level4 オットイの剣

第38話 反撃

 泣きじゃくるティカが平静を取り戻したのは、抱きしめてから数分後だった。

 目を真っ赤にしたままオットイを見上げ……、やがて顔も真っ赤に染まった。


 どんっ、とオットイの体が後ろへ転がっていく。


「あ」

 と呟いたティカは、両腕を前に伸ばしたまま、固まっていた。


 三回転したところで勢いが止まり、オットイは痛む後頭部を擦りながら前を見る。

 ……なぜか、体は正面なのに顔を横に向けているティカがいた。


「……ティカ、なんでこっちを向いてくれないの……?」

「…………気にすんな……気にしないで、よ?」


「気にするよ」


 言い直した口調共々、気になるところしかない。

 ちらっと横目でこちらを見たティカが、入念に目元を腕で拭い、それから不満そうに顔の向きを正面に戻した。


「酷い顔だろ……でしょ?」


「そんな事ない」

 あと、言い直す必要もないのだが……。


 ……けど、ティカが頑張っているなら止める事もないかな。


「おい! 手伝える奴がいたら手を貸せ! 魔法で消火するぞ!」


 すると、周囲に人が集まってくる。

 町の人が集めてきてくれたのだろう、旅人の勇者たちが魔法を放つ。


 加えて、町にある水も大量に用意してくれたらしい。

 通常の十倍以上もある樽を、屈強な肉体を持つ魔族が抱えて、店に投げ入れた。


 魔法によって樽が空中で破壊され、詰まっていた水が降り注ぐ。

 二つの手法で消火活動がおこなわれていた。


 燃える炎の勢いがやがて静まっていき、焦げた家の様相が見えるようになってくる。


 真っ黒焦げになり、以前の色とはかけ離れているが、まだ家は倒れていない。

 隣に燃え移った炎も同時に消し、現時点での死者はいないようだった。


 怪我人は数十名ほどいるが、それは炎によるものではなく、逃げる際に起こった事故によるものである。


「ティカ、助けを呼んできたからこれで大丈夫だ……!」


 呼吸を乱れさせながら駆け寄って来たのは、ウィングだ。


「オットイ……!? お前、どこに行って――」

「詳しい話は後で説明するよ。今はそれより、ティカを見ててほしいんだ」


 瞬間、いい加減にしろッ、という怒号が響いた。


「急にいなくなって突然現れたと思ったら、またいなくなるのか、お前は!」

「……僕は放火の犯人を知ってる」


 ウィングも、これには言葉を遮ろうとはしなかった。


「逃がせば同じような事がまた起こると思う。

 だから、今の内に捕まえておかなくちゃいけない」


「いや、分かる、けどな――オットイにそんな事ができるのか!?」


 ウィングの意見はもっともだろう。

 オットイを知る人物にとっては、放火した犯人を捕まえる、なんて事が、彼にできるとは思えなかったのだ。


 反撃に遭うのではないか――、

 という最有力候補の結末が、オットイを止めなければと行動させるのだ。


 しかし、それは一人ならば、の話。

 オットイがこの町で、ただ生きるためだけに黙々と毎日を過ごしていたわけではない。


「……犯人とは、誰かね?」


 すると、杖をついた老人がオットイの前に出た。

 彼の後ろには、多くの町の人々が立っていた。


 中には魔族もいる。

 彼らだって、放火をした犯人が許せなかったのだ。


 この町では、姿形が違うからと言って、除け者には絶対にされない。

 全員が対等であり、仲間なのだから。


「私が水晶に映し出しましょう」


 集団の中からすぅっと飛び出て来たのは、占い師である。


「あ、お姉さん」

「よく頑張りましたね、坊や。……いや、オットイ」


 占い師の微笑に、オットイは少し照れ臭くって、目を逸らした。

 フフッ、と口に出し、占い師が水晶を浮かせ、すると空中で二回りも大きくなった。


 これで水晶に映る映像が、集団の後ろの方の人にも見やすくなっただろう。


「放火魔はこの二人です」


 ――映った人物に間違いはなかった。

 プリムムと、マイマイである。


 占い師がオットイを見て、オットイがこくん、と頷いた。


「……犯人はこの町にいるだろうよ。

 門から外に出した者は一人もおらんからのう。

 必ずどこかに隠れているはずだ」


 老人が杖を、地面に強く叩きつける。


「探し出して、ティカちゃんに謝らせる。まずはそこからだ」


 そして、集まった人々がそれぞれ武器を握り出した。

 相手は女の子だが、罪を犯した者に情けは適応されない。


 やったら、やり返される。

 それを念頭においての行動だと、こちらは判断したのだ。


「オットイ」


 老人が名を呼んだ。


「悪いが、君に美味しいところを譲るほど、我々に余裕はない」


 つまり、


「……犯人を見つけたら、ぼこぼこにしても構わんのだろう?」

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