第11話 遭遇

「クリス、クリス~!」


 ショップで購入した単眼鏡(100DP)で船の存在を確信した俺は、その足でクリスが調理を続けるテントの中へと駆けこんだ。興奮冷めやらぬとはまさにこの事だろう。俺は興奮している! ……ちょっと表現が不味いな。俺の気分は高揚している!


「マ、マスター、どうしたんですか? そんなに慌てて…… すみません、今の時間はまだ外には―――」


 ショップで日傘(15DP)を購入! 有無を言わさずクリスに手渡す!


「これが慌てずにいられるかって話だ。船だよ、船! 人の乗った船が見えたんだ!」

「えっ?」


 イカダから小型の船にダンジョンを改造するまでは、このまま釣りと料理でDPを稼ぐつもりだった。それから陸を目指そうと考えていた。しかし、しかーし、そこに人を乗せた船が現れたんなら話は別だ。あっちからすりゃ、俺らは海を彷徨う放浪者みたいなもんだろう。言葉が通じれば助けてもらえるかもしれないし、この世界の事も少しは知る機会となるだろう。どっちにしたって、あの船を見逃す手はない。


「マスター、マスター! 戻って来てください!」

「あ、ああ、悪い。ちょっと興奮…… 否、気分が高揚しちゃってさ」


 いかん、ちょっと周りが見えていなくなってた。がっくんがっくん肩を揺らすクリス、ナイスだがもうちょっと優しくお願い。


「いえ、お気持ちはお察し致します。ただ、その…… 少しだけ、お耳に入れておきたいお話がありまして」

「今からか? 妙なタイミングだな?」

「ええと…… 本当なら、陸地が見えた辺りでお話ししようと思っていたんです。ですが、運悪く人間の乗る船と出くわしてしまいましたので、取り急ぎ今お話しします」


 運悪く? クリスは運が悪いと言った。幸運にも、の間違いじゃないのか? さっきも思った通り、救助してくれるかもしれないんだぞ?


「昨日からマスターが実感されているように、ダンジョンマスターの能力は大変素晴らしく、非凡なものです。 ……世界の人間達から『魔王』と呼ばれ、恐れられるまでに」

「はい?」


 んん、魔王? は、誰が?


「ど、どういう事だ? ダンジョンマスターって、あくまでこの世界の職業みたいなもんじゃないのか?」

「いえ、それが……この世界の人間達はモンスターを無数に生み出し、自分達の脅威となるダンジョンを容易に造ってしまうダンジョンマスターを、魔王と呼んでいるのです。ダンジョンマスターは人類の敵、それが人間達の常識となっています」

「………」


 言葉が出なかった。ダンジョンマスターは人類の敵。それはつまり、俺は人と関われないし、人間社会で生きられないって事、なのか? だけど、俺は人間だ。ダンジョンマスターだったとしても、人間なんだ。たぶん、恐らく、プロバブリィ。あ、思ったよりも冷静?


「ならさ、俺がダンジョンマスターだって明かさなければ済む話じゃないのか? 街や村に住む住まないは別にして、人がいる場所じゃ能力を使わないでさ。ほら、見た目とか完全に人間そのものなんだし、それなら問題ないだろ?」

「……ダンジョンマスターの体には、その者がダンジョンマスターだと示す印があるんです。記される場所は個々で違うのですが、その印はマスターにも確かにあります」


 印? 印って言ったって、俺の体にはそれらしきものはなかったはずだぞ? 今朝だって、軽く体を水拭きしたんだ。あ、いや、背中にあったら流石に見逃しちゃうけど……


「マスター、この世界で目覚めてから、ご自分のお顔をご覧になられましたか?」

「確か…… 海面に映った顔なら、昨日チラッとは見たぞ?」

「………」


 え、何その反応。俺の顔に何か付いてる? 付いてるって反応だよね、それ? ショップ画面を開いて、小さな手鏡(120DP)を購入。急いで自分の顔を見る。


「―――何か、変な入れ墨が入ってる」

「それがダンジョンマスターの紋章でして、はい……」


 覗いた顔の右半分に、英字を崩したような印がでかでかと記されていた。やあ、俺の顔。やあ、見知らぬ入れ墨。最初に水面で確認した時は、よく見えてなくて気付かなかったよ。いやあ、すまんすまん…… 微妙にお洒落にしているところが何とも言えない。


「よりによって、顔に描かれちゃったのかぁ…… で、こいつを見た一般の方々は、一体どんな反応をしてくれるんだ?」

「逃げますね」

「……そんなにか? こんなに善良な顔をしているのに?」

「私としては、とっても格好良いと思うのですが…… 人間にしてみれば、目の前に絶対悪である魔王が現れるんですよ? 仮に街中だとすれば、一気に混乱の渦が広がりますね。民衆は逃げ惑い、国の兵士達が大挙して押し寄せるレベル――― と、マニュアルにありました」


 おいおい、知らぬ間に世界の敵になってたのかよ。ハハッ、ウケる。 ……いやいや、やばいって。こんなに派手に描かれちゃ、漁師としても生きていけないって。顔を隠すにしても、ここまで入れ墨が広範囲だと仮面で隠すくらいしないと隠し切れそうにない。だが、街中を仮面を被って歩くのは不審者でしかないよなぁ。全身鎧? 全身鎧なら誤魔化し切れるか?


「……かなり蒸すんだろうなぁ。最終手段にしときたいなぁ」

「マスター、思っていたよりも反応が前向きですね」

「そりゃお前、過ぎた事を悔やんでも仕方ないだろ。幸い、俺に記憶はないんだ。そこまで未練がある訳でもないしな。人の社会で生きるのが難しいなら、このまま海の上で暮らしていく方法だってある。ほら、クリスだっている事だし、何の不自由もないだろ?」

「マ、マスタぁ…… そこまで私を信頼してくださっていたんですね……!」


 よく分からんが、クリスが涙目になりながら感動している。感傷に浸りたい気持ちは分かる。俺もさっきまでそうだった。しかし、こうなってしまうと時間がないな。


「クリス。あの船の乗員が何であれ、そいつらは俺の敵って事でいいのか?」

「は、はい。相手が人間である限り、善人でも悪人でも、その者達は明確な敵意を示してくると思います。不謹慎な話ですが、ダンジョンマスターの首一つで爵位と領土が貰えるそうですから」

「うわー、そりゃ酷い話だな。たとえ魔王は穏便に済ませたくても、向こうには大義名分があって、それを許してくれないって事か。本当に酷い話だ」

「今のうちに逃げましょう。幸い、こちらにはゴブリンクルーがいます。オールか何かがあれば、水を漕いで移動する事は可能かと」


 うん、それも手の一つではあるだろう。だけど、今からじゃそれは遅いかな。


「駄目だな、もうあちらさんは俺らの存在に気付いている。いくらこの人数で漕いだって、船の速力には勝てないだろ」

「えっ? で、ですが、まだあんなに遠くにいるんですよ? 見つかってない可能性も―――」

「クリス、さっきまで何してた?」

「さっきまで、ですか? お料理を、あ」


 クリスが顔を白くさせながらテントの方へと駆けて行った。そう、さっきまでクリスは調理をしていて、炎を使っていた。その煙はテントの窓や出入り口から出て行って、空へ。


「うう、申し訳ありません、マスター……」

「いや、これは俺の責任だよ」


 いかに遠くとも、こう煙を出していたら見つけてくれと言っているようなものだ。ダンジョンマスター云々の話を聞くまで、俺は船の者からの情報収集や、できれば救助をしてもらうつもりだったんだ。だからこそ、煙の指摘もしていなかった。これはクリスのミスではない。たとえ俺が魔王でなかったとしても、相手が海賊である可能性だってある。同じ人間だからと考えが甘かった非、早合点による判断ミス、単に俺が迂闊だっただけの話なんだ。


「幸い、あの船が到着するまで時間はまだある。クリス、今のうちに戦闘用のダンジョン知識を教えてくれ」


 次なる目標は船の入手よりも、戦闘手段の確立が先になりそうだ。

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