第8話 DPの使い道

 夜、日の光が当たらない暗闇の世界。ただし、月や星の光は今も健在であり、炎を必要としない程度には視界は確保できている。でもやっぱり暗いので、クリスが炎の魔法を使ってみせて、照明代わりの小さな火を空中に浮かばせてくれた。魔法は色々と応用の仕方があるようである。


 ゴブリン達を交えたちょっとした祝賀会が終わり、今は実に静かなものだ。ゴブリン達の反応は機械のようだと喩えたが、それでも全員が生み出した成果である事に変わりない。見張り役を順番に交代してもらい、彼らにもクリスの食事を振舞った。食事の必要がなくとも、食べられるのなら食べてゴブリン達が損する事はないだろう。まあ、これは俺の気持ちの問題かな。


 でだ、これから肝心になるのが稼いだDPの使い道である。ひとまず全ゴブリンに見張りに出てもらい、テントの中にて現在進行形で俺とクリスで相談している。


「こっちが良いと思います。とても経済的です」

「しかしだな―――」


 候補は色々とあるんだが、大きく分けて三つに集約されるかなと思っている。一つは通常モンスター枠の追加確保、及びモンスター達の強化だ。確認したところ、通常モンスター枠の追加には一体につき100DP必要だった。この世界に放り投げられた当初なら選択肢に入れなかったであろう増強策も、今なら十分に事足りるDPがある。


 もう一方の強化は、ゴブリンやスケルトンの上位となる種族の解放だ。今日はたまたま何事もなく平和に過ごす事ができたが、今後もこの平穏が続くとは限らない。俺の配下にモンスターがいるように、この世界には野良モンスターがいるそうだからな。もしもの時に備えて、力を蓄えておく事が重要だろう。


 で、肝心の戦力強化の方法なんだが、上位種族を解放していく為には、『ゴブリン』みたいな基本種となるモンスターから解放していって、そこから上位の種族へと繋げていかなければならない。いくらDPがあるからといって、いきなり強いモンスターは召喚できないって訳だ。ただし、しっかりと順当に解放していけば、今俺の配下となっているゴブリン達も、DPを支払う事で格安価格で進化できるらしい。ここは嬉しい点だ。上位の種族には何らかの条件を満たさなければ検索できないものもあるようで、その辺りは自分で探すしかないとクリスはいう。マニュアル知識はあるが、攻略サイトの情報まではないって感じかな。


 ちなみに、クリスの『悪魔の使用人』という種族はまだ解放された扱いになっていない。本当に特典扱いだったんだな……


「流石にそれは不味いだろう。ここらで妥協するのも時には大事だ」

「あの、マスターは嫌ですか?」


 二つ目、ダンジョンの拡張。これは言わずもがなだろう。いつまでもただのイカダのままじゃ、ちょっとした事で沈没してしまうかもしれないし、陸地を目指すのも波まかせだ。いきなり立派な船とまではいかなくとも、航海するのに問題のないヨット程度のものにはしたい。六畳の広さじゃ、これ以上ゴブリンを増やすスペースもないからな。


「クリスがそう言ってくれるのは嬉しいよ? だけどさ、もう少し自分を大切にした方が良いと思うんだ」

「でしたら、私もこちらを選んでくれた方が嬉しい、と思います…… わ、私、これでもマスターの忠実な配下ですから!」


 ……さっきから何を揉めているのかというと、次の三つ目についてだ。この海の上での生活で活用する、アイテムの充実。要はショップで必要なものを購入する選択肢である。さっきも言ったが、イカダ全体の広さが六畳ほど、テントの中でおおよそ三畳と、ゴブリン達が外で見張りをしているとはいえ、俺達の生活空間はマジで狭い。テントの隅には特典でもらった宝箱、中央にはクリスが料理で使う焚き火台を設置している。それらを考慮すれば、テントの中が更に狭い事が分かるだろう。


「なあ、寝袋は二つで良いだろ?」

「最善の選択肢は一つです。二人で一つの寝袋に入った方が温かいですし、色々お得なはずですもん」


 俺達が先ほどから討論している内容、それはテントに置く寝袋の種類をどうするか、だ。俺が主張するのは多少狭くとも、そして配下と主の関係であろうとも俺とクリスは男と女、別々の一人用寝袋(30DP)。対するクリスは一人用を二つ買うよりも多少安く、身を寄せる事で寒さにも対応する事ができる二人用寝袋(50DP)。珍しくもクリスは俺の主張に食い下がり、退く様子を見せないでいたのだ。


 というか、当初の予定ではここまで儲けられるとは思っていなかったからな。一つ目、二つ目の使用法まで欲張って考えてしまった。まずは最初に掲げた目標の通り、この三つ目、生活用品を買い揃えるのが最優先である。そしてそれは俺達にとって、健全である事も最優先である。


「クリス、従者としてそこまで考えてくれるのは本当にありがたい。だが、俺とお前は男と女だ。ぶっちゃけ間違いが起こる事があるかもしれない。というか、そうなる可能性が大いにある。お前はもう少し自分の魅力を自覚した方が良い。そうなったらさ、お前だって嫌だろ?」

「嫌じゃないです。むしろ、光栄な事です!」

「………」


 そこまで言い切られてしまうと、俺も弱くなってしまう。しかし、この忠誠心はどこからくるもんなんだ? ユニークモンスター化したら忠誠心がマックスになるとか、そんな仕様が俺の能力にあるとか? クリスの年齢は17だったし、他のゴブリン達みたいに全くの無から生み出された訳でもないと思うんだけどなぁ。うーむ……


「……このままじゃ平行線だな。分かった、今日のところはクリスの案を採用しよう」

「ほ、本当ですか!?」

「ただしこれからダンジョンの拡張が進んで、ちゃんとした部屋が作れるようになったら別々だからな? 今は人肌が恋しく場所がないから、そういう事にしておく」

「承知しました! 誠心誠意、頑張ります!」

「何を頑張る気なんだよ……」


 やたらと気合いを入れているクリスを前にしながら、ショップ画面を開いて二人用寝袋をタッチ。いつも通り、目の前に寝袋が現れる。というか、目の前にいたクリスの真上から落ちて来た。


「わっぷ!」


 定位置に障害物があると、何もない場所にスライドして現れるのは確認済み。しかし、真上からとは不運だったな、クリス。


「……思っていたよりフカフカです」


 良い買い物をしたみたいだ。さて、寝る場所は確保したが、この不衛生な衣服のまま寝るのは頂けない。なぜか下着は装備の欄に反映されないが、これだっていつまでも同じものを着る訳にはいかないんだ。クリスだってそれは同じ事だろう。


「クリス、500DP渡すからお前の一週間分の替えの服と下着を買っておけ。できるだろ?」


 これは今日ゴブリン達が釣りをしている最中に学んだ応用技術の一つ、DPの受け渡しだ。配下のユニークモンスターには俺のDPを渡せるみたいで、許可した機能を限定的に使用させる事ができる。女の子の下着を俺が選ぶ訳にはいかないし、今回はこの方法を使ってクリスに買い物をさせようという試みだ。


「そ、そんな。大丈夫です、私にはこのメイド服がありますし―――」

「駄目でーす。さっきはお前の我が侭を聞いたんだ。今度は俺の我が侭を聞きなさい。DPが余ったら、そのまま自分の小遣いとして持ってて良いからな」

「うっ、そう言われてしまうと反論できませんよ。承知しました」


 よし、クリスも快く承諾してくれた。俺の方も寝間着を適当に見繕う。部屋着のカテゴリーの中では甚平(5P)がとりわけ安い。この価格設定、何を基準にしているのかよく分からないのもあるなー。まあ、これで良いか。


「おやすみ」

「おやすみなさいませ」


 交代交代でテントの中で着替えを済ませた俺達は、すっぽりと寝袋の中に入って就寝。テントの入り口や窓からは満天の星空が見えて、とても印象的だった。


 ……しかし、俺の年齢的な意味も含めて、それ以上にクリスの感触が印象的でとても眠れそうになかった。確かに温かいけど、それがいけない。しかもこいつ、既にすやすやと寝息を立てて寝ている。頑張るってのはそっちか!? あ、衣服が少しはだけて――― 無防備、あまりにも無防備である! 俺はしばらく寝られそうになく、やはり別々にすべきだったと反省しながら目を閉じるのであった。

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