第7話 本日の成果

 俺達の漁業が始まってはや半日。俺達は飯を食うのも忘れて検証を繰り返していた。気が付けば日も暮れ始め、太陽が水平線の向こうに沈みかけている。


「静粛に静粛に。えー、それでは本日の獲得DPを発表したいと思います」

「わ、ワクワクとドキドキが同時に押し寄せてきますね! でも、できる範囲で私も調理を頑張りました。きっと良い結果になったはずです!」

「ゴブー」

「ゴブゴブ」


 今日の仕事をやり遂げた感じで、テントの中に集合する俺とクリス、そしてゴブリン代表の二体。他三体は外の見張りを行っている最中だ。ここで何をしているのかというと、ゴブリン達が釣り上げた海の幸と、それを調理したクリスの料理で稼いだDPの発表会をしているところなのだ。通常モンスターのゴブリン達は雰囲気作りの為の人数合わせだが、この発表を待つクリスの表情は真剣そのものだった。


「まず、我がダンジョン唯一の収入源となる魚介類を釣り上げてくれたゴブリン達! 今日だけで大小合わせて300匹以上もの獲物を釣ってくれた事に、心から感謝の言葉を贈りたいと思う。マジでありがとう! この漁船に光が差したのは、間違いなく君らのお蔭だ!」

「「ゴッブゴブ」」


 主人たる俺の言葉にゴブリン達も感動しているのか、万歳をする事で喜びを表現していた。 ……まあ、俺がそうするようにと命令していての反応ではあるのだが。話には聞いていたけど、通常モンスターとユニークモンスターはかなり違う。感情の有無ってのは、やはり大きい。このゴブリン達、俺が命令すれば自爆特攻も一切厭わないだろうし、命令に従う機械に近い感じなのだ。


 一方のクリスも命令すればやるだろうが、もろに感情が表情に出るだろう。そんな命令は絶対にできませんよ、ええ。する気もないです。しかし、クリスを含めて食事もいらないし排泄もしないって言うんだから、ダンジョン創造で生み出した彼女達はかなり不思議な存在だよなぁ。食事はしようと思えばできるらしいけどさ。え、俺はどこで大小を済ませているのかって? それはまあ、仕方ないじゃないか…… これでも、クリスには気を遣ってやっているんだぞ…… ああ、そうそう。クリスも大活躍だったんだ。


「そしてクリス! その魚介類を材料に、よくぞここまで素晴らしい料理を作ってくれた! まだ味見程度にしか味わってないが、冗談みたいな美味さを確かに感じた! 大抵が1DPでしか売れない魚達が、お前の手に掛かれば10倍の料理に早変わりだ! こんな少ない器具と材料しかない中で、本当に良くやってくれた……!」


 クリスの手を握り、ブンブンと軽く上下に振る。料理の知識に乏しい俺に代わって、クリスはこの限られた条件下でバラエティ豊富な料理を作ってくれたんだ。そのほとんどがDP獲得の為にショップで売る事となってしまったんだが、クリスは嫌な顔をせず作り続けてくれた。俺にはこの子が悪魔ではなく、天使に見える。


「こ、こちらこそありがとうございます! こんな私でもお役に立てて、本当に嬉しいですっ!」

「おいおい、涙ぐむなよ。クリスの料理、これが終わったら堪能させてもらうからな」

「はい……!」


 うん、やはり天使だ。この子は生まれる種族を間違えたんだ。


「で、最後に具体的な数字について発表したいと思う。まず、ダンジョン内で侵入者を倒した事で得たDP。大半は1DPだったけど、稀に2DPや3DPの大物も交じっていたな」


 メニュー画面を開き、DP獲得の履歴を見ながら報告を行っていく。今日だけでこいつの使い方にも大分慣れたもんだ。


「内訳は1DPが247匹、2DPが65匹、3DPが7匹だった。合計398DP、釣り竿や諸々の初期費用をもう賄い切ったぞ!」

「「ゴブー!」」


 パチパチと拍手の音がテントの中に響き渡る。いやー、海のど真ん中に放り投げられた時はどうなるもんかと心配だったが、これなら立派に生きていける。しかもしかも、ここで獲得したこのDPでさえも、クリスが築いた金字塔の前座でしかないのだ。


「更にだ、今日だけでクリスがほとんどの魚を捌いて調理してくれた。仮に全部売ったとすれば、さっきのDPが10倍に膨れ上がって約4000DP! 途中で購入した調味料や追加器具の出費を計算しても、黒字も黒字、大黒字だ! 無我夢中で全然食事にありつけなかったが、今日はそのクリスが作った料理の売却していない分をここに並べさせてもらった! 心行くまで食ってくれ!」

「わ~」

「「ゴブゴブ!」」


 ゴブリン達に食事は必要ないが、今日はお礼の気持ちも込めて全員にクリスの料理を食べてもらう事とした。手持ちのDPに余裕ができたのもあって、串焼き用の竹串の束(2DP)や大量の水、調味料などを購入。そんな経緯もあって、こんな場所だがかなりの種類の料理が並べられている。


 調味料を購入する時にもある発見があったんだ。普通、塩や砂糖といった調味料は100gあたり10DPで購入できるんだが、胡椒は同量で1000DPと高価な代物だ。しかしここで幸運な出来事が発生する。少量の瓶が詰め合わされている調味料セット(塩・砂糖・胡椒・醤油・油)であれば、1セット100DPで購入できる事が分かったのだ。高価な胡椒が安価で買えるし、日本人の俺にとってなくてはならない醤油まで付いてくるのも素晴らしい。俺が刺し身にありつく事ができるし、それらを使う事でクリスの料理の売価もぐんと上昇。まさに良い事尽くめである。


 この胡椒を更にショップで転売できるんじゃ、なんてちょっと悪い考えも思い付いちゃったんだが、それは無理だった。クリスが料理にアクセントを付ける為に胡椒を使うとか、他のものに付加価値を与える行為には大いに貢献してくれるこの胡椒なのだが、どうもショップで購入したそのものだと著しく売価が下がってしまう仕様があるようなのだ。新品でも売価1DPだと知った時は驚いたよ。


 今でこそ我らがダンジョンの生命線となっているこのショップ機能であるが、自前で調達したアイテムの売価も結構渋く設定されていた。例えばゴブリン達が調達してくれた魚だ。同種の魚をショップで購入しようと思えば、どんなに安くても一匹10DPはくだらない。それが売った時は1DPにしかならないんだから、単純計算で10分の1ほどにまで価値が下がっている。俺達のように良い方向の軌道に乗ればまだ良いが、最初にクリスがこれを勧めようとしなかった理由が分かった気がする。ちなみに元々の価値が10DP未満のものは、全て0DPでのお引き取りだった。わお、無価値だよ。その辺で拾ったゴミを売ろうとしても駄目って意味だろうなぁ。


「マスター、味は如何でしょうか?」

「こんな美味い料理食べた事ないよ。本当に美味い」

「そ、そうですか? 良かったぁ~……」


 スキルの説明に五つ星レベルの腕前と記述しているだけあって、クリスの料理は心の底から美味しいと思った。いや、記憶はないんだが、体が美味いと叫んでいるんだ。前述の通り渋い売価率のショップさんであるが、彼もクリスの料理にはデレてくれたのか、どんな料理も最低10DPで買い取ってくれた。つまり、買おうとすれば一皿100DPの価値が、クリスの料理にあると判断されたのだ。売った料理だけでも、今日一日で実に4380DPの収入である。この子、ちゃんとした調理場で料理したら、とんでもないものを作ってしまうんじゃなかろうか。


「経費を差し引いても、一日で5000DP近い収入か…… クリス、本格的に漁業に精を出そうと思うんだが、どう思う?」

「私はマスターがやりたい事を精一杯支援するだけです。でも、あの、その…… 早めにマスターの衣服をしっかりとしたものにしたいなぁ、という思いもありまして……」


 ああ、そういやまだ、ボロボロの布を着ていたんだった。腹丸出しで、どおりでスースーすると思ったよ。

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