黒凪のダンジョンマスター ~不適合スキルで海賊ライフ~

迷井豆腐

第一章 魔王が棲まう海賊船

第1話 プロローグ

 密閉され光の入り込まぬ薄暗い部屋に、淡い人工光が灯される。四方に布団を掛け、その上に正方形の板を置いた作りのテーブル――― 所謂炬燵と思われる文明の利器の上に、その光はあった。パソコンである。光の画面に向かい合うは、眼鏡をした長髪の少女。光が反射してその瞳を覗く事はできないが、整った顔立ちと艶やかな髪質から、一見して見目麗しいと気付かされる。


 但し、少女は酷く眠たげな様子だった。もう何日もろくに寝ていないのか、作業の合間合間に何度も欠伸を漏らしている。耐えるように目をこすり、気晴らしに自らの髪の毛を弄ってみたり、再びマウスを動かしポチポチとキーボードを叩き始める。そして飽きたらゴロゴロする。その繰り返しの日々だ。


 ―――ジリリリリリィン。


 不意に鳴り出した電話の着信音に、少女はあからさまに鬱陶しそうな表情を作って見せた。しかし出ない訳にもいかないのか、自然に出てしまう溜息と共に電話へと手は伸ばされる。パソコンのある部屋には些か不釣り合いな黒電話の受話器を取り、相手にわざと聞こえるよう溜息をもう一度漏らす。


「はぁ~…… い、私で~す」

「ねぇ、今の溜息だったよね? 返事に偽装していたけど、絶対に溜息だったよね?」

「さ~、何の事ですかね~?」


 誰かに見られている訳でもないのに、少女は思わず視線を逸らしてしまう。受話器先の声は呆れるように溜息をお返しして、少女に本題の話を切り出した。


「『創造』さん、いい加減に自分の駒を決めてくださいよ。一応の取りまとめを任された身として、これ以上の準備期間を設けるのは看過できません」

「も~、『秩序』君は生真面目だなぁ。私が時間を費やすほど、君達の方が有利になるんだからさ、少しくらい目を瞑ってくれても良いんじゃない?」

「物事には限度ってものがあるんです。また前回のように、ガツンとくる魂が見つからない! ……とか、そんな理由でしょ?」

「おー、よく分かってるじゃん。流石は『秩序』君だ、美形で可愛いだけじゃないんだね!」

「お褒めの言葉、ありがたく頂戴しますよ。だから、さっさと決めてください」

「えー…… そんな事言っちゃうと、君の駒の近くに私の駒を置いちゃうぞ♪」

「いや、僕の駒の近くって、既に『隷属』さんの駒もいるんですが…… それに、比較的小さな大陸に島が中心の立地ですよ? 確か『創造』さんの駒って、陸上で力を発揮するタイプでしたよね? 準備不足なところに、更に不利な条件を突き付けるつもりですか? 貴女の駒が不憫でなりませんよ……」

「ふふん、私はいつでも大穴狙いなんだぜ♪」


 そんな少女の返答に、受話器の向こうにいる声の主は無言だった。開いた口が塞がらない、そんな心境なんだろう。


「そうやって前回の争奪戦で、あれだけの痛い目を見たんじゃないですか…… 僕初めて見ましたよ、負ける寸前で手足を子供のようにジタバタさせる大人の姿」

「ぜ、前回は前回さ。あの時の雪辱を存分に果たす為、私はこれだけのハンデを背負っているのだよ。宣誓、私は『原初』をぶっ飛ばす! 力を使うにしては前代未聞な海だけど、知恵を振り絞って何とかするのだ! いけるいける、限界を乗り越えろー!」

「物は言いようですね。ですけどね、本気で真面目にそろそろ―――」

「―――ふおおおおっ!」

「……何事です?」

「私の魂にガツンと来た! 『秩序』君、切るね! 私、これから忙しくなるからっ!」

「えっ、ちょっと! それは『創造』さんの駒が決まったって事で良いんですか!?」

「ご想像にお任せします! それじゃ!」


 ガチャン! 少女は受話器を勢いよくあるべき場所に戻し、作業の為に指を走らせる。眼鏡の奥にある金の瞳は、怪しく輝いていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 体が重い、感触が冷たい。頭は曖昧にしか働かないが、全身は妙にリアルな感覚を覚えている。夢の中という事にしておくには酷くアンバランス。だというのに、俺の心は嘘みたいに落ち着いていた。


(―――)


 こんなよく分からぬ状況で、俺が第一に考えたのは一人の女の子だった。昔っからの付き合いで、世間一般でいうところの幼馴染。名前は、ええと…… おかしいな、上手く思い出せない。思い出せないのに、何で真っ先にあいつの事を考えたんだろうか。


(―――私……)


 記憶の欠如、にしては適当なものだ。完全に消えているんじゃなくて、部分部分で欠けてしまったような、そんな感じ。喉元まで出掛けているのだけれど、あと一歩思い出す事ができない。クソッ、腑に落ちない。もやもやする。あいつ、あいつは…… 駄目だ。なら、名前以外に覚えている事は―――


(―――私、私ね……)


 ああ、そうだ。確かこんな、いや、絶対に彼女の声はこの声であったと確信する。どうしてこんなにも慣れ親しんだ彼女の声まで、寸前まで朧げだったのか。だけど、あいつの声を思い出せて尚更ホッとした自分もいる。


(―――私、私ね、貴方と一緒に……)


 ……いや、今考えるべきなのは、そうじゃないだろう。冷静さを装っても、俺が今正気でないのは確かだ。一体、この不可解な状況は何なんだ? 体は指先も動かないが、肌の感覚はある。これは…… 水? 全身が水の中に沈んでいるのか? 水難事故に巻き込まれた最中、とか? それじゃあ、このままでは行き着くのは死―――


『そっかぁー。それが貴方の最も大切なもの、なのね? 了解りょーかい、サービスしておくよ~。私は太っ腹だもんね~。これも善行の一つってね。だからさ、私の為に一生懸命頑張ってねぇ』


 俺の思考に何者かの、恐らくは女のものと思われる声が乱入。そのまま俺の意思は海の底へと沈んでいくように、暗闇に蝕まれていった。

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