第10話 ランクアップさせよう
―――トントントン。
「今日も平和だな、ゴブイチ」
「ゴブー」
包丁の音が鳴る中、俺はメニュー画面をいじりながらゴブリンに語り掛ける。返事に意味はないんだろうが、ゴブゴブと声が返ってくるのは嬉しいものだ。今日も今日とてゴブリン達が獲物を釣り上げ、クリスが調理し、俺がそれらをショップで売却するという作業が続いていた。昨日よりも仕事のスタートが随分と早い為、今の段階で更なる収入が見込めている。というか、トータルにしたら昨日の収入分はもう稼げているんじゃないかな? 善哉善哉。ちなみに、ゴブイチとは別に名付けた訳でも何でもない。その場の気分で言っただけである。そもそも見分けがまだつかない。
今朝に設定したダンジョン装備三種の効果が発揮されているのか、昼になる今まで海が荒れる事はないし、雨が降る事もなかった。モンスターらしいモンスターも、釣り竿に引っ掛かる雑魚以外では全く見かけない。まだ半日しか様子は見ていないが、これがずっと維持できるのなら、マジで良い買い物をしたと言えるだろう。DPは現在進行形で懐に入って来る。クリスやゴブリンが頑張って稼いでくれたこいつを無駄にしない為にも、ない頭を働かせるのが俺の仕事だ。
「しっかし、うちの漁船も大分賑やかになった感じじゃないか?」
「漁船じゃなくて、イカダですけどね。もっと言えば、ダンジョンなんですけど」
ダンジョンの安全を確保した俺は、次に釣り事業の拡大を図った。通常モンスター枠を五枠ほど増やした後(100DP、150DPと消費DPは枠を増やす毎に少しずつ値上がりする模様)、更にゴブリン達を増やして成果を上げていこうという試みだ。ただ、今のイカダのスペースでは場所が足りないので、先に1000DPを消費してイカダの広さを倍に拡張。うん、イカダはイカダでも、これって結構立派なイカダなんじゃない? と思えるくらいのものにはなったかな。
そして、いよいよゴブリンの援軍を追加! と、いきたいところだが、モンスター召喚画面で種族の解放のボタンにふと気付いた俺。DPもある事だし、これを機にゴブリン達を上位種族にランクアップさせた方が…… などという考えが頭に過ったのだ。
種族の開放には色々と条件があるらしくて、今の俺がゴブリン種で解放できそうなものは『ホブゴブリン』くらいなものだったと、昨日確認している。筋力や耐久に特化して成長した、より戦闘向けなゴブリンだ。この時は俺もその種にしようと思っていた。しかしながら、改めて解放画面を眺めて考えが変わった。
―――『ゴブリンクルー』。昨日はなかったはずのその名が、一覧に記載されていたんだ。条件はゴブリン種を海上で丸一日過ごさせる事。この瞬間になって条件が満たされたと考えるべきだろう。能力はこんな感じ。
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ゴブリンクルー
HP :80/80
MP :0/0
筋力 :D
耐久 :D-
魔力 :F+
魔防 :E+
知力 :C
敏捷 :C--
幸運 :C--
スキル:器用C
スキル:航海術D
スキル:なし
装備 :ボロ切れの腰巻き
☆真っ赤なバンダナ
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ステータスが敏捷・幸運を中心に強化され、新たに『航海術』のスキルを有している。初期の頃の資金なんて、1000DPしかなかったからな。種族の解放に800DP、一体の召喚に60DP消費と、これまでのモンスター達と比較すれば決して安いとはいえない。
「クリスー、装備に星のマークがあるんだけど、これって何だ?」
「その装備は外す事ができないって事ですね。通常モンスターのみにある表記で、そのモンスターの誇りみたいなものです。仮に『悪魔の使用人』である私が通常モンスターだったら、メイド服やカチューシャがそうなるみたいですよー」
そんなクリスとのやり取りがあり、この星マークについても把握した。装備の脱着不可。何かしらの効果があれば文句もなかったんだが、これだと現状、五つしかない装備の枠を単に減らしているだけになるかな。腰巻は外せる不思議、頭隠して尻隠さずってか。まあ、それでも釣りセットは装備できるから良し。それよりも、俺はスキルについて注目してあげたい。
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スキル:航海術D
航海するにおいて必要な知識、技能を得る事ができる。Dランクであれば優秀な船乗りのレベルとなり、普通に航海する上では何の問題もない。
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これ、今の俺達に一番必要なものじゃないですかね? 海流の赴くままに流されていたこのダンジョンに、専門家の皆さんが仲間になってくれるんだ。これ以上心強いものはない。俺は迷わずこの種族を解放して、新たに空いた枠にゴブリンクルー達を召喚した。
「ゴッブ!」
正直、見た目に関してはバンダナ以外の違いが分からない。声もゴブゴブのままだ。あと、昨日から俺を助けてくれた初期ゴブリン五体も安心してほしい。ゴブリンクルーはゴブリンのちょうど次の進化先である為、DPを消費する事で種族のクラスチェンジが行えるのだ。ただのゴブリンとして召喚された古参達。そんな彼らに対し救済システムがあった事に、クリスも思わずニッコリである。更にその際の消費DPは、ゴブリンクルーを直接召喚する半分のDPで補える。実にリーズナブルな設計、クリスと一緒に俺もニッコリ。
「ゴブー」
「ゴッブゴブ」
「ゴーブー」
「いやー、本当に賑やかになったなぁ」
「元の倍の人数ですからね~」
こうしてゴブリン達は全てゴブリンクルーとなり、釣り竿を携えてイカダの四方八方で釣りに勤しんでいるという訳だ。結構なDPを使ったが、納得のいく使い道だったと自負している。
しかしながら、釣りゴブリンが増えれば獲物が増える。必然的に調理を行うクリスの負担が増えるから、そこだけは心配かな。
「え? まだまだ余力があるくらいですよ? バッチ来いです!」
……だ、そうだ。スーパーメイドの調理力、侮れない。さて、ここらでダンジョンの基本情報を振り返ってみようかな。
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ウィルのダンジョン(立派なイカダ) 残りDP:3421
ユニークモンスター(残り枠:0)
・クリス(悪魔の使用人)
通常モンスター(残り枠:0)
・ゴブリンクルー ・ゴブリンクルー
・ゴブリンクルー ・ゴブリンクルー
・ゴブリンクルー ・ゴブリンクルー
・ゴブリンクルー ・ゴブリンクルー
・ゴブリンクルー ・ゴブリンクルー
フロア構成
①丸太のイカダ(クリス、ゴブリンクルー×10)
ダンジョン装備(周辺10キロまで効果範囲の拡大可能)
・穏やかな海
・晴天の空
・ダンジョン周辺出現モンスターF
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立派なイカダという評価はノーコメントで。海のど真ん中で何も知らぬ素人が、一からダンジョンマスターを開業。その翌日にこの成果なら、結構良い線いってるんではなかろうか? いやまあ、ほとんどクリスやゴブリン達のお蔭なんだけどさ。贅沢を言うなら、そろそろ陸地を拝みたいかな。この世界の現地人との接触、未だにできていないしね。
「……そもそも、言葉が通じるのかも怪しいか」
安定した収入源の確保はできた。イカダの安全も確保している。モンスターの強化も順調だ、オマケに航海術という海を渡る術を入手した。これはもう、次の目標は船の入手って事にしちゃっても、全然良いんじゃないかな? そうすれば、どこに行くにしたって俺達の自由、縦横無尽ってやつだ! うーむ、僅か一日にして、俺も来るところまで来たものである。
「ゴブー」
「ん? どうした、ゴブクル?」
感傷に浸っていると、テントの反対側の海側で釣りをしていたゴブリンが何かを知らせに来てくれた。俺がこいつらにしていた命令は単純明快、釣りをしながら、何か怪しいものを発見したらすぐに知らせる事! である。つまり、何かを発見した可能性が高い。
「ゴブゴブ」
ゴブリンは俺の手を引いてテントの反対側まで連れて行き、海上のある方向を指差した。
「あれは…… 船か?」
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