第39話 蛇は巻かれる
町の人々が一丸となって犯人を探し出そうとする。
不規則に動く大量の目が、勇者の二人を追い詰めていた。
「……マイマイ、用意されてた逃亡ルートは!?」
「たぶん無理でしょうねえ。
地下通路なんてあからさまに怪しい場所、見張ってないわけないでしょ」
つまり、助けは期待できないだろう。
「チッ、――どうするのよ!?」
「二手に分かれましょう。その方が追う人間も分散されるし、逃げやすくなるわぁ」
二人だとなにかと不便な事がある。
戻る場所は分かっているのだから、後で合流すればいいだけの話だ。
「……分かった。余計な寄り道はしないようにね」
狭い路地に身を潜めていたプリムムが、大きな通りに身を乗り出し、勇者の身のこなしを使って屋根の上に飛び上がる。
それを見ていた人々が叫び、周囲に知らせる。
プリムムの後を追う者が大群となって遠ざかっていった。
「うわぁ、気持ち悪っ。まるで虫の大移動ね」
気づけば月が雲から出ていた。
月光が町を照らしており、逃げる方からすればコンディションは良くない。
遠目からでも逃げる姿が確認されてしまうだろう。
「まあ、わたしには関係ないのよねえ」
マイマイが魔法を使う。
すると彼女の体が薄くなり、その姿を蛇へと変化させた。
銀色の蛇が、するすると壁に沿って町の外へ繋がる出口へ向かう。
犯人が特定されているのなら、逆にそれ以外に目は反応しないものだ。
プリムムが視線を集めてくれているし、その間にマイマイはとんずらしてしまえばいい。
気をつける事は、猛ダッシュする町の人々に踏まれない事くらいだろう。
「……所詮は素人、簡単に抜け出せるものなのよねえ」
もう少しで出口だ。
門番も視線は前しか向いていないため、マイマイが足下を通り過ぎたところで、気づかれないだろう。
ここも壁に沿って進もうとしたところで、
――胴体がぎゅっと掴まれた。
「んん!?」
蛇の体だが、感覚は人間の体と変わらない。
今は、お腹の辺りを抱きしめられたような感覚が走った。
「な、なんなのよ!?」
「あー」
と、目を輝かせていたのは、小さな男の子だった。
周囲が騒いでいる中、気にも止めずに遊んでいたのだ。
彼は人捜しをしているわけではないため、視線は低いところへ向けられる。
五歳か六歳くらいと言えば、昆虫などに夢中になる年齢だろう。
彼を前に、狭い場所や壁際を歩くのは、悪手だったのだ。
……しかし、そこまで考え出したらきりがない。
これは仕方ないと割り切るのだ。
幸い、小さな男の子一人、どうとでもできる。
「なにをしてるんだい?」
すると男の子の後ろから声をかけた人物がいた。
父親、にしては若い。
兄だろうか。
好青年が男の子の持つ銀色の蛇に気づいて、慌てて男の子の手からはたき落とす。
「へ、へび……」
「珍しい色だ。……もしかしたら毒があるかもしれないから、触っちゃダメだよ」
青年がそうたしなめている間に、マイマイが逃げに徹する。
毒を持ってそうで危ない、を理由に、駆除されてはたまらない。
「……それにしても」
青年の視線が、こちらを向いているとマイマイも気づいた。
別の事に気づかれる前に、さっさと脱出をしなければ。
「町中に、蛇?」
――ぐんっ、と首に金属のフックがかかった。
そして後ろへ引っ張られる。
呼吸が止まり、思わず手で押さえようとするが、体が蛇であるためにできない。
感覚はあるのにできないというもどかしい状態が続き、彼女の体が宙吊りにされた。
青年の周囲には人が集まっていた。
誰もが蛇を怪しんでいる……ただ蛇を駆除しにきたわけではないらしい。
完璧な変身のはずだが、一体なんで……?
「ただの蛇、だが……こんな状況じゃあ、気になっちまうな」
金属のフックを持ちながら、蛇を調べる男がいた。
「魔法で、魔物に変身する事もできるんだろ?
もしかしたらこの蛇が、変身した犯人だった場合……まんまと逃がしちまう事になる」
「……でも、どうやって調べるんですか?」
青年の質問に答える前に、男が樽を見つけた。
「用意した水がたくさんあるんだ、沈めとけよ」
――冗談じゃない!
変身を解いたマイマイが、集まった男たちの中心に出現する。
相手が武器を持っていたところで所詮は素人だ。
マイマイの実力以上とは思えない。
正体がばれ、騒ぎになるのは避けたかったが、仕方のない状況だ。
たった数人なら、数秒で制圧できる。
しかし、
「ほう、やはり……」
マイマイが魔法を放とうとした瞬間だ。
伸ばした腕に縄が絡みつく。
そして思い切り横へと引っ張られた。
「あう……!」
激しく転ぶマイマイの体に、樽が破壊され、大量の水がかけられた。
びしょ濡れになったマイマイは、出そうとしていた炎の魔法を消されてしまう。
うつ伏せになるマイマイの体に、数人の子供が乗り、動きを止めた。
「もう逃げられねえぞ」
「ち、違うの!」
と、マイマイがかけられた水なのか、涙なのか分からないが――、
目元を拭いながら弁解をし始めた。
「無理やりやらされたの! やらなきゃ命を奪うって、脅されて……!」
周囲の男たちが顔を見合わせる。
「もう一人が向かった先を知ってるわっ、わたしも協力する! 手伝いたいの!
あいつの言いなりにならなくちゃいけなかったのが、悔しくて悔しくて……!」
彼女は体を抱きしめ、身を震わせる。
「どうする?」
「居場所を知ってるって言うなら、協力してもらった方がさ……」
「しかし信用できるのか?」
「だが魔法が使える人材は貴重だぞ」
男たちが話し合うのを見て、マイマイが内心で笑みを作る。
……ちょろいもんね。
長いものには巻かれるべきなのよ、楽をするためにはね。
今頃、必死に逃げているであろうプリムムを思い出したが、特に思う事はなかった。
ただ利害が一致したから付き合っていただけに過ぎない。
相手のピンチに駆けつけるような関係ではないのだ。
……悪いわねぇ、プリムム。
「そうだな、じゃあ協力でもしてもらうか」
話し合いの結果、男たちの意見が決まったようだ。
……あとは混乱に乗じて逃げれば……。
だが、マイマイの首に、首輪がかけられた。
「……え?」
「犬に変身できるか? 馬でもいいが……とにかくこの姿じゃ体裁が悪い」
首輪に繋がっている鎖が、強く引っ張られた。
四つん這いのマイマイが、バランスを崩して地面にキスをしてしまう。
「え、この、首輪はなに……?」
「当然、逃げられないようにするためだが?」
マイマイは、冷や汗が止まらなかった。
「脅されていたのは気の毒だったな。無理やりやらされていた事も、ひとまず信じよう。
だが落ち着くまではこうして手元に置かせてもらう。どうせ後になれば分かる事だ」
嘘かどうかなんて。
「さあ、協力してもらうぞ。お前の魔法が頼りなところもあるからな」
無理やり引きずられるマイマイが苦悶の表情を浮かべながら、心の中で叫ぶ。
……プリムム、助けて――っ!
プリムムが屋根の上で足を止めたのは、呼ばれた気がしたからだったが。
「……間違えたわね」
単なる空耳だった。
そして、屋根の上から見下ろせば、目につく赤い髪が見えた。
「あの女……!」
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