第40話 選べないやり方
どうやら放火に巻き込めていなかったようだ。
これだけ苦労して、目的を達成できていないのはつらい。
逃げ延びるよりも、あの女だけは始末しなくては――!
プリムムが、背負う鞘から抜いた剣で、屋根から飛び降り相手の頭上から斬りつける。
だが、肉を切る手応えはなかった。
代わりに、金属を叩いたような感覚。
プリムムの剣を防いだのが――オットイだった。
剣と剣が交わり、互いに相手を弾く。
足の裏が、地面を削った。
「見つけた……、プリムム!」
声を聞きつけた赤髪が、くるっと振り返った。
「――オットイ、作戦成功?」
「うん、ありがとうミサキ。だからそのカツラ、もうはずしていいよ」
赤髪が取れ、中から覗いたのはオレンジ色の髪の毛だった。
思えばティカとは体格が違う。
近くで見れば分かるが、幼いのだ。
それよりも、
「また、新しい女……!」
「ね、ねえ、あの人、もの凄い怒髪天なんだけど……」
ミサキがオットイに身を寄せれば、プリムムの視線がさらに強くなる。
その視線に耐えられなくなったミサキが、オットイの背中にささっと隠れた。
「……私を迎えに来た、割りには、仲良くやっているようね」
縄をどうやって解いたのか、そんな細かい事を気にするプリムムではなかった。
怒りによって些細な事は塗り潰されてしまっている。
同時に、疑念だ。
……おかしい。
これでは明らかに、敵対しているようではないか。
「もうやめよう、プリムム」
「そうよ、剣を向けるなんて冗談はやめて、私と一緒に外に出るの。
……マイマイは、でもあいつもいたらいたで邪魔ね……」
「プリムム、違うんだ。もう終わりにしようって事だよ」
「……どういう意味よ?」
引きつった笑みのまま、固まってしまう。
次に出たオットイの言葉に、プリムムは現実を受け入れられなかったからだ。
「僕は、プリムムのものじゃない。僕は、僕だ。オットイだ」
関係を断ち切るように、握られた剣が改めて、プリムムに向いた。
「はっきり言うよ。僕はプリムムじゃなくて、ティカを選んだんだ」
その時、プリムムの頭の中で、なにかが弾けた音がした。
たぶん、なくてはならない、大切な部分だろう。
――取り返しのつかない、破損だ。
「僕とティカの、夢の邪魔をするな!」
「私が、どれだけ――」
オットイのために、尽くしてきたか。
それは本人にしか分からないし、その事実を誰にでも吹聴するわけではない。
心の底にそっとしまっておくべき記憶である。
本人に言うなんて、もっての外だった。
だが、タガがはずれてしまえば、常識的な判断はできないのだ。
オットイを縛り付けたあの洞窟内で、『あいつ』は久しぶりに姿を現していた。
ティカを消す、とプリムムが洞窟内で決心した時である。
意識を失ったオットイには知る由もない続きの会話があった。
「その町娘を消すのもいいけど、まずは逃げ切った方がいいでしょうねぇ。
せっかくオットイを取り戻してとんずらできるのに、わざわざ騒ぎを起こして居場所をばらす必要もない、と思うけど?」
「そう、ね……じゃあ逃げ切ってから――」
「逃げ切ってから、ティカを襲うと?」
突然現れた気配に気づいて、二人が首を回す。
そこには、壁に背中を預け、腕を組んだ一人の青年がいたのだ。
……なのだが、女性にも見え、黒く長い髪が性別を迷わせる。
手の甲には魔王勢力を示す、満月の真ん中をくり抜いたような形の紋章が刻まれており、不気味に紫色となって輝いている。
二人はその時、警戒心を露わにして、腰を落として口を閉じた。
「おれはいつだってお前らを見ているよ。
人質のオットイを連れて逃げ、おれからの指示を無視しようったってそうはいかないな」
「……あんたが自分でやりなさいよ。指示なんかしないで――」
「嫌だよ、嫌われたくないし」
「ふざけ――」
「でも、あの人の役には立ちたい。そういうわけで、お前らが適任なんだ」
その時、恐る恐る口を開いたのは、マイマイだった。
「……聞いていませんでしたが、どうしてわたしたちを?」
「単純に疑われるのはやった本人のお前らだし、あとは勇者勢力の信頼の失墜、かな。
ただばれなきゃいいわけだから、一応お前らにもチャンスは残しておいたわけだが」
「……ようは罪をなすりつけたいわけね」
「いや、実行犯はお前らだろ」
「脅したのはあんたでしょ!」
プリムムの怒号に、その時、青年は肩をすくめただけだった。
「嫌なら断ればいい。すればオットイが死ぬだけだ」
「そんな――ッ!」
「だけど、今、オットイが死ぬとティカが悲しそうな顔するしな……それは避けたい。
ならお前の気持ち悪い趣味をオットイに明かす、くらいで手を打つとするか」
「それだけはやめて!」
プリムムと青年の間だけのやり取りが、これ以前にあったのだ。
今の会話にマイマイがぴんとこないのも無理はない。
プリムムは両手で頭を抱え、地面に膝をついてしまう。
「いや、よ……、オットイに嫌われたくない……ッ!」
「自覚があるようでなによりだ。……じゃあ、やってくれるよな?」
プリムムは頷くしかない。
しかし、そうなるとマイマイにとっては大して大切でもないオットイの死というだけで、それを受け入れてしまえば、指示に従う必要もないのだが、彼女はそうしなかった。
青年がこの場において最も力を持っていることが分かっていれば、たとえ人質がなかったとしても従っただろう。
「もう一人は?」
「はーい、やりますよー」
その時もマイマイは、長いものには巻かれるべきだ、という考えを持っていた。
彼女の素直過ぎる挙手に青年は警戒をしたが、今となれば杞憂である。
その時、マイマイは青年の疑念を否定している。
「勇者側に特に執着はないのよね、だってたまたま選ばれただけだから」
オットイと同じく、プリムムとは違う、血筋による勇者だった。
努力の末に手に入れた地位とそうでない地位であるプリムムとマイマイが打ち解けるのは、今となってみれば不可能だったのだろう。
どうしても手に入れたかった居場所と、物心つく頃から当たり前のようあった居場所。
その溝は、どうしても埋められなかったのだ。
だからこそ、現状が作り出されている。
互いに二手に分かれ、両者がどちらも相方を見捨てる、という選択をした結果だ。
プリムムは、『あいつ』からの指示に従い、オットイの命を救った。
だと言うのに、オットイから剣を向けられ、決別宣言をされている。
どうして報われない?
どうして思い通りにならない?
……ただ私は、オットイの事が――。
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