第23話 加入
結論から話そう。三人は俺のダンジョンで働く事となった。別に俺から誘った訳じゃない。いや、誘おうとは思っていたんだが、先にそれを言われてしまったんだ。しかし、いきなりこんな結果だけを言っても混乱するだけか。順番に説明していこう。
まず、俺がメニューのショップから購入した三本の鍵について。一覧によれば、あれは『解呪の鍵(銅)』という商品名で、所謂呪われた装備から対象を解放するアイテムだ。一本1000DPと結構高値で、三本で3000DPもしてしまった。まあこれで三人の信頼が勝ち取れれば安いもんだと、俺は果敢に購入画面を押していた訳だ。ちなみに解呪の鍵は『ユニーク指定アイテム』という分類に属するらしく、ゴブリンに装備させて増やすような事はできなかった。クリスは装備できたので、恐らく通常モンスター枠の者は装備できないシステムなんだと思う。俺、ちょっとがっかり……
ここまで説明すればもう分かったと思うが、俺はアーク、トマ、リンの奴隷の証である首輪を外す為にこの鍵を購入したのだ。宝箱に入れたアイテムの詳細説明とは便利なもので、奴隷契約書を参照するとその解約方法まで記されていた。曰く、契約書を本人が持った状態でこの鍵を首輪に差し込めば、その者は奴隷の身から解放されるであろう、と! あの首輪は呪いの一種で、奴隷とはその性質を利用した階級制度って事なんだろう。まったく、怖い世界である。
で、三人が呆けているうちに全工程を終わらせ、首輪を解除したんだが…… そこからまた一悶着があった。トマとリンの獣人兄妹が唐突に泣き出し、それとは逆に今度はアークが大笑いし始めたのだ。えっ、何かやらかしてしまった!? みたいな子供達を泣かせた焦りと、私を解放するとは馬鹿な奴め! なんてアークが言い出さないかという恐怖が一気にやってきたよ。この世界に来てから、一番ハラハラした瞬間だったかもしれない。
「ヒック…… ありがと、ございま……!」
「うわぁーん!」
「あはははははっ! わあ、そうくるかー! そっかー、ふふっ!」
泣かれ、笑われ、ドギマギしながらオロオロする事数分。三人はようやく落ち着きを取り戻して、こう言った。
「キャプテン! 俺をここで働かせてくださいっ!」
「わ、私もっ! お願いします、船長さん……!」
「え、ちょ……」
キャプテンに船長である。おいおい、二人とも。この立派なイカダが目に入らないのかい? いくら立派だからって、その呼び方はないだろ~。と、そんなツッコミを入れる程度に俺もそこそこ混乱していた。
二人から事のあらましを聞くに、俺が首輪を取り外した際に使ったあの鍵は、普通に入手するには大変高価で、奴隷の立場では到底手に入らないものらしい。貴族の気紛れで小遣いをもらっているような運の良い奴隷がいたとして、貯蓄に貯蓄を重ね年老いてようやく貯まるかどうか、というたとえ話までされてしまった。二人は幼いながらも、奴隷として生まれ、奴隷として生きていく覚悟を決めていたんだ。そんな時にひょいっと俺が首輪を外してしまったから、これまで我慢してきた感情が爆発してしまったと、そういう事になるのか。
「キャプテンは命の恩人ですっ! 助けてもらったこの命、キャプテンの為に使いたいです!」
「わ、私もっ!」
「うんうん、分かった把握した。だから、まず落ち着こう。お互いに落ち着こう。さ、深呼吸の時間だ」
二人はこれを俺からの指示と受け取ったんだろうか? 我ながら意味不明な言葉に従い、俺と一緒になって青空の下で深呼吸をしてくれた。優しい。
……おし、落ち着いた。勧誘するつもりが、向こうから志願される形になったのは予想外だったけど、結果オーライ。ダンジョンマスターの紋章も恐れず、俺を人間として認めてくれる人材は貴重だ。そしてモフモフな耳と尻尾も大切な癒し要素だ! という事で、トマとリンを即日採用。子供と一緒に諸手を挙げて喜ぶ俺の図。
「マスター、お仲間が増えましたね!」
「ああ! これから賑やかになるぞ!」
「ね、ねえ、ちょっと? 貴方達、私の事を忘れてない?」
クリスとハイタッチをしていると、足元から微妙にか細い声が聞こえてきた。奴隷の首輪は外しても、手足の鉄球や拘束は外れていないアークである。忘れてなんかいない。というか、これからが本番とさえ思っていたよ。
「アーク、君は―――」
「仕方ないわね~。かなり特殊な負け方だったとはいえ、私は負けた身。それに首輪を祓ってくれたとなれば、恩を返さない訳にはいかないわよね。後は…… ほら! 私、美味しい食事をご馳走してくれた人には、すっ…… ごく! 感謝する性質だし!」
「……いや、まだ誘ってもいないんだけど?」
「ちょっと、私だけ扱いが酷くない!? い、いえ、そうなった理由は確かに私にあるけどっ!」
ゴロゴロと可動域を転がり、不服を唱えるアーク。おい、あんまり勢いよく転がり過ぎると、そのまま海に落ちてしまうぞ……
うーん、どうしたもんかなぁ。アークが仲間になってくれればとても心強い。戦力としては申し分ないし、クリスに並ぶほどの美人だ。俺個人としては凄く採用したい。だが、彼女は俺を襲おうとした前科があり、檻の中にいるあの男達までとは言わないが、完全には信用できないのも確かな話なのだ。さっき笑ってたし、すっごく笑ってたし。
「あっ、もしかしなくても怪しんでるでしょ! 流石の私だって、その子達の涙を見せられた後じゃアンタを襲う気にはなれないわよ! その、悪い魔王じゃないって分かったんだし…… それに、さっきの言葉に嘘はないわ。首輪を取ってくれた恩、極上の食事を振舞ってくれた恩、後は先入観で戦おうとした謝罪もか…… ともかく、それ全部を含めて返さないと、私の気が晴れないのっ! この気を晴らさせろっ! おーねーがーいーっ!」
「お、落ち着けって! あんまりビッタンビッタンするなって!」
新鮮なエビの如く飛び跳ね、猛抗議するアーク。嘘は言ってない。つうか、嘘はつけないタイプなんだろう。それだけは分かった気がする。
「……分かったよ。ゴブ達、アークの拘束を外してやってくれ」
「よっし! 貴方、なかなか話が分かるじゃない!」
ガッツポーズは決められない体勢なんだが、不思議とそんなポーズをしているアークの姿が目に浮かぶ。こうして、三人は仲間になったのであった。
「悪いけど、その鉄球はまだ外せないぞ。首輪よりも強力な力が働いているみたいでさ、さっきの解呪の鍵じゃ駄目みたいなんだ」
「そうなの? ま、良いわ! この鉄球なかなか頑丈だし、このまま私の武器として使うから!」
た、逞しいですね…… ちなみに鍵は使い捨てタイプで、首輪を解除した瞬間に朽ちてしまった。両手両足に繋がれた鉄球を取り除くには、解呪の鍵(銀)が必要になるんだが、これがまたお高い。1000DPもする銅以上にお高い。どんな呪いの類が篭められているんだよと、泣きたくなってくる高さ。具体的に聞きたい? 聞いて驚け、二桁ほど額が違ったよ。しかもこのレベルの高価な代物になると、ショップ機能に謎の数量制限が掛かるそうで、購入する毎に単価が跳ね上がる設定らしい。貴重品を大量購入できないようにする為の仕様だそうだ。フハハ、内心舌打ちものである。と言う訳で、ああ言ってもらえてる事だし、しばらくは我慢して頂こう。
「キャプテン! あのー、俺達はこれから何をすれば良いですかっ!?」
トマが元気にはいはいと手を挙げる。これが奴隷から脱した本来の彼らしさなのか、会った時とは見違えるほどにハイテンション。
「その前にさ、これだけは話しておきたい。皆が知っての通り、俺としては自覚がないんだが、世間的に俺は魔王だって事になってる。街に行けば大騒ぎになるだろうし、最悪その国の兵隊が討伐にやって来る事もあるかもしれない。俺の仲間になるって事は、それだけ危険な事でもあるんだ。本当に、それで良いのか?」
「問題!」
「ないですっ!」
おっと、シリアス風味に聞いてみたつもりだったけど、兄妹コンビネーションで返されてしまった。微塵も迷いを感じさせず、もう強く決心している様子だ。
「えっと、アークはどうする?」
「今更じゃない? そうねぇ、さっき私が大笑いした理由を教えてあげましょうか?」
「理由? あー、そういや大爆笑してたっけな。で、どうしてなんだ?」
「貴方、とっても破天荒で面白そうなんだもの! 私、そういう生き方をする人、大好きよ」
「そ、そうか?」
アークが前のめりになって胸に谷間をつくるような格好をしたせいか、妙に色っぽく感じてしまう。俺も男だ、正直に言おう。ドキッとした! そしてそんなアークの言動に、クリスが微妙に反応したような…… なぜだかよく分からないが、この時俺の背中には冷たい汗が伝っていた。
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