第17話 人質

 子供が好き好んでこんな船に乗っているとは思えないし、考えられるとすればここの船員がクリスに下劣な視線を向けたように、どこかから攫ってきたとかかな。もしくは、ありがちな奴隷ってパターン。となれば、この船は奴隷船って事になるのか。


 うん、ひとまず下に降りない事には話が進まない。クリスのミストフレアによれば、反応があったのは下層奥の大人二人、子供二人のみで、階段付近で待ち伏せをする奴は今回なし。もうそれほど敵の人数も残っていない。あのでっかい船長の死体は、まだ途中に転がってなかったからな。恐らくは二人の内のどっちかだろう。


「頼んだぞ」

「ゴブ」


 子供を巻き込む可能性があったから、ファイアボールによる攻撃はなし。ゴブリン達を先行させて階段を降りてもらい、灯りはクリスの魔法で補う。遠距離からの攻撃も警戒させていたが、どうもそれをしてくる気配はなかった。


「うわ、ここは一段と汚いな……ちゃんと掃除しろっての」


 この船底で寝る奴がいないからか、ここにハンモックは一つもなかった。ただ、苔やらカビやらが床や壁に生えている。上も酷かったが、ここは汚れも臭いも更に酷い。


「メイドの道を歩む者として、この不衛生さは看過できない問題ですね。こんなところに子供を置いておくなんて……」

「その子供が一番の悩みの種なんだよなぁ。いくつか予想はできるけど、いまいちそいつらの立場が掴み切れない。って、ラッキーが続くな。向こうから分かりやすく説明してくれるみたいだ」


 ゴブリンと炎の玉を先頭に進んで行くと、すぐにお目当ての人物達と顔を合わせる事ができた。この船の船長と、部下らしき船員の男だ。彼らの横には、さっきまで何かを入れていたと思われる鉄の檻がある。


「て、てめぇら、そこで止まりやがれ! 俺の手元が狂っても知らねぇぞ!?」


 二人は十歳かそこらの男の子と女の子、その子らの首に剣を添え、盾にするようにして身を隠していた。悪人が最後の最後でやりそうな手口ではあるけどさ、この状況でそれをしちゃう意図がまるで理解不能だ。仮にも魔王だと思ってる俺を相手に、そんな見ず知らずの子供を人質にしたところで何になるんだ?


 あ、でもこの子達、キツネっぽい獣耳があるぞ? よくよく見れば、尻から尻尾も生えてる。人と獣のハーフ的な? だけど、すっかり汚れてしまって毛並みは悪そうだ。うーむ、何ともったいない事を。綺麗にしてやれば、さぞモフモフしているだろうに。


「獣人の子供ですね。従属の首輪が首にありますし、奴隷でしょうか」

「あんな子供が? 世も末だな」

「何をごちゃごちゃと話していやがる! こいつらの命が惜しけりゃ、さっさと俺の船から出ていきやがれっ!」


 船長は混乱しているのか? なぜそうなる?


「いや、意味分からないって。その子らを盾にしたって、その次に死ぬのはお前達だぞ?」

「う、うるせぇ! うるせぇんだよっ!」

「頭ぁ、やっぱこんなの効果ないっすよ…… 人間だって奴隷の命を心配する奴ぁいねぇ。ましてや、相手は魔王っすよ?」

「ま、魔王が子供好きの変態だって可能性もあるじゃねぇか!」


 ねぇよ。変態はお前だ。


「構わない。進め」

「お、おい! 待てよ、本当に殺しちまうぞ!?」

「ん、んー!」


 ほんの数ミリだけ、船長が女の子の首に剣を食い込ませた。獣人の子供は口を手で押さえられていて、悲鳴を上げようにも明確な言葉になっていない。ただ、そのくりっとした目には涙が溜まっていた。それを見た船員に捕まる男の子の方も、何かを叫ぼうとしているが同様に阻まれる。


「本気で馬鹿なのか? 待つ必要がないだろ。第一、俺にとってそいつらには人質の価値はない」

「この野郎、良心は痛まないのかよっ! こんな幼い子供が死んじまうってんだぞっ!」

「か、頭ぁ、もはや行動と言葉が意味不明っすよ……」


 部下の方がまだ話が通じそうなのが悲しいかな。だが、ここまでダンジョンマスターの紋章を怖がってくれるってんなら、そっち方向で責めてみるのもアリか。どっちにしたって、こっちが引く必要はないんだし。


「まあ、確かに良心は痛むかもしれないな」

「そ、そうか? いや、そうだろ! なら早く―――」

「だから、その鬱憤はお前らの死で晴らそうかな。簡単に死ねると思うなよ?」

「「は、はぁ!?」」


 奴らに聞こえぬよう小声で指示を出して、ゴブリン達とクリスに悪ぶってもらう。カトラスをなめたり、灯した炎を激しく燃やしたりとインパクトを強める目的だ。すっかり見慣れてしまい愛嬌バリバリのゴブリン達も、今では悪人にしか見えない。なかなかに役者である。


「待ってくれ! それだけは止めてくれ、頼むっ!」

「頼まれても困るんだけどな…… なら、こうしよう。その子らを解放すれば、そうだなぁ」

「た、助けてくれるのかっ!?」

「命だけは助けてやるかもしれないし、やっぱり死んじゃうかもしれない」

「意味ねぇじゃねぇか!」

「いやいや、死に方は結構重要じゃないか? 仮に解放を選んだのなら、最悪でも苦しまずに死ぬ方法にしてやる。だけど、殺したらもうアウトだ。痛みの伴う拷問を十分に味わってもらった後に、ゆっくりじっくりねっぷり殺す。俺の良心を少しでも癒す為にな」

「ぐっ、ぐぐ……!」


 どう転んでも死ぬかもしれないのなら、僅かにでも助かる見込みのある道に進んでしまうのが人ってもんだ。こういう奴らは、その中でも特に顕著だろう。


「考える暇を与えるつもりもないぞ? 三秒以内に答えろ。答えなかった場合も、人質を殺したと同様に処理するからな。いーち―――」

「―――頭、わりぃすけど、俺は投降しますぜ。死ぬにしたって苦しみたくねぇ」


 部下の船員がカランと剣を床に投げ、人質にしていた獣人の男の子をこちらへと押しやった。それはそれで男の子は恐怖していた感じだったので、比較的安心してくれそうなクリスにキャッチしてもらう。俺やゴブリンじゃ気絶してしまいそうだったし。


「てめぇ、裏切るのかよ……!」

「力関係を見極めただけっすよ。俺ぁ上の階の奴らみたいに、惨めな死に方はしたくねぇ」


 両手を頭の後ろに組んで、そのまま壁の方に向き出す部下の男。もう抵抗する気は完全にないという意思表示か。一応ゴブリンを一体付けて、男の背でカトラスを構えさせておく。


「さ、お前はどうするんだ? ああ、三秒以内だったっけ? にぃー、さぁーん……」

「く、くっそぉーーー!」

「あ、この馬鹿……!」


 俺がカウントを再開した瞬間、甲板にて船員にそうやったように、船長が捕まえていた女の子を思いっ切りこちらへと投げてきやがった。女の子は声にならない悲鳴を口から零しながら、俺に迫ってくる。


 ―――とまあ、これも想定内だったりする。予め開いていたメニューのショップ画面から、女の子を受け止められる程度の大きさがあるクッションを選択。クッションはちょうど俺と女の子を結ぶ直線上に現れてくれた。そして後は、俺が踏ん張る!


「あうっ……!」

「ほっ!」


 少し苦しそうな声が漏れたが、女の子を無事にキャッチする事ができた。高水準なこの肉体に感謝したい。


「ゴブ」

「ゴブゴブ!」

「隠し扉があったのか……」


 どうやら船底の行き止まりはここではなかったらしく、船長は一見壁にしか見えない隠し扉を使って、壁の向こう側の部屋に走って行った。往生際の悪い奴だ。まずはゴブリン達に警戒させておいて、と。


「おい、怪我はないか?」

「ふぁ、ふぁい……」


 よし。消え入るような声だが、質問に答えるだけの元気はあるみたいだ。男の子の方は少しだけ動揺混じりな様子だが、女の子が無事だと知ると安堵したように腰を抜かした。獣人の子供達、確保。

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