第46話 決着

「ティ――」

 呼ぶよりも早く、首に回っていた腕が、ウィングの首を思い切り絞める。


 一瞬で呼吸が止まったウィングが、どうしようもなくてティカを前へ投げ飛ばす。

 げほかはっ、とむせながら、ウィングが膝をついた。


 投げ飛ばされたが、軽い身のこなしで体勢を立て直したティカが、ウィングの元へ再び駆けて来る。


「待っ」

 と、手を伸ばすウィングの肩に足をかけ、彼女を飛び越えるティカ。


 そしてティカが最初に声をかけたのは、オットイだった。


 腹部の傷口を手で押さえ、とりあえず止血する。

 倒れている体を起こし、ウィングをキッと睨んだ。


「……あたしが、オットイの目になる」


 だから。


「あの裏切り者に、お灸を据えるぞ」




「違う! ティカ、おれは裏切ってなんかない!」


 ウィングの弁解はティカには届かない。

 どんな理由だろうとも、オットイを刺した事を納得させるのは難しいだろう。


 というか、不可能だ。


「別に、魔王勢力だろうが女だろうが関係ないし、どうでもいい。

 どれもウィングである事に変わりはないんだからな」


 小さな嘘の積み重ねは、思う事はあるが、ティカは気にしないようにした。

 それを言ったら、自分だって小さな嘘くらいたくさんついている。


 だから怒りはそこではない。

 たとえ短い期間であっても家族だったオットイを、なんで刺したのか?


 それがティカのため、と言われても、その方が尚更、許せなかった。

 オットイの犠牲の元に自分に尽くされても、それを受け入れられるわけがないのだ。


「おれはティカに、幸せになってほしくて――」

「幸せって、なに?」


 ウィングの思う幸せと、ティカの思う幸せは違う。

 そんなもの、千差万別で、一致する方が珍しい。


 些細な部分まで文句の出ない幸せを作るなんて、不可能だ。


「不自由なく暮らす事? 

 お金持ちになる事? 

 人に必要とされる事? ……違うよ、バカ」


 お母さんと一緒にあの店を続けられたら、そりゃ幸せだった。

 だけど、母親はもういない。

 過去を求めても、ずっと立ち止まったままだ。


 だからティカは、未来を見た。

 この人とこうしたい、という、幸せへの足がかりを見つけた。


「オットイと、あの町で、あの店を続けたい――それがあたしの幸せだ、バカ野郎!」


 剣の上に乗るオットイの手に、ティカが手を重ねた。

 二人で、紫電を纏う剣を、持ち上げる。


「ははっ、おれは邪魔って事か……だけどさ」


 ウィングは片方を切り捨て、そして片方に全てを捧げる決意をした。


「――ティカの力を、勇者に独占させるわけにはいかない!」


 ウィングが繰り出したのは黒の雷だ。

 地を這い、狼のような形となって大群となり、襲いかかってくる。


 オットイには効かないはずだが、目的はオットイを倒す事ではない。

 ティカの拘束である。

 もう、傷をつけないように扱う必要もなくなった今、たとえティカでも容赦はしなかった。


「全ては、魔王様のためだ!」


 ウィングにとっては、ティカの母親に恩があっても、元々魔王勢力である。

 母親に恩がある以前から、魔王には大恩がある。


 どちらかを選べと言われたら、魔王を取るに決まっていた。


「ティカ!」


 全ての雷を、オットイが受け止める。

 痛みに声を上げたが、それは腹部の裂傷にであり、雷はなんともない。


 魔王の紫電を一度、受けた今、ウィングの雷など痒くもなかった。


「ウィング、こちらこそだよ」


 ティカと重ねた手で剣を握り、それを振りかぶった。

 ウィングの位置は、ティカが教えてくれていた。


 視界がぼやけていても、言葉は変わらず届くのだ。


「……楽しかった、ありがとう」


 振るった剣から、紫電が飛び出した。


 そして――、


 破壊された地面に巻き込まれ、ウィングの体が奈落の底へ落ちていった。




 魔王の攻撃によって崩れ始めた大地が、オットイとティカを追い詰める。

 絶体絶命かと思われたその時、黒焦げになっていた巨鳥が目を覚ました。


 くぅーん、と小さな声で、オットイに背中に乗れと言っている。


「で、でも、大丈夫なの!?」

「それどころじゃないよ! オットイ、早く乗るよ!」


 二人で巨鳥の背中に乗り、未だ戦っているフーランの元へ急ぐ。


「フーランさんも、早く!」


 伸ばした手に、フーランががしっと掴んだ。

 フーランが背中に乗った事を確認し、巨鳥が速度を上げる。


 狙い放題な隙だらけの背中だが、魔王ターミナルは攻撃をしなかった。


「……ま、オレたちは別に、支配したいだけで、殺したいわけじゃないんだ」


 魔族や魔物を見ればすぐに殺す事を退治と言い換える、勇者とは違う。


 元々、魔王勢力は人間と共に暮らす魔族への差別を無くすために生まれた勢力なのだ。

 かつてはどうだったか知らないが、少なくともターミナルはそう思って動いている。


「さて、じゃあ崩れた大地を元に戻しますかね」


 その最中、ターミナルは落下した一人の人間を拾い上げた。

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