第41話 オットイvsプリムム
――だからこそ、プリムムが昔から、必死に集めていたものがあった。
それは最も近い友人と思われたマイマイも、家族でさえも知らない絶対の秘密。
なぜあいつが知っているのかは、未だに不明だが……、
常識が決壊してしまった今のプリムムが、それを明かすのは終わりを見たからか。
手に入らないなら、もう壊してしまえばいい。
誰かのものになるくらいなら、美しいままで終わらせる。
そういう考えが生まれた。
「……服、おもちゃ、使ったスプーン、食べ残し……」
プリムムが紡ぎ出す。
「髪の毛、爪、かさぶた、皮膚、唾液……」
「……?」
オットイが、指折り数えるプリムムを訝しんだ。
紡がれた言葉の意味が、分からなかったのだから。
言葉は続いた。
永遠に続くと思われたが、プリムムが自分の意思で口を閉じたのだ。
言い出したら、きりがなく、終わらないためだ。
「なに、それ……」
「私が集めていた、オットイの私物」
オットイのものならなんでも手元に置いておきたい。
なんでもは、全てだ。
だが、手に入らないものは当然ある。
手を出せば本末転倒になってしまうものだ。
「脳、眼球、五臓六腑……その四肢を揃えれば、全部手に入れた事になるのよ」
オットイが、向かい合って初めて気圧された。
後ろで隠れているミサキも、異常なその性癖に背筋を凍らせる。
「あんたが選んだんだから――」
克服したはずの言葉に、体が反応して硬直してしまった。
プリムムに支配されていた頃の体に、逆戻りする。
「逃げるなよ?」
瞬間、プリムムの刺突がオットイの顔に目がけて繰り出された。
「ッ!」
頬に触れ、切り傷の一文字が描かれたが、なんとか直撃は免れた。
死の恐怖が、皮肉にもプリムムによる支配の恐怖に打ち勝ったのだ。
滴る血を、腕の甲で拭う。
…………あれ?
その時、オットイが違和感を抱いた。
しかし、それでも戦いは止まらない。
プリムムが連続して剣を振るう。
彼女は魔法も器用に使い、オットイの足場を崩してバランスが乱れたところで、避けづらい、いやらしい一撃を入れてくる。
躱すのは不可能なので剣で受け止め、横へ逃がす。
それが繰り返されていた。
剣と剣がぶつかり合う金属音が、長く響き渡っている。
「いい加減に、倒れなさいよッ!」
そう、違和感はそれだ。
……いつものオットイならば、一撃目さえ受け切れなかったはずなのだ。
なのに今では、防御を失敗する気配がないし、オットイ自身も失敗のしようがないと思えるほどの余裕があった。
……見える。
プリムムが一体どこに打ち込んでくるのかが。
そして、プリムムが次に踏み込むだろう足の位置が予想できる。
それは、自身の剣を先に置いておく事で攻撃に繋げる事ができるのだ。
プリムムは、オットイの剣に自ら突っ込んで行く。
「ッ!?」
彼女が咄嗟に身を引いたのと同時、オットイもまた剣を引いた。
結果、プリムムの眼前にあった刃は彼女の皮膚に傷をつけなかった。
「…………なによ、情け? 手加減する余裕があるのね」
「いや……、やっぱり、顔を傷つけるのは、可哀想だなって……」
プリムムが言葉に詰まる。
腹が立つが、それでこそオットイであるとも言えた。
そして、そういうところにこそ、プリムムは他人とは違うなにかを感じたのだ。
「……選ばなかったくせに」
プリムムが駆け出し、小さな跳躍の後、全体重を乗せた一撃が振り下ろされた。
「優しくしてんじゃ、ないわよッ!」
オットイがその一撃を受け止めた。
……かつてのオットイなら、この一撃も受け止められなかっただろう。
全体的にオットイの身体能力が上がっている。
しかし、まだ感覚が追いついていなかった。
まるでティカの料理を食べた後のような……、
以前体験した、ステータス強化以上の効果が出ているような気がする。
プリムムの剣を押し返す、と、彼女の体が予想以上に後ろへ吹っ飛んだ。
追撃するため足を踏み込めば、予想以上に体が前に進む。
自分の体ではないような感覚だった。
「空中なら……」
ローブの内側から取り出した小さなナイフを投げるプリムム。
身動きが取れない空中だが、オットイが剣を器用に扱い、ナイフを弾いた。
投げられたナイフが、止まっているように見えたのだ。
「あり得ない……! オットイがこんなに動けるなんて、私は信じないッ!」
同じレベル1。
大差はないはずだが、オットイが極端に弱かったせいで、その差には大きな壁があるとさえ思っていたのだ。
しかし今では、立場が逆転したように、プリムムの方がまったく歯が立たなかった。
戦いはメンタルの勝負だ。
オットイはこれまで自分を下に見る癖があった。
だからこそ、勝てる勝負でも勝てない場面が何度もあった。
弱い事を自覚すれば、実際に動きに影響を与える。
それは、プリムムも例外ではなく。
心のどこかで、今のオットイには敵わないと思ってしまったのだろう。
動きが鈍り、その瞬間を、オットイが見逃すはずもなかった。
下から上へ打ち上げる一撃。
握り締める力が弱まっていたプリムムは、簡単に剣を手放してしまった。
……オットイは、そこで安堵してしまったのだ。
剣がなくなれば勝負はつく、という戦いの常識が、文字通りにオットイへ牙を剥く。
がおっ、と大きく口を開けたプリムムが、オットイに近づき、その肩へ噛みついた。
「いだっ、だだっ!?」
予想外の行動にオットイも混乱する。
こんな状況は、初めてであった。
さすがに肉を噛み千切る力はないが、痛みはある。
噛みついたままという事は、プリムム次第で、終わりがない。
そして、こうなったら絶対に引かないのが、プリムムだ。
「がう、ぅううううううううううううううううッ!」
プリムムが噛みつきながら雄叫びを上げ、オットイを押し倒す。
執念だけを頼りに、オットイの肩を噛み続け――、
彼女の後頭部に、がんっ、と衝撃が走った。
やがて肩の痛みが抜け、プリムムが全体重を預けてくる。
彼女は意識を落とし、全身を脱力させたのだ。
「泥臭い戦いですね。でも、勉強にはなりましたよ」
オットイを見下ろすのは、剣の鞘でプリムムの後頭部を打ち付けた、勇者フーランだ。
「噛みつかれる、という状況も想定して戦わなければならないですね。……ただ、魔族と魔物ならばまだしも、人間がしてくる可能性はあまりにも低いですけど」
「フーランさん……」
「勇者勢力が起こした事です……私が出なくて、どうしますか」
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