第21話 交流会

「おーい、こっちは粗方終わったぞー」


 奴隷船の甲板から、我らがダンジョンのイカダへと飛び移る。結構な勢いで降りた割にはイカダへの衝撃が少なく、俺も力加減を覚えてきた感がある。


「あ、マスター。私の方も今しがた、調理を終えたところです。トマ君とリンちゃんも、軽くではありますが汚れを落として着替えて頂きました」


 テントの中からパタパタとクリスが日傘を差しながら現れる。その後ろにはすっかり懐いたのか、あの獣人の兄妹の姿も。ちなみに、トマとリンとはこの二人の名前だ。体を洗い、衣服を変えてやれば印象も全然違うもので、栗色の髪と獣耳、そして柔らかそうな尻尾の魅力が倍増している。共に200DPもする石鹸とシャンプー類を買い揃えて正解だったな。奮発はするものだ。


「………」


 兄妹の妹の方、リンは俺の姿を確認した途端、クリスの後ろに隠れてしまった。うん、その反応は仕方ないよね。仕方ないのを割り切れ、俺の硝子メンタル。


「あ、あのっ!」

「……へ?」


 かと思えば、兄のトマがずずいと俺の眼前に歩み出た。俺に前に出て話し掛けるという、予想もしていなかったトマの行動に一瞬反応が遅れ、間抜けな返事を返してしまう。尤もトマは頗る緊張しているようで、俺の返事にまで気が回っていないようだ。俺のか細い威厳、ギリギリセーフで保たれる。いや、別に魔王じゃないから、そんな威厳最初から必要ないけどさ。


「さっきは、その…… 妹の事を助けてくれて、ありがとう、ございましたっ!」

「……グスッ」

「えっ? な、何で泣いてっ!?」


 やだ、このお兄ちゃん良い子過ぎるぞ。久方振りにクリス以外の人と接したと思ったら、感動が俺の心臓を不意打ちしやがった。


「い、いや、すまない。少し動揺しただけなんだ。えっとだな、俺ってば頬にこんな刺青があるだろ? 君らにとっては魔王の象徴だって聞いてる。 ……怖くないのか?」

「確かに最初は怖かったし、警戒もしたけど…… 俺、物心がついた頃から奴隷だったから、そんな立派な知識もないんだ。だから、そんなよく分からない言い伝えよりも、俺自身が見て聞いた事を信じたい。あのメイドさん、クリスさんもすっごく優しくしてくれたし、こんな服まで――― それに、あんちゃんには命まで助けてもらったんだ! 俺、あんちゃん達が悪い奴には見えないっ!」


 うおおおおお……! 涙腺が、俺の涙腺が凄まじい攻撃を受けているっ!


「わ、私もっ!」


 意を決したのか、それまでクリスの背にずっと隠れていたリンも、兄の横に並んで俺に立ち向かった。まさか、お前まで追加攻撃するつもりかっ!? 死ぬぞ、俺が死んでしまうぞ!


「お兄ちゃんの言う通り、魔王さんは悪い魔王じゃないと…… 思います! 私やお兄ちゃんを叩かないし、こんなに優しいし…… す、少なくとも、私達を捕まえていた人達より、ずっと良い魔王ですっ!」

「……グスッ」

「ま、魔王さんっ!?」


 呼び名はともかく、この兄妹達の優しさが身に染みた。とっても身に染みた。全ての攻撃が、俺の心臓にクリティカルヒットを決めている。


「重ねてすまん。潮風が運んで来たゴミが、目に入った」

「そ、そっか。ビックリした~」

「君らと打ち解けられて本当に良かったよ。出会った時の様子だと、会話もままならないと思っていたからさ。さ、そろそろ飯にしよう。クリス、準備してくれるか?」

「お任せを。トマ君とリンちゃんも、運ぶの手伝ってくれるかな?」

「も、もちろん!」

「頑張りますっ! わあ、良い匂い!」


 ダンジョン装備の効果でほとんど無風だけど、流石に子供の前で泣くのは気恥ずかしい。見えないようにこっそりと涙を拭いながら、二人の気を料理に向けさせる。クリスもそんな俺の様子を察してくれたようで、テントの中に二人を連れて行ってくれた。


 人との触れ合いを半ば諦めていたこの身であるが、分かってくれる人はいるんだなぁと喜びを噛み締める。ただしあの子らの反応は例外的なもので、この世界でいうところの常識を身に付けている者ほど、俺を嫌悪する傾向があるのは確かだろう。それは奴隷船の船員達の反応を見れば明白な事だ。そこら辺は勘違いしないようにしなければ! ……あの兄妹、このまま俺のダンジョンに居残ってくれないかなぁ。


「ん、こっちにまで美味そうな匂いが漂って来た。今日の飯も期待できそうだ」


 俺の悩みを緩和してくれるように、クリスの料理が鼻を刺激する。うん、難しい事は後々。今は目先の幸福を思う存分楽しもう。


「―――御飯っ!」

「うおあっ!?」


 そんな風に俺が気を緩ませた瞬間、イカダに寝かせていた例の金獅子がガバリと起き上がった。唐突な彼女の起床と大声に驚いてしまい、二歩くらい引いてしまう俺。ああ、そうだったそうだった。船底での熾烈な戦いの後、金獅子をここに寝かせておいたんだった。


「って、あれ? ここは? うわ、明るいっ!」


 自分のいる場所が薄暗い船底ではなく、お天道さまがサンサンと輝く青空の下であると知った金獅子は、やや困惑しているようだった。空腹でぶっ倒れた後だったからな、状況把握もクソもないだろう。


「あー、ゴホンゴホン!」

「っ!」


 俺の咳払いに気付き、跳躍して距離を置こうとする金獅子。しかし、彼女の両手両足につながれた四つの鉄球が重荷となり、更には倒れていた際に手足を厳重に縛っておいた為、軽くその場で飛び跳ねるに留まってしまう。いや、そんな状態で少しでも飛べちゃうのも凄いけどさ。


「うー……!」

「そんな本物の獅子みたいに唸らないでくれよ。まずは、そうだな…… 軽く自己紹介と状況整理をしよう。俺の名前はウィルという。今更だが、君の名前を聞いても良いか?」

「……アーク。アーク・クロルよ」


 良かった。どうやら会話は成立するようだ。


「それじゃ、改めてアーク。どうして今そんな状況にあるのか、覚えているか?」

「牢が開けられて、船長をぶん殴って、魔王と出会って、これはチャンスと挑もうとしたら――― お腹が減っちゃった」

「うん…… ハッキリと覚えているのは幸いだけど、こんな鉄球の重荷を付けた状態でよくチャンスとか思えたな」


 アーク・クロル。どこぞの闘技場の剣闘士であり、不敗のチャンピオン。間違いようもなく戦闘狂気質なようで、たとえ不利な場面であろうと戦闘を欲するタイプらしい。戦力としては申し分ないだろうし、できれば仲間に引き込めれば、なんて考えもしたけど…… どうだろうな、やっぱ危ないか?


「どんな負け方だろうが負けは負け。言い訳はしないわ。で、私をどうする気よ?」

「無駄に暴れでもしない限り、殺すような事はしないよ。そこは約束する、安心してくれ」

「ふん! 魔王にそんな事を約束されたって、信じられるはずがないでしょうが!」

「だよねぇ」


 やはりトマとリンはレアケース、そんな簡単に魔王のレッテルは剥がれてくれないようだ。


「大体ね、魔王ならもっと魔王らしく、どっしりと構えて凄いプレッシャーを―――」


 ―――ぎゅるるるぅぅ!


「「………」」


 いきなりアークの腹から鳴り出した腹の音に、俺は目が点に。アークは徐々に顔を真っ赤に染め上げて、ぷるぷると全身を震えさせていた。恥ずかしいという感情がある分、まだ愛嬌があると考えた方が良いのか? 実際今の彼女はそんな風にも思えるけど、敢えて言葉にして指摘する必要はないだろう。ここはさり気なく、紳士的に。


「まずは飯にしよう、飯。お互い、こんな空気じゃ話し辛いもんな」

「御飯っ!?」


 うわ、すげぇ食い付いた……

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