第44話 襲来する最大脅威

 雷が、伸ばされた指先に集まっていく。

 その指先が差し示すのは、オットイだ。


「レベル2になったみたいだが、少し足りなかったな。……おれはレベル3だ」


 そして、――雷がオットイの体を射貫いた。


 避けられず、剣で防ぐ事も叶わず、背中から地面に倒れるオットイ。

 彼の体は、ぴくりとも動かなかった。


「…………バカだよ、オットイ」


 虚しい勝利にウィングが肩の力を抜いた時だった。

 ゾッと、後方に迫る脅威に気づいた。


 躊躇なく死角を狙う、勇者勢力最高峰の彼女が剣を振りかぶっていた。


 咄嗟に振るった雷は片手でかき消され、剣の切っ先がウィングの服を切り裂いた。

 幸い、肉にまでは届いていない。

 が、剣圧により、後ろへ吹き飛ばされる。


「ッ、――どうしよう……っ」


 オットイならばまだしも、フーランに敵うはずもない。

 それ以前に、戦うという心を、既に挫かれている。


「オットイに花を持たせようとしましたが、仕方ない子ですね。では、私が引き継ぎますか」


 そう言って、神々しい青い剣を構えている……と言うには、隙だらけな立ち方だが。

 隙だらけだが、いざ目の前にしてみれば分かるが、隙なんて一片もない。


「魔王勢力なら、退治の範囲内です」


 切っ先がウィングに狙いを澄ました、まさにその瞬間だった。

 耳の奥に響く甲高い叫びが長く続いている。


 ウィングが反射的に耳を塞ぐが、フーランは音の方向へ振り向いていた。


「……今のは、危険を知らせるサイン……!?」


 天に向けて叫び声を上げる巨鳥の子供。

 フーランが、迫る脅威に気づいて声を上げる。


「なにを……――早く逃げなさいッ!」


 しかし巨鳥はその場から動かず、天から降り注ぐ太い柱のような紫電を受け止めた。

 爆音と共に、視界が真っ白に染まる。


 生じた爆風がフーランの制帽を吹き飛ばすが、足は一歩も動いていなかった。

 やがて風が止み、彼女が震えた声で……、


「バカ、ですよ……あなたは……!」


 真っ黒に焦げた青い巨鳥の下には、馬車があった。

 彼は、馬車の中にいるティカを救おうとしたのだ。


「……ティカを、殺す気ですか……、魔王ッ!」


 フーランが見上げ、キッと睨み付ける。

 近くの崖の上からこちらを見下ろす、赤い角が特徴的な黒髪の少年がいた。


「それは知らなかったよ。

 ただ、その鳥は邪魔だから、先に始末しといた方がいいなって思っただけなんだ」


 暗雲の上から、紫電が魔王ターミナルの角へと落ちた。

 バチバチ、と弾ける音が魔王の全身を包んでいた。


 魔王の支配地のほとんどが暗雲で覆われており、その上には紫電が溜まっている。

 その全てが、魔王ターミナルの魔法である。


「ペットが殺されて怒るのも理不尽だと思うぞ? こっちは部下の一人、殺されそうな場面を見たんだから。助けようとするのは当然だと思うけど」


「だったら、私を狙えばいいでしょう」

「アリスに当たるだろ、ちょっとは考えろ、勇者」


 魔王が指先で、頭をとんとん、と叩く。


「魔王様!」

「アリス、勇者の足止めをしとくから、早く逃げろよ」


 はい! とウィングが頷き、ティカを回収するために走り出した。

 それを追おうとするフーランだったが、当然ターミナルの邪魔が入る。


 天から、紫電の雨が降り注いだ。


「っ、ふん!」


 フーランが、迫る大量の紫電を剣で払い、打ち落とす。

 その余波が、簡単に地形を変えた。


 勇者と魔王の戦いが、容易く天変地異を引き起こす。

 浅かった地面の亀裂が広がり、大地が割れる。


 ぱっくりと開いた谷に、崩れた地面が吸い込まれていく。

 そして、弾け飛んで空中にある地面を渡って、両者が空中で激突した。


 突然の魔王の襲来、だが、フーランは落ち着いていた。

 たった一人で魔王に勝てるとは思っていない。

 そして今回、目的は倒す事ではない。


 あくまでもティカを取り戻す事。


 であれば――、


「私の役目は、魔王の足止めですから」

「なんか言った?」

「こっちの話です、よ!」



 ウィングは巨鳥の腹の下に埋もれている馬車を見つける。


 中を覗き、ティカの無事を確認した。

 目立った外傷もないだろう。


 ほっと安堵の息を吐く。

 馬車を使って移動するのは無理なので、ここからはティカを背負うしかない。

 近くの村まで行けば、馬車を買う事もできるだろう。


 魔王が勇者を足止めしている今の内に、ウィングは逃げ切らなければならない。


 そんな彼女の肩が、急に重くなった。

 まるで、おぼつかない足下のための支えにされたような。


 振り向いた途端、頬に鈍い痛みが走り、体が地面を転がっていた。

 ……殴られた、そう気づくのに時間はかからなかった。


「……オッ、トイッ!」

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