが、戦闘スキル持ちのトマにはちょうど良いと思ってさ。まあ、最初は上手くいかないかもだが、気負わずに研鑽を重ねてくれ」

「うん、俺頑張るよ!」


 よし、トマに関してはこんなところだろう。DPが増えたら更に大砲を増やすとして、いずれは手足の如く操作できるような、そんな腕前になってもらいたい。ええと、次はリンのところに顔を出してみるか。


 ―――ドォーン!


「よっし、命中したぜ!」

「ゴッブゴブ!」

「……マジで?」


 初っ端から精度が良過ぎた為、的はボートから木片に変更された。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「この時間だと、リンはクリスの手伝いをしてる頃かな? 調理場に行ってみるか」


 クリスの下で魔法を学ぶリンであるが、それと同時にメイド見習いとしても働いているのだ。本当に頑張り屋さんで、俺も陰ながら応援したくなってしまう。って事で、様子を見に行こうじゃないか。格納庫を出て、同じ上甲板にあるクリスの城、調理場へと歩みを進める。


「………」

「おう、ご苦労さん」


 途中、召喚したばかりのスケルトンとすれ違った。DPに余裕が出てきたこともあって、試運転がてらに一体だけ召喚してみたのだ。まだどういった仕事が合っているのか適性を見極めている段階だが、ゴブリンと違って喋ることはできないので、正直何を考えているのかはよく分からない。いや、ゴブリン達と同じで感情はないんだろうけど、表情の変化が皆無で無言ってのは、なかなか寂しいもんなのだ。まあ、骨だから仕方ないのだけれども。


「来ーい!」


 ふと、アークの声が聞こえた。そういや、さっきチラッとアークの姿を見たっけな。クルー達と一緒だったし、剣の指導でもしているのかな? っと。言ってる傍からアークを発見。何やらクルーと共に船の側面に並んで、海と向かい合っている。


「ゴブー!」

「よし、来たわね! フィーッシュ!」

「………」


 ゴブリンクルーが竿で海面まで釣り上げた大物を、アークが腕に取り付けらえた鉄球の鎖を投げつける事で捕縛。グルグル巻きにされてしまった大物は、そのままアークの怪力によって引き上げられてしまった。何それ、一本釣り? アークの『全武器適正』って、鉄球の鎖を伸ばしたりもできるのか。邪詛ってるのに……


「ま、まあ、あれがアーク流の交流方法なのかもしれん……」


 俺はこの場で見た光景を深く考えず、そそくさと調理場へと向かう事に。格納庫から目と鼻の先という事で、少し早足で進めばすぐに到着だ。


「よっ。精が出るな、クリスにリン」

「あ、船長さん! お疲れ様です」

「マスター、ご足労頂きありがとうございます」

「ここは屈指の癒し空間だからな、いくらでも来ちゃうぞ」


 常時料理の香りで至福を味わえるし、二人の働く姿を見ているだけでも、かなりの癒し効果が発揮される。邪魔をしては悪いので、あまり長居できないのが難点だが、ここは素晴らしい場所なのだ。


「で、リンの仕事ぶりはどんなもんだ?」

「順調ですよ。覚えが良く気も利きますので、私自身とても助かっています。それに魔法の鍛錬も、この一日ですっかり基礎はできあがった感じですね。リンちゃん、頑張ったもんね?」

「えへへ。クリスさんの教え方がとても親切で分かりやすくて、それで仕事も楽しくって…… で、でもまだまだ半人前以下なので、もっと頑張ります!」


 むんっとその小さな手で握り拳を作り、可愛らしく気合いを入れるリン。俺とクリスは、そんな彼女の姿を微笑ましく見守るのであった。船での生活は至極順調、されど油断せず、来たる日に備えて準備を整えなければ。


「クリスさん、もっと色々な事を教えてくださいね」

「おっと、早速だな。クリス、メイドの矜持について、一つ教えてやってくれよ」

「そうですね…… それではリンちゃん、メイドとして最も大切な事は、仕える主に不自由をさせない事。つまり、時には安眠の為に抱き枕となるのも厭わず、むしろ進んで御身を温めて差し上げる精神が大切なんですよ」

「へえ、初めて知りました! 忘れないよう、しっかり覚えておきます!」

「待て待て待てぇ!」


 クリスの指導はほとんど非の打ち所がない。しかしながら時に忠誠心が暴走して、不適切な事まで教えてしまうのが難点だった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「ウィールー! ちょっと見てみなさいよ。大漁よ、大漁!」


 俺が調理場から出ると、先ほどまでクルーらと漁をしていたアークがニッコニコ顔で話し掛けて来た。その手には大きな魚が乗っており、アークはこれを自分が釣ったのだと自慢げに語っている。船の生活が始まってからまだ間もないが、一つ分かったことがある。やべぇレベルの戦闘狂だと思っていたこいつも、日常では豊かな感情を見せてくれるってことだ。ついでにそれは表情にも出やすいので、とても心情が分かりやすい。自分を偽ったり、嘘をつけないとも言えるのかな?


「おー、素直に凄いな。戦闘だけじゃなく、漁の才能もあるんじゃないか?」

「当然! 闘技場で活躍するまでは、基本一人旅だったんだもの。これくらいは朝飯前よ! ところでご飯まだ!?」


 ……うん、嘘をつけないのは本当だと思う。普通、女性はこんなに堂々と飯を要求しないはずだもの。


「アーク、お前ってば呆れるほど素直だよな?」

「そりゃーねー。考えるよりも体が先に動く性質だし、そっちの方が楽しく生きられるし。で、ウィル? さっき失礼なこと考えたでしょ? 考えたわよね?」

「いやいや、ちょっと食への探求心に関心していただけであだががががががっ!?」

「駄ー目ーでーしょー? そんなことを考えちゃー」


 目にも止まらぬ速度でチョークスリーパーをかけられ、唐突な苦しみが俺を襲う。すかさずギブアップとばかりに腕を叩くが、アークは実に楽しそうに行為を続けやがる。甲板の床にはピッチピチと新鮮な魚が飛び跳ね、ああいや、大事なのはそこじゃない。馬鹿止めろ、その豊満な胸が当たって感触がダイレクトになどと、色々と注意したいのは山々なんだが、こんな状況なので声も出せない。苦しいのと気持ち良いのが同時に反映され、俺は混乱状態の極みに突入。


 ああ、アークについてもう一つ分かったことがある。こいつの眼前ではジョークも命懸け、だ……

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