第22話 食事会

 どこかの誰かが待ちに待ったであろう食事の時間。アークが起きていた事に、料理を運んで来たクリスは驚いていたようだった。尤も、借りてきた猫の如くジッとしている彼女の様子に、警戒しながらも騒ぎ立てる事態には発展しなかった。ホント、御飯と聞いてから別人のように大人しくなったよ、こいつ。


 さて、ここで問題が一つ発生する。この大人しくなったアークさん、一応拘束状態にある。その為自力でスプーンなどの道具を使う事ができないのだ。かといって、この時間だけ拘束を外す訳にもいかない。クリスがスプーンで白身魚の蒸し焼きを取り、それを口に運んで食べさせようかと案を出したのだが―――


「まどろっこしいから、山盛りにして床に置いて! 直接食べるから!」


 ―――と、アークが反論。彼女の言葉通りに準備してしまうも、これでは犬の餌と変わらないような…… いや、深くは考えまい。彼女は自由人なんだ。恐らく、とっても。


「はぐはぐはぐっ!」

「わあっ、わあ~!」

「うまっ! うまっ!」


 トマとリン、そしてアークの食いっぷりは、それはもう見事なものだった。まさに無我夢中、涙を流しながら飯を口に運ぶ、運ぶ、運ぶ――― 第一印象からしてあまり食べなさそうなリンでさえ、二回もおかわりをしていた。食べ盛りなトマは三回、アークは、ええっと…… とにかく、腹一杯になるまで一心不乱に食べていた。


「んぐ、んぐ、んぐっ……」


 食事の締めに飲料水をたらふく飲み始めるアーク。この頃にはトマとリンは食事を終えていて、珍しい光景でも目にするようにアークの姿を注視していた。ついでに俺とクリスも注視している。


「―――ぷはぁっ! 生き返った~!」

「お、お粗末様です」


 お嬢さん、口の周りにお弁当が大量についていますよ。


「貴女がこの奇跡の数々を作り出したのね? 嘘みたいに美味しかったわ、ご馳走様!」

「あっ! 私もご馳走様でした! とっても美味しかったです!」

「お、俺もっ!」


 美味い料理は自然と人を笑顔にする。それはどこの世界も同じだったようで、クリスの絶品魚料理を平らげた三人の顔には笑顔が咲いていた。良い空気、良き雰囲気だ。これなら、交渉も上手く進められるかな?


「えっとだな、改めて自己紹介したいと思う。俺の名前はウィル、頬にこんな刺青がありはするんだが、種族的には一応人間だ。周りにいるゴブリン達は俺の配下で、襲われるような危険はない。そこは安心してくれ。で、さっきの料理を作ってくれたメイドがクリスという」

「悪魔の使用人、クリスと申します。よろしくお願い致します」


 使用人らしく、スカートを摘まんで優雅に挨拶してみせるクリス。そんなクリスの挨拶を受けて、兄妹がビシッとその場に立ち上がる。


「俺はトマですっ! 奴隷ですっ!」

「リ、リン、です。お兄ちゃんと同じで、奴隷の身分です……」


 兄のトマは敬礼のようなポーズを、リンはクリスを真似たのか、拙くも女の子っぽく振舞っている。次いで、皆の視線がすっかり一息ついている様子のアークさんの方へ。ん、気が付いたみたいだ。


「あら、私も必要な流れ? そっちの彼にはさっきも名乗ったけど、私はアーク・クロルよ。こうなった経緯は話せば長いけど、身分でいえばその子達と同じね。ま、徹底的に拘束されてはいるけど、よろしく~」


 アークは自分の家で寛ぐように、ゴロゴロと転がって自己主張した。これからどうなるかまだ分からないってのに、マジで自由な奴である。


「で、だ。これから君らの処遇を決めようと思うんだが、まず最初に言っておく。別に取って食ったりとか、そういう危ない方向には持っていかないつもりだ。最低でも、どこか近場の陸地までは衣食住を保証するし、対立するような事も考えていない」

「……あの、何で奴隷でしかない私達に、そこまでしてくださるんですか? あっ! いえ、とっても嬉しいですし、ありがたい事なんですけれどもっ!」


 珍しくもリンが俺に質問してくれた。嬉しい。


「腹を割って話すとな、こんな俺と正面から向き合ってくれたのが嬉しかったから。ってのが理由かな?」


「何よそれ? よく分からない理由ね?」

「魔王だと知って喜ぶアークは例外だろうけどさ、普通は魔王を怖がるし、毛嫌いするもんだろ? 奴隷船の船員達なんて、俺を殺そうと剣で斬りかかってくる始末だった。自称人間な魔王としては、こういう些細なやり取りも嬉しいもんなんだよ」


 そういう意味では、最初に捕らえた船員も同様――― いや、悪人の場合は話が別だわ。よし、ゴブリンクルー達、奴らの前で料理を美味そうに食って来い。


「それと、俺がいまいち奴隷って制度に馴染みがないのもある。これもアークは別として、トマとリンは自分を卑下している感じがするんだよな」

「それは……」

「………」

「そりゃそうでしょうが。暴れに暴れて好き好んで奴隷の身に落ちた私と、生まれながらに奴隷として育っちゃったその子らが違うなんて、当たり前の話よ」


 言い淀んでしまった二人に代わって、アークが続きを語ってくれた。金に困って売られる、人攫いに攫われるなど、獣人の子供が奴隷に落とされる事はよくある話らしい。特にアーク達がいた大陸には亜人を軽視する国が多く、獣人は迫害傾向にあるのだという。恐らくはトマとリンも、物心がつかない頃にそれらの理由で奴隷となり、人間らしい扱いをされずに育てられた。それが自らを卑下する心に繋がってしまっている、と。そういう事か。


「……だとしても、ここにいる間はそんな身分を気にする必要はないよ。自分らしく接してくれた方が、俺やクリスは嬉しいんだ。なあ?」

「はい、私もマスターと同じ思いです!」


 とはいえ、長年積み重ねてきた習慣がそう簡単に抜けるとは思えない。今でも大分心を許してくれているとは思うけど、それ以上に心の底から安堵できるような、何かが必要か。背後に宝箱を召喚して、その中からある物を取り出す。


「オホン! はい、ちゅ~も~く!」

「「「?」」」

「ここに、君らの所有者である事を証明する奴隷契約書がある。さっき奴隷船から押収したもんだ」

「……それ、どうする気よ?」


 アーク達の首にある奴隷の首輪と、この契約書は対となる存在だ。仮に俺がこの契約書にサインをしてしまえば、それに同調するように首輪にも力が働くようになる。要は所有者に対して、強制的に逆らえなくなるって事だ。


 まあ、そういう仕組みな契約書を見せた訳で、トマとリンはビクビクしてるし、少しだけアークから殺気が漏れ出している。拘束してなかったら、俺を海に突き落としていたかもしれない。怖いからさっさと話を進めよう。


「これをだなぁ――― 返すっ!」

「は?」

「「えっ?」」


 呆けている三人に、今のうちにそれぞれの名前が書いてある契約書を渡していく。トマとリンには普通に渡すとして、アークは…… 口に挟んでおくか。あ、今更だが俺はこの世界の文字を読めるし書く能力を持っていたらしい。ラッキーである。


 そしてここでメニューのショップ画面を開き、予めその存在を確認しておいたあるものを検索っ! 更にこれを購入購入購入っ! すると次の瞬間、俺の手の中に三本の鍵が出現した。


「それじゃ三人とも、ちょっと首を出してくれるかな?」

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