第15話 制圧開始

 脱力。そう、脱力だ。急ごしらえの作戦が、こうも上手くいくとは思っていなかった。何しろ奥の手を使う間もなく、相手が勝手に瓦解してくれたんだ。ゴブリン達を全員出す必要もなく、またこちら側は全くの無傷。逃げ延びた船員以外の敵方は全滅と、これ以上ない戦果を上げる事ができた。マジ上々。顔を晒す前から敵意むき出しだったし、分かりやすい相手だったのも助かった。


「マスター、海に落ちた敵の処理が終わりました…… って、どうしたんですか? とっても脱力したような顔になってますけど?」

「いや、何でもないよ。ちょっと気が抜けちゃっただけだ。気合い注入完了、もう行ける」


 両手で自分の頬をバチンと叩いて、座り込んでいたデッキから立ち上がる。うう、ちょっと強く叩き過ぎたか、痛い…… この気合い注入も、相手が相手なら大ダメージになるんだろうなと、少しゾッとする。


 俺の体はステータス上では、そのほとんどがCとなっていた。当初は平均的な能力なのかなと考えていたんだが、その思い込みは朝にマイダンジョンで思いっ切りジャンプをした際に打ち壊された。ちょっとした体操のつもりが自分の身長、その何倍以上も高く跳躍できてしまったんだ。あの時の景色は今も忘れていない。とても海が綺麗で、とても高さが絶望的だった。


 さっきの戦いを通じて、相手が大人の男だろうとCの能力値は十分過ぎるほどに通用する事も判明。俺の顔を見て船員達が混乱していたのを抜いても、ゴブリンクルーでさえ敵を終始圧倒していた。ゴブリンはこの世界では別に弱くはなく、むしろ強いのかもしれない。


 クリスの遠距離からの魔法攻撃なんて、成す術なしで可哀想なくらいだった。俺の能力値Cでさえ、この馬鹿みたいな身体能力なんだ。魔力Bと炎魔法Bを持つクリスなら、もう敵側としては悪夢でしかないだろう。ただし、クリスは俺達の中で最も打たれ弱くもあるので、その辺は注意していきたい。


「それにしてもマスター、戦闘では大活躍でしたね。ダンジョンスキルを完全に使いこなしているような印象でした! 普通は血を見るだけでも混乱して、自滅する方が多いらしいですよ? マスターは本当に頼りになります!」

「何言ってんだ。クリスやゴブリン達の助けがあってこその結果だよ。 ……ちなみになんだが、最後の情報はマニュアルに書いてあったのか?」

「はい、その通りです」


 確かに日本人なら、普通はこんな血生臭い事を避けるはずだ。俺ってばもしかして、ヤの付く仕事でもしてたのか? ただ、大事な仲間であるクリスの事を考えたら、敵を倒すのに躊躇いがなくなった気がした。 ……いや、深くは考えないでおこう。精神的に参っちゃう。それよりもスキル、スキルだ。


 ダンジョン創造スキル、その戦闘編。基本的にこのスキルは守りに特化したもので、自らが作ったダンジョンに餌となる敵を誘き寄せて、そいつらを狩る事でDPを入手するのが定石だ。


 配下となるモンスターの状態には二種類あって、俺が釣りや見張りをさせていた時のように、普通に出している状態。そして召喚を解除する、所謂控えの状態というものがある。戦闘を行えばそのモンスターや装備させた武具が傷つくのは、ある種当然の事だ。しかしこの控えの状態に戻せば、時間経過で少しずつHPが回復し、装備も新品同様に戻っていく機能が働くそうだ。モンスターが自然治癒するのは良いとして、装備まで新しくなるのはなかなかに意味不明だった。


 で、こういった控えのモンスターを召喚したりするのも能力のうちの一つなんだが、これには制限がある。いつでもどこでも俺の好きに召喚できる訳ではないのだ。まず第一に、この力は自分のダンジョン内でしか働かない。しかも、ダンジョンってのは区画を表すフロア毎に分かれていて、そこに侵入者が既にいたら、もうそのフロアへの召喚は行えなくなる。分かりやすく、俺のイカダで喩えてみようか。フロアは丸太を組んだあの一面しかないから、一人でも敵がイカダの上に存在すれば、もうイカダに新たなゴブリンは召喚できないって事だ。その逆も然りで召喚解除も不可。あとダンジョンの外での召喚もNGとなっていて、ダンジョンから外にモンスターを放つには、やはり最初にダンジョン内で召喚する必要が生じる。


 うん、いかに俺のダンジョンが脆いのかが一発で判明した。こういったダンジョン側の事故を防ぐ為にも、対応策としてフロアを細かく区切るもんなんだそうだ。ただ、それを行うにはDPと時間が必要な訳で。敵が目前にまで迫っていたあの状態の俺には、ちょっとばかりその余裕がなかった。


「ただマスターが前線に出られるのには、やはり賛成しかねます。マスターはダンジョンの核となる存在、万が一の事があれば、その時点で終わりなんですよ?」

「分かってるって。ダンジョンマスターが倒されれば、支配するダンジョンは消滅しちゃうんだろ? 自分から死ぬ気はさらさらないよ」


 ダンジョンマスターはダンジョンの核、戦でいうところの大将首だ。そんな俺が死んでしまえば、力の影響を受けているクリスやゴブリン達だって消えてしまう。だから、普通はダンジョン内の最奥、最も安全な場所で隠れているものだ。


 だが、デメリットがあればメリットもあるもので、さっき言ったモンスターの召喚条件など、俺の周囲に限定して特別ルールが存在する。さっき敵のいるフロアやダンジョンの外にはモンスターを召喚できないと説明したが、俺の周囲に限っては召喚可能となってしまう。この範囲で敵を倒せば、ダンジョンの中で倒したようにDPも入手可能だ。ダンジョンマスターを護る為の最終防衛手段とでも呼べば良いのかな? 普通であれば召喚ができないダンジョン外、この船上もダンジョンマスターさえ出張れば条件変化して、さっきみたいにゴブリンクルーが召喚可能。不意打ちもできるという訳なのだ。


 と、このように強力である事は間違いないのだが、クリスの言う通り諸刃の剣である事にも違いない。それに召喚できるといっても、範囲は俺を中心に四、五メートルが精々、そこまで広くないんだ。使い方には気を付けなければ。


「よし、船の中に逃走した敵を追うとしよう。もしもに備えて、イカダにゴブリンを二体、甲板に三体残していく。あとの五体は俺、クリスと一緒に残党狩りだ」


 船を外側から見たところ、内部に入れるのは船体後部のせり上がった部分にある扉。逃げた奴らが乱暴に扉を開けたせいか、扉はすっかり壊れてしまっていた。ほとんど開いているようなもので、その内部はここからでも見える。この空間自体はそう広くはない。樽やら木箱が乱雑に置かれていて、そのど真ん中に下層へと繋がる階段があるくらいだ。


「船自体はそんな大きくはないから、待ち伏せするとなれば階段を降りてすぐだろうな」

「マスター、一人で先行するのは絶対駄目ですよ!」

「そんなん怖くてできないって。かといって、ゴブリン達に罠と分かってる場所に向かわせるのも…… うーん、甲板ぶっ壊していく手もあるけど、できるだけ船は無傷で鹵獲したいんだよなぁ。DP的に」


 こんなでっかいものが宝箱に入るかどうかは別にして、船の中にも使えそうなものはあるだろう。食い物だってそうだ。


「それでしたら、私が炎で炙り出しますか?」

「それ、船が燃えないか? 木造だぞ?」

「ある程度は炎の威力をコントロールできますので、階段周辺で待ち伏せする敵を倒すくらいなら、船にそれほど影響を及ぼす事なく倒せると思います」

「お、マジか。ならクリスの策を採用しよう。クリスが下層に炎を放って階段下の安全を確保した後、ゴブリン達が突入。次いで俺とクリスが続く形だ。お前ら、正面から戦えば負ける事のない相手だからって、油断して死ぬ事は絶対に許さないからなっ! 俺みたいに腰抜かすなよっ!」

「「「「「ゴブッ!」」」」」


 俺らは天にカトラスと傘を掲げ、船の中へと乗り込んだ。

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