第34話 再会の幼馴染
一時期の大混雑には程遠いが、客足は〇ではなかった。
不味いのが好きな奇特な人物が数人来店し、店は何事もなく閉店時間を迎える。
ターミナルがいなくなった事で、オットイはウィングの部屋に戻り……、
たかったのだが、ティカが、
「いいからここにいろ」
と言うので部屋は昨日と同じである。
一つのベッドを二人で使い、意識を落とす。
昨日、一度体験しているため、戸惑いは少なく、オットイも平常心で眠れていた。
真夜中。
寝息を立てるオットイを、見下ろす人物がいた。
月の光に照らされているが、逆光によって見えない誰かが、窓枠に足をかけていた。
不用心に、窓は開いたままであった。
「あらあら……これは、荒れるんじゃないかしらあの子」
声は、少女のものだった。
彼女はオットイの頬を、指でなぞった。
「やっと見つけた……久しぶりね、オットイ」
そして、目を覚ましたオットイは、身動きが取れない事に気づく。
椅子に座ったまま、体が背もたれに縛り付けられているのだ。
両手は後ろで、両足は椅子の足に合わせて縛られている。
状況が把握できないのは寝起きだからもあるだろうが、周囲が暗くてなにも見えないのだ。
体を揺する事で椅子も僅かながら動くので、その時の音の反響具合によって、狭い空間である事が分かった。
……洞窟、みたいな感じだ。
すると、足音が聞こえた。
視線の先から赤い塊が近づいてきて……、
狭い空間の壁に、等間隔に並んでいる燭台に近づけられた。
燭台に火が灯され、そのおかげで狭い空間がよく見えるようになる。
たいまつを振るって、先端の火を消した少女には、見覚えがあった。
というか、死んだはずの、かつての仲間である。
「え、あれ!? なん――、……マイマイ、だよね?」
「はーい、久しぶりね、オットイ」
地面に着きそうな艶のある黒髪。
全体的に色々と長く、服装の袖も手の半分ほどまでが隠れてしまっている。
足下も、躓くのではないかと心配になるほどの裾だ。
彼女は魔法を使う勇者であり、その動きづらい服装も、機能重視であるためだ。
「もう、仲間なのに疑問系なのはショックよ。
目の下にほくろがあるでしょ?
これでわたしがマイマイだって、判断できるでしょ?」
「あ……、ほんとだ、マイマイだ」
「そこで判断するのかい!」
自分でつっこんで、ふふふっ、と口に手を添え、自分で笑っていた。
その笑い声が狭い空間に響く。
……変わらない。
こういうノリが、マイマイなのだった。
「……ふふふっ。――あれ? オットイ。もしかして誰か探してる?」
「いや……」
「隠さなくてもいいのに。いるよー、ちゃんとあの子も、こ・こ・に」
別に待ち望んでいたわけではない。
マイマイがいるならいるはずだろう、という予想をしただけだ。
……でも、マイマイもそうだが、生きていてくれた事は嬉しい。
だって、死んだものだと思っていたのだから。
「ま、運良く生き残ったのはわたしとプリムムだけよ」
では、その他のみんなは、フーランの言う通りに死んだわけだ。
言葉に詰まったオットイを見かねて、マイマイが言う。
「自業自得だからね。それに勇者である以上、こういう結果はついて回るものよ」
オットイ、マイマイ、プリムムは旅団の中でもレベル1であった。
その他の勇者は三人よりもレベルが上だったのだが……、
生き残ったのが低レベルの三人とは皮肉なものだった。
「死者の事はどうでも良くて」
と、マイマイは仲間の事をあっさりと切り捨てた。
逃げ延びようとした当時も、今のように切り捨てたのだろうか。
ただ同じ岩村出身だからと組まされた、信頼関係などない旅団の中では、ありそうだ。
「オットイを、迎えにきたんだよ?」
「僕を……?」
「そ。プリムムがどうしてもって言うから」
「余計な事を言わないで、マイマイ」
わわっ、と驚くマイマイの後ろから姿を現した少女がいた。
オットイが子供の時から最もよく知る、幼馴染みの少女である。
いつもは少女とは思えない重装備をしていて、顔さえも鎧で見えないのだが、今はマイマイと反対で肌の露出が多かった。
薄手の短いローブと動きやすい服装である。
おでこを出した、肩にかかる程度の茶色いリッチウェーブの髪型は変わっていない。
「プリムムも、生きて――ぶッ!?」
と、オットイの頬に強烈な平手打ちが叩き込まれた。
オットイの体が、椅子ごと横に倒される。
からんからん、と、メガネが端の壁まで飛んでいってしまった。
倒れたオットイの顔の横へ、だんっ、と素足を叩きつける。
プリムムは淀みなく言った。
「舐めなさい。僕はプリムムのものです、と復唱しながら、早く」
「どう、して……?」
「口答えをするの? 一緒に旅をしていた時はそんな事しなかったのに。誰に影響されたのかしら。オットイ、今までどこにいてなにをしていたのか、言えるわよね?」
メガネがないため彼女の顔がはっきり見えない。
しかしだからこそ、
まるで模様が顔に見えるように、ぼやけたプリムムの顔が、悪魔のように見えた。
……痛い。
体中が痛みを発した。
その痛む場所の全てが、さきほどの平手打ちのようにプリムムから喰らわされたものである。
プリムムが手を上げるその予備動作で、既に体が痛みを覚えてしまったのだ。
オットイの闘争本能が、ぽっきりと折られた音がした。
「……僕は」
「なに?」
「僕は、プリムムの、ものです……」
「そう、なら仕方ないわね」
言いながら、オットイの舌が届く範囲に、プリムムが足を近づける。
「ご褒美に、舐めてもいいのよ?」
彼女の後ろでは、マイマイが、うわぁ、と引いていたが、プリムムは気づかない。
彼女も彼女で、周りが見えないほどに自分の世界に入っていたのだ。
オットイが舌を伸ばし、プリムムの足の甲へ、その舌を滑らせた。
二回、三回……、彼女の、汗の味がした。
「ほんとに、私がいないとなにもできないんだから、オットイってば」
プリムムが、椅子に縛られたままのオットイを起こす。
それから、優しくメガネがかけられた。
オットイの椅子にぴったりと、もう一つの椅子がくっつけられ、そこにプリムムが座る。
肩と肩が触れ合った。
「じゃ、聞かせてもらおうかな。私たちとはぐれた後、オットイがなにをしていたのか」
聞くだけのはずなのに、彼女の手には刺繍をする時に使う、小さな針があった。
なぜ持っているのか、聞いたが彼女は教えてはくれなかった。
「持ってるだけで、特に意味はないわよ?
……そんな事より、私に教えてよ。
なにをしてたの?
どんな楽しい思い出ができたの? ――嘘なんかつかないよね?」
指二本で挟む針を見て、オットイが視線をマイマイに移す。
助けを求めるのならマイマイしかいなかった。
……しかし、
彼女はオットイの視線に気づいて、ただ微笑を返しただけだった。
助けは期待できない。
……プリムムの機嫌をできるだけ損なわないようにしなければ。
だが、オットイにとっては、ありのままを話すだけである。
「……みんなを追うために、お金を稼ごうとしたんだ」
ティカとウィングと出会った事、生活に困っていたオットイを居候させてくれた事、軍資金を貯めるために働かせてくれた事、などをプリムムに伝えた。
彼女は、ふんふん、と相槌を打ちながら聞いていた。
――家の間取りは? 就寝時間は? どんな会話をしたの?
……と、プリムムは細かく質問してくる。
全てを覚えているわけではないので、曖昧な部分もあった。
が、正直に答えているのでプリムムの機嫌は良い、……方だろう。
「二部屋なのよね? なら、当然、その男の子の方の部屋で寝たのよね?」
……実際は、二人とも女の子だけど。
オットイがウィングの事を男の子と言っても、プリムムは怪しまなかった。
当然だが、知っているわけもないのだ。
ティカでも気づかなかった事を、会った事もないプリムムが知っているはずもない。
そして彼女の質問だが、答えに困った。
事実を言えば、どっちにも泊まった、だ。
であれば、ウィングの部屋で寝た、と答えても嘘ではない。
そうだよ、と答えた瞬間だ。
太ももに深く、針が突き刺さっていた。
彼女の指が、ぐりぐりと、針を回している。
灼熱の痛みに飛び上がりそうになるが、縛られているために身動きが取れなかった。
「い、だ……ッ!?」
「嘘は、つかないのよね?」
「ッ……!」
「針千本飲ませるよりも、針千本突き刺した方が取りやすいし、そうしよっか」
プリムムの手には、いつの間にか二本目の針がある。
この調子だと、三本目、四本目と……本当に千本あっても驚かない。
「もう一回、チャンスをあげる。……男の子の部屋で寝たのよね?」
「そう、だけど、違うって、言うか……」
「あ?」
二本目の針が、空中から落とされた。
落下の勢いで、先端がオットイの太ももに突き刺さるが、
浅かったために、すぐに抜けて倒れた。
彼女は指でつまんで再び持ち上げる。
「どういう意味?」
「……どっちにも、泊まったんだ。最初、僕が倒れちゃった時に、ティカが介抱してくれたんだ。その時は、ティカの方のベッドにいて――」
「ん? マイマイが言うには、オットイをここに連れてきた時、オットイの隣にはそのティカって子が寝てたって話だったけど?」
オットイが話したのは、初日の出来事である。
しかしプリムムが議題に上げているのは、ついさっきの事だ。
そのすれ違いが、オットイが隠し事をしたのだとプリムムに誤解させた。
「同じベッドに、二人で寝たのよね?」
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