第18話 囚われの女

 隠し扉の奥に逃げた船長は厳罰にするとして、この投降した船員はどうしたものか。俺がダンジョンマスターである事を知られてしまったからには、解放しても変に噂を言い触らされる可能性が大いにある。見張っておくにしても、人手ならぬゴブリン手を割く必要があるし――― 処す?


「あ、あう……」

「ん? ああ、悪いな。抱っこしたままだった」


 クッション越しに抱えていた女の子を静かに下ろしてやる。流石に子供の前で船員を消すのは、教育上よろしくないかな。いや、俺が気にする事でもないんだろうが、この子達の気分が悪くなる事間違いなしだし。


「………(ぺこっ)」


 女の子はジッと俺の顔を見て、怖がるような、だけど何か言いたげな表情をしながら頭を下げた。それからすぐに、クリスのところにいた男の子の方に駆け出す。うーん、敵を畏怖させるのには便利だけど、子供にまで怖がられるのは少しばかりショックかも。


「クリス、ちょっと」

「はい、何でしょうか?」


 小声でちょいちょい。


「降参した船員の見張り、子供の安全確保の為にゴブリンをここに二体置いていく。で、子供達にもしばらく待つように伝えたいんだが…… 俺から言うとあいつらが怖がるからさ、お前が伝えてくれ」

「……承知しました。その、時が経てば慣れるかもしれません。お辛いでしょうけれど、どうか思い悩まないでくださいね?」

「ありがとう。ま、今のところは大丈夫だ」


 さて、クリスが獣人の子供達に話を付けている間に、俺は俺でできる事をしよう。子供が駄目なら、こっちのお兄さんに相手してもらおうか。


「よう、あの隠し扉の奥には何があるんだ?」

「……それを言ったら、俺が助かる確率は上がるか?」

「早く言えば言うほどな。逆に遅ければ、この剣が段々と突き刺さっていくが」

「ゴッブ」


 ゴブリンにゆっくり背中を突刺せと目で指示を出す。


「わわわ、分かった! 言う、言うよ! あの奥にはもう一人、取引先から預かった奴隷がいるんだ! その獣人のガキはサービスで付けられたもんで、今回の仕事のメインはそっちだったんだ!」


 衣服にカトラスの先っぽが触れた事を察した男は、焦ったように早口で情報を吐き出した。


「今回の仕事、か。今の口振りからすると、お前らの仕事ってのは奴隷を取り扱う事か?」

「掠ってるが、少し違う! 俺らはあくまで奴隷商に雇われた末端、輸送役さ! アンタらを襲おうとしたのは、まあアンタの想像の通り。海の真っただ中なら誰を攫おうが関係ないし、そっちのお嬢ちゃんがすげぇ美人だったからで――― ぎゃっ!?」


 ぐいっと、ゴブリンにもう数ミリ剣先を突き刺させる。


「俺達を襲った経緯の話はいらないよ。気分が悪くなる」

「いっづう……」

「で、そのメインとやらはそんなに大層な代物なのか? 高々一人の人間を運ぶ為に、こんな船まで使っちゃうほどのさ」

「あ、当たり前だろ……! この奥に捕らえているのは、ある闘技場の剣闘士。しかも、そのチャンピオンだった奴だ。見た目は嘘みてぇな美人だが、あの強さはぜってぇ人間の範疇を超えてるよ…… 特別な従属の首輪で身体能力を下げてるはずなのに、この船に乗る大の男が総出にならなきゃ牢に入れる事もできなかったんだ。クソッ、上も余計な仕事を押し付けやがって……!」

「へえ、嫌な予感がしてきたな」


 美人って事は、やっぱり女か。船長がそっちに向かったとなれば、もう次の展開が予想できるってもんだ。どんな事情があるのかは知らないけど、侮って良い相手でない事は確かだな。


「特別な首輪があるって事は、例えばお前らの船長がその女に何か命令したりもできるのか?」

「できたら牢に入れるのに苦労しねぇよ。今のあいつは奴隷だが、商品用にフリーな状態なんだ。契約を済まさないと、命令に従う義務は生じない」

「その契約とやらを船長が強行して行う可能性は?」

「……ないだろうな。甲板から急いで下へ下へと下りて来たから、契約に必要な書類を上に置いてきちまってる。俺は頭の後ろを付いて来たが、それを回収している様子はなかった」


 何だ、船長の命令を聞く事はないのか。てっきり戦う流れになるかと思ったけど、もしかすれば回避できるか?


「言っておくが、あの女についてそれ以上の情報は知らないぞ……」

「は?」

「剣先を押し付けるな! ほ、本当なんだって! 俺達は、いや、船長だって知らされていねぇと思う! さっきも言ったが、俺達は末端の運び屋でしかない! 不必要な話は上から下りてこないんだよっ!」


 その後、ギリギリまで剣で脅してみたものの、男から返って来る内容は同じものだった。どうも本当に知らないらしく、これ以上やっても無駄っぽい。クリスの方の説得も終わったようだし、そろそろ行くとするか。


「じゃ、これで尋問は終了な。お前の処遇は船長を取っ捕まえてから考えるから。引き続き見張りをよろしく頼む」

「ゴブ!」

「クリスもオーケーか?」

「はい、何とか分かってくれました。いい? 危ないから、ここから離れちゃ駄目ですよ?」

「……うん」

「わ、分かった。約束するよ」


 完全ではないながらも、クリスは子供達の信頼を得る事ができたようだ。善哉善哉。と、俺は顔を見せないようにしながら、遠巻きで見守るに徹する。


「マスター、何もそこまで離れなくても……」

「良いんだ。この距離感がちょうどいいんだ、きっと」

「「………」」


 う、子供達よ、その沈黙は何なんだ…… 俺を壁にしてさっきの尋問は見えないようにしていたつもりだったけど、まさか見えてたのか? 叫び声は聞こえていたかもしれないけど…… ま、嫌われたとしても仕方ない。そう思っておこう。


「隠し扉を抜けた先に、あの船長ともう一人の奴隷がいるそうだ」

「さっきの尋問のお話しですよね? あの方の声が大きかったので、大体の内容は把握しています。戦闘にならなければ良いのですが」


 あはははは。やっぱ聞こえてたよね、うん…… 良いんだ、俺が迂闊だったんだ。


「この壁で炎が遮られて、私の感知が奥にまで及ばなかったんでしょうね」

「それでも、中に何がいるのかが分かってるだけマシだよ。ゴブリンが隠し扉を蹴り破ったら、こいつらを先頭に一気に襲撃をかける。船長は懲らしめても構わないが、奴隷の方は様子見だな」

「承知しました」

「「「ゴブッ!」」」


 俺の合図でゴブリン達が隠し扉を蹴り破る。壁が薄かったのか、扉は容易に破壊する事ができた。さ、一気に勝負を決めるぞ。と、意気込んでゴブリンの後を追おうとしたんだが、同時に奇妙な現象が起こった。


 ―――ドガァン!


 ゴブリンが壁を蹴破った音ではない。その隣の壁から、さっき逃げ出した船長が飛び出して来たんだ。正確には向こう側からぶっ飛んで来た、が正解かもしれない。壁に挟まって宙づりにされ、ツルツルな頭を先頭にして巨体の上半身のみを見せるように、壁から突き出た実に奇妙な状態だ。船長の顔にはボッコボコに殴られた形跡があり、もう既に息はない。


「……私を牢から出すなんて、どういうつもりなのかしら? でも、これって千載一遇のチャンスよね?」


 壁の奥から、強い怒りを伴った女の声がした。

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