★★破
「名前は、
そういって
「さっきのトーストの彼女。よろしくね」
クラス中の視線を浴びて、恥ずかしさから私の頭は沸騰寸前。
ねえ、わざわざ今いうことなの? それ。
ばかってどなってやりたいけど、そんなの言えない。一応私のキャラは大人しい人なんだから。
無神経男子は、窓際の一番後ろの席についた。よかった。席は遠くて。隣の席だったら死亡確定。
「ねえねえ、もう二人は知り合ってる感じ? いいなー彼、堂々としててかっこいいよね」
隣の席の女子が肘でつんつんつついて、こそっと聞いてくる。
『どこがかっこいいのよ、あんなやつ!』っていいたかったけど、確かに彼の顔は整っている。
私は曖昧に笑う。ほっぺた、ひきつってないといいけど。
*
羽仁くんは、すぐクラスに馴染んだ。一緒に入学式を迎えたみたいな違和感のなさ。頼りがいがあり、誰にでもやさしい。その性格が、私以外のみんなをとりこにする。
彼がみんなの輪の中、自信満々な顔して笑ってるだけでむかむかする。なんでみんな、羽仁くんのデリカシーのないとこ気づかないの? その人、女の子の食べかけのトースト平気で口にするんだよ。
むかむかは、彼がテニスする姿をみると、もやもやに変わる。
教室の中で見せる余裕しゃくしゃくな顔は吹き飛んで、張り詰めた表情へ。
彼が放つ硬質なオーラは周りの時間をとめ、ストップモーションのように、一挙手一投足、私の脳裏へ刻んでいく。
夕暮れに染まる教室の中。テニスコートを見おろす窓辺で、私は立ちつくす。クラブに入っていないのに、そこにいる理由なんてない。なんにもない。それでも、一歩も動けない。なんで?
ポケットから、手鏡を出す。夕方の顔は嫌い。朝と違って前髪はよれよれだし、大きな目はぞっとするほど、きつい。誰を恨んでるんだろう。
私の中の純真無垢なものが、汚れてしまう。朝の汚れのない、きれいな私でいたい。美しいものだけを見ていたい。
むかむかともやもやを抱えたまま、月日は過ぎていく。私がだだをこねたって、時は言うことを聞いてくれない。ケチなんだから。
「今日は、放課後にテニス部の練習試合があります。有名な強豪校がわが校にわざわざ来てくれるので、時間のある人は応援に行きましょう」
今ここにいるのは、決して羽仁くんを見たいわけじゃない。担任のお願いを聞いているだけ。
テニスコートと私を隔てる金網。ほこりまみれの針金が、私の指に食い込んで痛い。
網目がじゃまする視界の中、羽仁くんは必死でボールを追いかけている。無責任な黄色い声が「ハニー、がんばってー」って応援にならない言葉を吐き出している。彼は十分がんばってるのに。なにそれ。
軽薄な声なんか無視。羽仁くんの背中を、目が痛くなるほど追いかける。右に、左に、前に、後ろに。
相手のボールは、羽仁くんのラケットが数センチとどかないところばかりねらってくる。
『ふん! 全然相手にならねーな』
そんな相手の気持ちがボールに乗って、羽仁くんをおいつめる。
「あーあ、やっぱ無理か。全国三位の選手には、いくらハニーでも勝てないね」
そんなに強い相手なんだ。でも、全国をめざすって言ったんだから。この相手に食らいつかないと、とてもじゃないけど全国レベルになれないよ。羽仁くん。
サーブ権が変わった。ラケットでボールをもて遊ぶ羽仁くんの横顔。なんだか、しかられた子供みたい。
ううん、ちがう。お腹がへって、力が出ないって顔。なさけないじゃない。こんな相手ぶちのめしてよ。
「羽仁くん。後でトーストあげるから、力出して!」
私は叫んでた。力いっぱい。みんなの視線も気にせず。
羽仁くんは驚いて私を探す。そして、目が合う。
ご主人様をみつけたワンコみたいに、彼の目は真ん丸になって、その後ふにゃって甘えた表情。あー、かわいいなあ。男の子でもこんな顔するんだ。ずるいね。
それから羽仁くんはボールを天高くトスする。細長い体は鞭みたいにしなり、サーブを相手コートへ打ち込んだ。反動でユニフォームのすそはめくれ、引き締まった背中が半分見える。
ユニフォームの中も黄金色なんだ。
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