第2話 目覚めは大海原

 目が覚めると、そこは爽やかな風と波音に溢れた海だった。空を見上げれば雲ひとつない快晴、周りを見渡せば、どこまでも青い海が広がっていく。ああ、テレビか雑誌で見た事があるっけな。所謂澄み渡った南国のそれなのだ。生まれて初めて目にしたであろう、こんなにも綺麗な光景。バカンスとでも洒落込みたくなってしまう。しかし、残念ながらそれは叶わぬ夢なのだ。なぜかって? それはだな―――


「いくら景色が綺麗でも、こんな手作り感満載なイカダに乗って、漂流中だもんなぁ……」


 俺、現在絶賛迷走中である。いや、こうなってしまった経緯は謎なんだが、目が覚めたらこんな状態だったんだ。イカダの上に荷物らしきものは何もなく、浮浪者も着ないであろうボロイ衣服を纏ってこのイカダで寝ていたんだ。


 景色以外は最悪の状況にある現在なのだが、それを更に悪化させる事もさっき判明した。俺、自分の名前や歳さえも分からないのである。日本という国については知っている。だが、恐らくはそこの出身者である俺という人物について、何も記憶がないんだ。いやー、こいつは参ったね。現状、既に詰んでいるようなものだが、更に死体蹴りをされるようなこの仕打ちだ。こんな目に遭う俺は、どんな大罪人だったんだろうなぁ。ああ、涙が出て来てしまう。


 しかし、どんなに絶望の淵に落とされようとも、体はいつも通り不足したのものを要求してくるものだ。さっきからぐうぐうと腹が鳴りっぱなし、要は腹が空いたのだ。手持ちに何か食えそうなものは…… ない。せめて釣り竿でもあれば、自前の生活を最低限送れるというのに。


「つっても、釣りなんてやった経験があるかも分からないんだよなぁ。せめて、自分が何ができるのか知りたいもんだ…… ん?」


 そんな諦め半分な俺の言葉がトリガーになったのかは分からない。分からないが、目の前に明らかな変化が生じた。何の前触れも音もなく、それは現れた。


「これ、何だ? ゲームのステータス?」


 おお、自然とこぼれた言葉から知るゲーム知識。どうやら俺はそっちの知識があるらしい。って、今はそれどころじゃなかった。俺の眼前、その空中にゲームのステータスのようなものが浮かんでいるのだ。


=====================================

ウィル 18歳 男 人間 ダンジョンマスター

HP :100/100

MP :0/0

筋力 :C

耐久 :C

魔力 :F--

魔防 :C-

知力 :A+

敏捷 :C

幸運 :C+

スキル:ダンジョン創造S+ ⇒ダンジョン創造メニューへ

スキル:なし

スキル:なし

装備 :不衛生な衣服

=====================================


 この時点でここが俺の知る世界でない事が確定する。だって、こんなものが唐突に出て来ちゃう世界だよ? 普通に受け入れている辺り、俺もどうかと思う。記憶がないお蔭なのか、そこまでのショックはない。ふはは、この鋼メンタルに感謝だな。で、こいつについてなんだが―――


 うん、これが何者かのステータスだって事は、記憶喪失になってしまった自分にも理解できる。問題なのは、一体どちら様のステータスなのかって事だ。


「まあ、流れ的に俺だよなぁ」


 この場には俺しかいない事だし、何よりも自分にできる事を知りたいと願って現れたのがこれなのだ。つまり、このウィルという18歳の少年は俺なんだろう。そうか、まだまだ少年の心を大切にして良い歳頃か。


「……うん。日本人」


 今更ながら、海面に自分の顔を映して姿を確認してみる。揺らぎまくりで大変見えにくいが、黒髪で間違いようもなくアジアな顔立ち、歳相応の日本人のものだ。不思議と愛着が湧く。


「っと、頬に何か付いてる?」


 こんな場所で寝転んでいたんだ。汚れが付着しても別におかしくないか。海水をすくって、軽く頬を濯いでおく。


 さて、俺について多少なりの情報を得る事ができた。次にステータスについて見ていこう。HPとMPが数字で表示されていて、他の項目は英字だ。ほとんどの項目がC、優れているという意味で良いのかは分からないが知力がA、馬鹿にされているのかは不明として魔力がF、しかもマイナス表記が二重に付与されている。そのままの意味として捉えて良いものなんだろうか……?


「で、一番気になるのは、やっぱこれだよ」


 スキル『ダンジョン創造』。しかもSと記されている。ダンジョンマスターという肩書きがあるくらいだし、ダンジョンを造っちゃう能力としか思えない。こんな状況だというのにワクワクしてしまう俺、不謹慎? 何に対してだよ。しかし、しかしだ。これだけは先に言っておきたい。はい、息を大きく吸い込んでぇ。


「―――海のど真ん中で、ダンジョンなんて造れるかっ! せめて陸に上げろぉ!」


 思いの丈を目一杯に叫ぶ。海の上にポツンと一人という事で、恥ずかしがる要素はどこにもなかった。仮にこれが本当にダンジョンを造る力だったとして、こんな場所で俺に何ができるというのか? 地面なんて安定した土台はなく、周りはゆらゆらと揺れ動く海ばかり。ダンジョンなんて建てられそうな場所、皆無。さて、幾分かスッキリしたところで、現状の確認に戻ろうか。何か打開策が見つけられるかもしれない。


「ポチっとな」


 スキル横にあったダンジョン創造メニューを押した。他にやれそうな事はないし、ここで止まる意味はないだろうよ。で、次に出て来た表記なんだが、これである。


=====================================

新人ダンジョンマスターさん、こんにちは!

ダンジョンマスター用の初回特典をプレゼント致します。


◆『1000DP』を手に入れた!

◆『保管機能付き宝箱』を手に入れた!

=====================================


 何もなかった空間から、ポンと豪華な宝箱が出現した。え、何これ?


=====================================

更に更に!

色々とスキル機能のややこしいダンジョンマスターさんの為に、

最初の相棒となる特別なモンスターを差し上げたいと思います。

下の選択肢から選びましょう!(その系統からランダムに付与されます)


①パワフルな戦闘のエースとして大活躍! ドラゴン系上位モンスター

②超重量、超耐久、動く要塞! ゴーレム系上位モンスター

③外見はちょっと怖いけれど、魔法はどれも一級品! メイジ系上位モンスター

④忠義に厚く、あらゆる家事をマスター! メイド系上位モンスター

=====================================


 ……唐突に選択を強いられてしまった。メニューの表示もここで停止している。①から④までの選択肢がピコンピコンと点滅しているし、やっぱりそういう事だよな。使用用途不明な宝箱を背もたれ代わりに使いながら、腕を組んで考える。


 たぶんこれ、結構重要な選択になるんじゃなかろうか? これ次第で今後の俺の生活が一変するレベルの、やべぇ選択なんじゃなかろうか? その系統からランダムに付与されるという文章からして、固定のモンスターが貰える訳じゃないんだろう。運か、結局運なのか? 俺の幸運値、C+だけどこれって大丈夫なのか? そもそも説明もなしに、こんな選択をさせるなよと言いたい。いや、待て。冷静になるんだ自分。幸い、時間はたっぷりあるんだ。冷静に考えよう。


 まず、この何の情報もない世界で生きていく上で、高い戦力を持つモンスターはとても魅力的だ。強いモンスターとダンジョンとは切っても切り離せないもので、最初から超弩級のモンスターがいるのは心強い。そう考えれば、①のドラゴンや②のゴーレムも優先すべきものなんだろう。だが、ちょっと待ってほしい。俺が今いる、この場所を考えてほしい。何の変哲もない、木製イカダの上なのだ。そんな場所に想像するだけでも巨大だと分かるモンスターが現れてみろ、一瞬で沈むぞ。そのモンスター達が泳げるのかも分からないし、これらの選択肢は見送るべきだろう。


 では、③はどうか? 凄い魔法を使えるらしいメイジ系モンスター。これなら恐らくは人型だし、よっぽどの事がない限りは大丈夫だと思う。が、最初の文章を思い出してほしい。外見はちょっと怖いけれど…… おい、ちょっとってどれくらいだよ? ランダム配布なのにわざわざこの文章を載せている辺り、このメイジ系とやらは総じて怖い見た目をしているんだろう。強面とかドクロとか、そんな意味でなら我慢できる。が、スプラッター系だったらどうしよう。こんな狭いイカダの上で、そんな奴と二人っきりだ。うん、無理。


「……④かな」


 色々と理由を付けて、俺は④のボタンを押した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る