第45話 オットイの剣

 彼は立っているのもやっとの状態で、ウィングの前に姿を現した。


 殴られたが、痛みがそうでもないのは、オットイの拳に、力が上手く伝わらなかったからである。

 ふらふらなそんな足では、踏み込みが上手くいかないだろう。


 二本足で立つ事すらままならなかった。


「……男のフリをしてたのはおれだけどさ、まさか女の子の顔を殴るとは思わなかったよ、オットイ……」


「…………」


 プリムムの顔ですら傷つけられなかったオットイが、ウィングの顔は殴れたのだ。

 切り傷と打撲では違うだろうが、それでも女の子の顔に傷を作るのは同じである。


「ウィング、だよね? ……もしかして、顔に当たったの……?」


 目の前にいるのに、オットイはウィングの事を認識できていなかった。

 なぜなら、オットイの特徴とも言える丸メガネが、かけられていなかったからだ。


 視力が悪いオットイにとって、メガネがなければほとんどが見えない。

 ウィングの事も、黒いシルエットにしか見えていないだろう。


「そうか、見えていないのか……」


 ウィングが、黒の雷を再びオットイに浴びせる。

 至近距離での攻撃で速度も早いが、たとえ遅くてもオットイには避けられない。


「殴った事を別に責めるつもりはないよ。女だから、で、手加減されるのは嫌だからな」

「でも、もう顔は殴らないよ」

「なっ!?」


 ……どうして立ち上がれる!?


 ウィングは驚き、口が開いたまま呆然としてしまう。


 これまで、黒の雷を三度受けているはずだ。

 体が麻痺するほどの電撃であり、痛みと共に体力も奪われているはずだ。

 なのに……、三度受けて慣れた、とでも言うのか。


「そんなわけない!」


 両手に黒い雷を纏い、オットイの顔に向けて雷を破裂させた。

 全身が焦げるほどの威力だ――なのだが、


「変だな、全然痛くないや」

「ッ!」


 分からないという恐怖がウィングを後退させた。

 人と比べてタフなのだとしても、これはあり得ない。


 電撃に耐性があるのなら、なぜ最初は麻痺したのだ……、


「…………レベル、アップ、したからか……っ!」


 レベルが上がれば、ステータスアップの他に新たな魔法を覚える事が多い。


 ウィングが、黒の雷であるように。

 レベル1でも魔法を使える者は多少いたりもするのだが。


 オットイは魔法を使えなかった。

 そして、レベル2になった今も使えていない。


 彼自身が使っていない可能性もあるが、この場面で使わないのだとしたら、単なるバカとしか思えない。

 だから、レベルアップした時の報酬は、魔法ではないのだ。


 いや、魔法ではあるかもしれないが、自分で発動するものではない。

 常時発動している……、

 今のオットイは、耐性がぐんと跳ね上がっている。


 恐らく、喰らえば喰らうほど、その攻撃に対しての耐性が上がっていくのだ。

 つまりウィングの雷は、もはやオットイにとっては指で小突かれたのと変わらない。


「だけど、なにも雷に頼っているだけじゃないぞ!」


 ウィングには服に仕込んでいるナイフがある、弓矢がある。

 魔法だけに頼っていては臨機応変に対応できないのだ。


 手負いのオットイ一人に苦戦するレベル3ではない。


 その時だ、視界が紫色に染まり、極太の紫電がオットイとウィングを飲み込んだ。



「――なっ、オットイッ!」

「やべ、ちょっと座標がずれちゃったな」


 そんな軽い発言をする魔王に、フーランが激昂して剣を振るうが、


「……いや待て、勇者。……死んでないっぽい」



 オットイの常時発動する耐性の魔法は、同じ系統であれば継続される。

 火の耐性が三段階まで上がった上で水属性を喰らえば、当然、耐性は〇である。


 だが、二種類の雷があれば、どちらを喰らったところで耐性は連鎖していく。


 黒の雷を喰らったおかげで耐性は五段階上がっている。


 その上で紫電を喰らったオットイは、そのダメージをほぼ〇にした。


 そして、魔王の一撃である紫電を、オットイは身に纏い、その全てを剣が吸収した。

 今だけ、オットイの持つ剣は、たったの一撃だけであるが、魔王と同じ力を得た。


 ウィングは、それを知らない。


「……助かった、のか……?」


 オットイが吸収した事で魔王の紫電から逃れたウィングは、この隙を狙ってオットイの腹部にナイフを刺した。


 軽く押せば、オットイが簡単に倒れていく。

 ウィングは剣の変化に気づいていたが、それを使わせなければいいだけだ。


 と、崩れゆく足場がウィングの場所まで近づいてきている。

 早期決着をさせなければ黒焦げの巨鳥と一緒に奈落の底へ落ちてしまうのだから、不意打ちによる決着も仕方がなかった。


 すぐに、ティカを回収しなければならない。

 馬車の中からティカを抱きかかえた後、背負う。


 この場から立ち去る前に、オットイに一言だけ、ウィングが声をかけた。


「……まあでも、これまで楽しかったよ、オットイ。ありがとう」


 その時、ウィングが気づいたのは、背負うティカの呼吸音だ。


 ……明らかに、寝息ではなかった。

 ぱちり、とティカの目が大きく開いた。

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