第9話 天候を変えよう
海上での初めての一夜が明け、これまた初めての朝日が俺の顔に掛かる。すっかり慣れたはずの潮の香りが改めて鼻をくすぐり、俺の目覚めを促すのであった。朝の布団は魔の誘い。人によってはいつまでもその罠にかかり続けると聞くが、幸いにも俺はバッと起きられる人種らしい。
「すぴー」
「……心臓に悪いなぁ。まだ寝てるか」
まあ、目を覚ました瞬間にクリスの寝顔が目の前にあったのは少し動揺したけど。メイドって朝は早いもんなんじゃないのか? などと疑問は尽きないが、ひとまずは俺だけでも寝袋から抜け出す。クリスを起こさないように、そっとだ。
「よ、おはようさん」
「ゴブ!」
テントの外で見張りをしていたゴブリン達に声を掛けていく。俺が寝ている間、ずっと見張りを続けていたはずだが、全く疲れの色は見られない。通常モンスターであるゴブリンについては、色々とクリスから聞いてはいたが、本当に一睡もしなくて大丈夫なんだな。攻撃されて倒される以外は死ぬ事もないっていうし。
「クリスは…… まだしばらくは眠っていそうだな。朝飯までただ待ってるのも何だし、やれる事はやっておくか。よーしお前ら、夜の見張りはこれにて終了、本業の漁業に移ってくれ。今日も沢山釣って釣って釣りまくってくれよ! このまま行けば、お前らのランクアップも近いからな!」
「「「「「ゴッブ!」」」」」
五体のゴブリン達は手慣れた手つきで竿を持ち出し、各々のポイントに糸を垂らし出す。昨日よりも早い時間の朝一から釣りをさせれば、更に潤沢なDPを稼げるかもしれない。この手法で安定的に稼いでいければ、収入については差し当たっての心配はないかな。
んー、上手く回っている一方で一番怖いのは、不慮の事態が起こった時かねぇ。馬鹿みたいに強いモンスターが現れたり、この海の上で嵐に遭遇してしまうパターンだ。安定して収入を得られるようになった今、恐れるべきはそういった事態だろう。モンスターを強化するのも対策の一つだろうけど、それだけじゃ災害時の不安要素も強い。となれば、お次の課題はこんなイカダでも安心安全な環境を、逸早く確保する事だ。まあ、イカダの拡張だって大金が掛かったし、簡単な事ではないだろうなぁ…… いやいや、めげてる暇なんてない。クリスが起きるまで暇だし、何か良いものがないかメニュー内を探してみよう。
「むっ……! これは―――」
それから一時間弱して、テントの中でもぞもぞとクリスの動き出す音が聞こえてきた。ようやく起きたか、俺の専属メイドとやら。続いて可愛らしい欠伸が耳に入る。
「ふわぁ……」
「朝が苦手なのは悪魔だからか? おはよう」
「………」
「………」
「……ふぁっ!? お、おはようございますっ! マスター、お早い起床でっ!」
俺を認識するまで随分と時間が掛かったな。あと、お前が遅いだけだからな。お日様はすっかり空へと昇ってしまったぞ。
「早速朝食を頂きたいところだが、まずは身支度を済ませてくれ。櫛や洗濯用の桶とか、日用品を宝箱の中に入れておいたから、それを使ってくれ。男の俺はその辺よく分からないからさ、足りないものは遠慮なく言ってくれよ。これ、命令な」
「は、はい……?」
「じゃ、テントの入り口と窓は全部閉じておくから。時間掛けたいだろうが、手短にな~」
はい、男はテントからシャットアウト。テントの布一枚じゃ心許ないだろうが、その辺りは我慢してもらいたい。ここにいる男は俺くらいなものなんだ。
「ゴブ?」
「君はまあ、対象外になるんじゃないかな?」
そんな馬鹿な話を一方的にゴブリンに投げ掛けていると、早々に閉めていたテントの入り口が開かれた。中から太陽の光が当たらない範囲で、ぴょこんとクリスが顔を出す。
「お、お待たせしました! クリス、参上でありますっ!」
「そうか、うん。まずは落ち着け。はい深呼吸~」
スーパーメイドだけあって、準備に入ってからの仕事は早い。そこは認めてあげましょう。ただ、寝坊からくる焦りなのか、言葉遣いが少しおかしい事になっている。
「すー、は…… お騒がせしました」
「種族的なもんなら仕方ないだろ。それより、昨日の残しておいた食材から朝飯を作ってくれるか? もう腹がペコペコなんだ」
「承知しました! 全力で調理しますねっ!」
本当にこの子は分かりやすいな、一瞬で表情が輝き出したよ。そいじゃ、俺もテントの中に移動しますかね。調理をしている間に、クリスに報告しておきたい事もあるし。
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「―――ダンジョン周辺の環境変更、ですか?」
クリスが包丁を動かす手を止めて、俺の方に振り返る。
「ああ。お前が寝ている間にさ、手っ取り早くこのイカダの安全を守る方法がないか探していたんだ。で、見つけたのがこれだ」
ヒュンヒュンとメニュー画面を操作して、クリスにそれを見せてやる。
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ショップ:ダンジョン装備一覧(ダンジョンに装備させると、環境が変化します)
・穏やかな海(1000DP)
・晴天の空(1000DP)
・ダンジョン周辺出現モンスターF(1000DP)
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上から二つは見ての通り、ダンジョン周辺出現モンスターFは出現するモンスターが最弱になるというものだ。
「なるほど、ダンジョン装備ですか…… 確かにこれなら、マスターのダンジョン周辺の気候は安定すると思います!」
「お、やっぱりダンジョン装備も知っているのか?」
「知ってると言いますか、マスターの配下になる際にマニュアル本をポンと渡されたような感じなので、自分から適した情報を引き出すのは、その…… 少しばかり不得手でして……」
あー、マニュアルを携えた素人、というニュアンスだろうか? 探すべき項目をこっちから示せば引き出せるけど、何の情報もなしの曖昧な状態だと、膨大なページのどこを探せば良いのか分からない、みたいな。あのチュートリアルは最初のページから順番に見てっただけだとか?
「ええと、このダンジョン装備…… 主に中級者以上のダンジョンマスターが活用する機能で、雰囲気作りで設定するものみたいですね。効果範囲はスキルのランクに左右される、と。わ、マスターのランクなら、かなり遠くにまで効果が及びますよ!」
どうもそれっぽい。頭の中で知識を一生懸命に検索している様子だ。
―――って、これスキルのランクが影響するんかい! この説明文のない仕様、昭和のレトロゲームっぽいところがあるな……
「俺らの手持ちDPからしても、この三つセットで安全が確保できるなら安い値段だと思うんだ。つうか、天候まで操ってこんな安値で良いのかって気さえする」
「逆に悪天候系の気候は消費DPの桁が違いますね。侵入者視点での値段なんでしょうか?」
「あー、竜巻の中にあるダンジョンとか、かなり難易度高そうだもんな」
俺としてはそんなダンジョンに住みたくないけど。仮にそうしたらその時点で生活が詰む。こんなイカダじゃ一瞬で壊れちゃう。
「私はマスターの案に賛成ですよ。むしろ賛成しかないです」
「いや、反対の時は反対してくれな? これ買ったら、残りの手持ちが1000DPになるんだし。ま、今回は全会一致で可決って事で――― 購入!」
『穏やかな海』、『晴天の空』、『ダンジョン周辺出現モンスターF』をダンジョンに装備。こうして俺達のダンジョンは平穏に包まれるのであった。フハハ、これで毎日が釣り日和だ!
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