第24話 モルク・トルンク
大陸沿岸に位置する街、ヴァンデル。この街は貿易が盛んで規模も年々拡大傾向にあり、この土地を領土とする国からも新鋭の都市として注目される場所である。ヴァンデルをここまで繁栄させた功労者は、無名ながらもその手腕を十全に発揮させた敏腕領主となっている。が、それはあくまでも表向きの話だ。ヴァンデルの繁栄、その真の立役者はここ数年で奴隷商として台頭した男、名をモルク・トルンクという。彼の力添えがあってこそ、領主は潤沢な資金を基に大胆な政策を打ち出し、優秀な人材を多く抱える事ができたのだ。
彼はとある事情から、かなり異質な力を会得している。だからこそモルクは表に出る事を好まず、その力が表沙汰になる事を一番に恐れていた。この世界にはステータスやスキルがあって、能力を具体的に目で見る事ができる。優秀な力を持つ者ほど称えられ、出世していくのは世の常。他人のステータスなんてものは、普通は拝む機会がないものなのだが、国に仕えるなどする為には、自分の手の内を明かさなければならない場合も多い。
モルクはこう考える。称えられるのは気分の良いものだ。出世街道を歩むのも、さぞ誇らしい事だろう。だが、注目を浴びるという事はつまり、自らの命が狙われる確率が高まる事に通ずる。自らの能力を明かして国に仕える? 馬鹿か、国なんてものはどこも一枚岩ではないのだ。自分の力を怖れ、妬む輩は必ず存在するもの。何も敵は他国だけではなく、むしろ味方のフリをして刃を研ぐ者ほど恐ろしい。
「だからこそ、ワシは力を蓄えなければならないのだ。だというのに…… ええい! 運び屋の馬鹿共は何をしているっ!? 約束の日は疾うに過ぎておるぞ!?」
大きな腹の、脂を蓄えに蓄えた中年男、モルクが部下の報告を受けて怒鳴り散らす。モルクは予定外という言葉を最も嫌っているのだが、彼の部下が報告した内容はまさにそれに類する事柄だったのだ。
「ひぃっ! で、ですが、何度港を確認しても、船は見つからず―――」
「―――では何か!? 何もできないはずの積み荷がどういう訳か暴れて、屈強な海の男達を皆殺しにし、奪った船でとんずらしたとでも言うつもりかっ!?」
「い、いえっ! 私はただ、航海が予定よりも遅れているのかと…… も、もう少し待ってみませんか?」
「貴様はどこまで低能なのだっ!」
ダァン! と、置かれた豪華な食事ごと、テーブルに拳を叩きつけるモルク。部下は小刻みに震える事しかできず、ただただモルクの怒りが収まるのを待った。
「ワシの立てた計画は、緻密な計算の上に成り立っておる! 運び屋共にはルールを厳しく覚えさせ、ただの一つの例外も許さない事を徹底させてきた! 奴らならばワシを恐れ、予定よりも随分と早くに出発しただろうさ! クソ、よりにもよってアーク・クロルの時にか……!」
モルクが煌びやかな椅子から立ち上がり、部屋の中を右に左に、酷く落ち着かない様子で忙しなく歩き回る。
「クソ、クソッ! 何というタイミングの悪さかっ! つい先日、ようやく最後の一人が到着したと、お告げがあったばかりなのに…… 数年間積み重ねてきた準備に、最後の最後でケチを付けられた思いだ……!」
「な、何のお話です?」
「貴様には関係のない事だっ!」
「ひぃ!」
再びモルクの拳がテーブルに叩き付けられ、飛び跳ねる部下。とんだ災難である。
「そこに突っ立っている暇があるのなら、船を見つけ出す方法でも考えてみせろ! まったく、本当に困ったものだ!」
「あ、あのっ……」
「今度は何だっ!?」
ああ、また余計な事を言ってしまうかも。部下はそう思いつつも、なけなしの勇気を振り絞って資料に目を通し始めた。
「い、今思い出したのですが、あの商品の手足には特殊な鉄球を装着させていたはずです」
「鉄球だぁ? そりゃ逃走防止用に、それくらい付けはするだろう。何も不思議な事じゃない。相手はあのアーク・クロルだぞ? 鉄球の一つや二つ、いや、三つや四つだろうと、付けたまま元気に地を駆け巡るだろうよ!」
「そ、その可能性も否めませんが…… 先ほども申した通りアークの鉄球は特別製でして、先方の闘技場が大金をはたいて作ったものらしいのです」
「……むむっ? おい、それは具体的には、普通のものとどう違うのだ?」
「はい。強度や重量がアークの能力に合わせて設計されているのは勿論の事、万が一に逃走した際に、その位置を特定する特殊な魔力を放っているのです。この魔力をキャッチすれば、アーク探索の助けになるかと。海の上、或いはその中だろうと、この機能は問題なく働きます」
「………」
説明を言い終えると、部下は恐る恐る資料から視線を上げ、モルクへと向けた。すると、どうだろうか? それまで騒ぎ立てていたモルクが、一転して静かになっていたのだ。
(おっと、これは……?)
適切な話を振る事ができたのではと、部下は少しばかり評価アップを期待する。
「……おい」
「はいっ!」
「なぜそれを今までワシに言わなかったのだぁ!? この馬っ鹿もんがぁー!」
「ふぇぶっ!」
叩かれたのはテーブルではなく、今度は部下の方であった。吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がり壁にぶつかる事で停止する部下。ただ、ダメージはそれほどなかったのか、すぐにその場で立ち上がった。
「だが、仮にそれが本当であれば話は別だ! 至急捜索隊の…… いや、相手はあのアークだ。並大抵の戦力では捕まらんし、倒す事もできんだろう。海賊を殲滅するが如く、最高の戦力を整えて船を用意せぇい! 今回はワシと、ワシのコレクションも船に乗る!」
「え、ええっ! モルク様も向かわれるのですかっ!? き、危険では……?」
部下は殴られた時以上に、モルクのその言葉に驚愕した。モルクはこれまで、何をするにしても裏方で身を潜め、陰から盤上を操る事が多かったからだ。そんな彼が自ら船に乗り、ましてやアークがいると思われる場所へと向かう。これまでの行動を鑑みて、それはとても信じられないものだった。
「今回ばかりは背に腹は代えられぬ。アークはワシにとって、それほどまでに絶対不可欠な駒なのだ……! お前、アーク以上に戦闘力に優れた奴隷を、一人でも名前を挙げる事ができるか?」
「ア、アークは歴代剣闘士の中でも最強と謳われ、彼女一人いるだけで戦況を一変させる力を持つとされています。確かに、アーク以上に戦闘に優れた奴隷はいないでしょうが……」
アークの強さには納得するも、部下はそれほどまでにモルクが固執する理由が分からなかった。単にコレクションへ加えたいだとか、そんな道楽的な意味でやっているとは思えなかったのだ。鬼気迫るモルクの表情からは、もっと必死な感情が窺えた。
「ああ、そうだ。確か最近、領主が最新型の戦艦を購入していたな…… 領主に伝えよ! その船、暫しワシが借りるとなっ!」
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