第14話 戦闘

「いや~、すまない。ちょっと遠出するつもりが、こんなところにまで流されてしまって。悪いけど、そうさせてもらうよ」


 船長の声に答えたのは、顔の見えない男の方だった。船員達のぎこちない笑顔にすっかり騙されているのか、陽気な声で船へ向かってそう口にした。男のそんな返答に船長は笑顔を硬直させて、心の中で舌打ちをする。


(てめぇじゃねぇんだよ、てめぇじゃ! だが、ここでネタ晴らしをしても面白くねぇからな。まだこいつらが何者なのかも分かってねぇし…… ッチ、仕方ねぇ)


 それほど大きな運搬船でないにしても、イカダからでは見上げるほどの高さがある船だ。大の男がイカダから全力でジャンプしたって、甲板に手を引っ掛ける事も敵わない。当然、イカダからは船の上を確認する事はできない。船長は見える範囲にいる奴らはそのまま演技を続けろと素早く目配せをして、残りの者には剣を準備するよう指示をした。船に上って来た瞬間に男を捕らえる為である。そして準備が整い次第、甲板から海面に向かって縄の梯子を放り投げさせる。


「そうでしたか、それは大変でしたなぁ! ですが、我らが来たからにはもう安心です。ささっ、これをお使いください」

「あ、大丈夫です。自力でいきますんで」

「へ?」


 その言葉の直後、船の下から何かが跳躍したのが皆の目に映った。それが何だったのか、その時に理解した者は皆無。しかし、追うように視線を上に向けると、あのフードの男が今まさに甲板の真上にいるのが視界に入った。唐突なこの出来事に、船長を含めた船員達は唖然としてしまう。


 ―――ダァン!


 大きな音を立てながら、甲板のちょうどど真ん中に着地する男。勢いが良過ぎたのか、ほんの少しだけ躓きかけていたのは格好がつかなかったが、それでも船員達にインパクトを与えるには十分だった。


「っとと……! ふい~、危ない危ない。やっぱ、まだまだ慣れないなぁ。まあでも、大方予想通りか」


 男はぐるりと周りを見回して、船の上にいる船員達の人数、位置、手に何を握っているのかを確認する。もちろん、今さっき準備していた剣もしっかりと視認した。


「て、てめぇ、一体……?」

「さっきも話してたし、あんたが船長で良いのか? 一応確認するけどさ、何で俺達を救助するのにそんな物騒なものが必要なんだ?」

「うるせぇ! くそっ、こうなったらもう構わねぇ! 邪魔者はこの男だけだ! 殺して手柄をあげた奴は、最初に女を好きにして良いぞ! てめぇら、やっちまえ!」


 船長の号令で予めカトラスを用意していた船員五名が男を取り囲み、剣先を揺らめかせながらじわじわと間合いを詰めていく。


「おい、正体バラす前から戦闘態勢って…… まあ、それならそれでこっちもやりやすいよ」

「へ、へへっ。随分な調子だが、てめぇは素手じゃねぇか。変な強がりは身を滅ぼすぜ?」

「だよな、俺もそう思う」

「あ? ……あえぇ?」


 ずぷりと、男を取り囲んでいた船員達の胸元から生々しい音がした。最初は何が起こったのか分からなくて、少しして体が焼けるように熱くなってきて。次第に熱は痛みに変化し、その痛みも段々と何も感じなくなってしまった。周りの仲間達は大声を上げているようだったが、その頃にはもう視界はぼやけ、耳には全く音が入ってこなくなっていた。


「げ、ぶ……! 何、で…… 俺、剣に突き刺されでぇ……」


 彼らのうちの一人がそう言い残したのを皮切りに、バタリバタリと倒れ始める船員達。フードの男に剣を向けていた彼らの背後には、真っ赤なバンダナを頭に巻いたゴブリン達の姿があった。ゴブリン達が鮮血で染めて携えるそれは、船員達が持っていた剣と同様、カトラスだ。ただし、質は比較するまでもなく上回っており、人の体程度であれば苦もなく穿つ事ができる鋭さを持っていた。


「なっ……! ゴブリン!? どっから現れた!?」

「モ、モンスターテイマーか!?」

「馬鹿言えっ! モンスターテイマーにそんなドッキリ能力はねぇよ!」


 不意の攻撃で仲間を殺された船員達に動揺が走る。フード男の周囲に現れたゴブリンは五匹、全員がカトラスを装備している。甲板に二十人近い船員が残っている事を考えれば、まだ十分に対応可能な戦力差だ。しかし、彼らは冷静さを失っていた。武器を持つ戦闘員とも呼べる仲間は既に息絶え、彼らが持っていたカトラスはゴブリン達が築く円陣の中にある。素手である事を馬鹿にした言葉がそのまま自らにはね返り、更なる動揺を誘う。敵戦力は未だ不明な点が多く、悪循環が悪循環を呼んだ。


「うおおおぉぉぉ!」


 そんな状況を打破したのは、意外にもこの船の船長であった。高らかに叫び声を上げて、彼は人ほどの大きさはありそうな何かを、否、実際に船員の人間を持ち上げ、それをゴブリン達に向かって放り投げたのだ。筋肉質で見た目通りな怪力を発揮した船長の投擲は、弾が人間であろうとかなりの弾速となっていた。


「あばっ……!」

「おっと」

「ゴッブ」


 だが、フードの男とゴブリン達は俊敏だった。空を飛んで迫り来る船員を見てから躱し、男はついでに甲板に落ちていたカトラスを拾うまでしていた。


「俺の知ってる人間以上に動けんのな、この体。船長の怪力にもびっくりだよ」

「なっ、なっ…… なぁあっ!?」


 男は何気ない仕草でフードを取り、その顔を初めて船員達に晒した。最もはじめにその顔を目にした船長は、その瞬間に顔を歪めて数歩下がり、そのまま腰を抜かす。先ほどまで果敢に戦おうとしていた姿が嘘のように、彼は怯え切っていた。


「お、おい、あの紋章って、魔王の……!?」

「ひいいぃぃぃ!」


 周囲の船員達の反応も似たようなもので、中には悲鳴を上げて逃げ出す者までいる始末。男はここまで酷い反応をされるとは思っていなかったのか、自嘲気味な笑いを浮かべながら頬を軽く掻く。


「よ、予想以上に酷い反応だなぁ…… ま、顔を晒してどうなるのか、実習できたから良しとしよ。じゃ、今のうちに止めを刺しにいこうか。クリスっ!」

「はいっ!」


 男が声を上げると、今度はイカダから傘を持ったメイド少女が飛翔した。少女がイカダの上にいた時点では、船員らの位置からでは傘が邪魔で、少女の姿は見えていなかった。少女が同じ視線の高さにまで舞い上がる事で、初めて悪魔の角や翼が晒される事となるのだが、船上はそれどころではないらしく、彼女が人間でない事に気付く者はいない。だからといって彼女が慈悲をかけるはずもなく、傘を持つ逆の手には魔力が集まっていた。


「できるだけ船は燃やさないでくれよっ!」

「承知しました! マスターに魔法の神髄をお見せしますっ!」


 船の上では男とゴブリン達が船員達を追い立て、その者らを一ヵ所にまとめている。そこに襲い掛かるは、メイド少女の魔法、巨大な炎弾。空からの正確無比な魔法攻撃に、このような状態の船員達が防御できるはずもなく、彼らは仲良く炎に呑まれていった。


 以降の戦いは、もしくは最初からそうだったのかもしれないが、ほとんど消化試合のようなものだった。海に飛び込んだ者、船内へと逃げ込んだ者を除いて、デッキにいた船員達は全滅。カトラスで斬られるか、炎に焼かれるかしてその命を絶たれたのだ。今や聞こえてくるのは波の音だけで、あれだけ響いていた悲鳴はもう存在しない。


「ゴブ!」

「ゴッブ!」

「海に飛び込んだ方は二名、息を潜めて隠れているようです」


 船上を簡単に捜索して、空を飛んでいた少女とゴブリン達が男の下へと戻って来る。少女以外はきっちりと整列してゴブゴブと何かを報告しているのだが、正直男は理解していなかった。


「そっか、そいつらはクリスの魔法で炙り出すのが楽かな」

「分かりました。では、ばうっと倒してきますね!」

「おう、油断するなよ」


 翼と傘を広げ、少女は再び空へと舞い上がる。


「その次はいよいよ船内か。でも、その前に――― めっちゃ緊張したぁーーー! 死ぬかと思ったぁ!」


 魔王と恐れられた男、ウィルは臭い芝居を解き、ようやく本心をぶっちゃける事ができた。

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