第33話 目標

 目から鱗、みたいな表情が自然と出た。


「……僕は、ティカの傍にいたいのかな……?」


「違うのか? てっきり天秤に乗っているもんだと思ってたけど。昔の仲間に黙ってティカの元にいるのはオットイの性格的にしないだろうと思ったから、そういう話をするために一旦、戻るんだと思ってた」


 いや、そういうわけではなかった。

 ただ、帰るのが当然だと思っていたから帰るための努力をしていただけで……、

 戻りたい強い理由はなかった気がする。


 戻らないと怒られるし……、

 でも怒るかつての仲間はもういないわけで……、


 じゃあオットイは、このままティカの元にいてもいいのだろうか?


 やり残した事がある中で、ティカから離れるわけにはいかないとも思っていた。

 ……じゃあそのやり残した事を終えれば、僕はどこに帰ればいい……?


 故郷に戻る……? 


 一人で?


 心を通わせたわけではないが、同じ故郷の仲間である。

 遅くなってもいい、骨でもなんでもなにかを持ち帰ってあげたいという気持ちがあった。


「……ありがとうターミナル。なにがしたいのか、見えてきたよ」

「ティカとあの店を続けるのか?」


 オットイが立ち上がった。


「うん。ティカが良ければ、だけどね」


 オットイは足下のターミナルへ視線を落とし、


「あれ? 一緒に戻らない? ……開店時間には戻ってくるよね?」

「さあ、どうだろうな? オレは縛られない主義なんだ」


 別にティカは縛っているわけではなく、壊したものの代金はきちんと払えと言っているだけなのだが……、

 だが、そんな些細な事を気にする魔王ではないだろう。


 オットイが苦笑し、


「ターミナルの分は僕が働いて払っておくから。気が向いたらまた戻ってきてよ」

「……なあオットイ。おまえは優し過ぎる。それは絶対に損する優しさだぞ?」


 そうかな? とオットイは自覚がないようだった。


「だって、今のところ損してないし」



 ティカを狙った犯人が捕まった。

 勇者フーランが犯人の魔族から聞いた情報によれば、完全な単独犯であり、ティカの力を勇者勢力に独占されるくらいならば、破壊してやろうと思って実行したのだと言う。


「仲間に唆された、と言い張っていましたけど、実際にやる方が悪いですからね」


 唆した方の捕縛は、情報が少ないためにフーランも動けない状態だった。

 オットイはターミナルと別れた道中で、出会ったフーランと短い雑談を交わしていた。


「単独犯ですから、もう安心だと思いますよ。

 一応、部下の勇者をあの店に配置しますので、別の魔族がティカを狙っても対処できます」


「ありがとうございます、助かりました。……それにしても聞き出すのが早いですね」

「ええ、拷問には慣れています」


 慣れている理由は、聞かない方が良さそうだ。


「もうティカを狙う輩は出ないと思います。ティカの力は、破壊して無くすには惜しいものですからね。たまたま今回はバカな魔族がいただけです。魔王もどうせ千里眼で見ているでしょうし、ティカを襲わせたりはしないでしょう」


 魔王の意見がどれだけの魔族に影響を与えるのかは分からない。

 勇者の管理が徹底しているのとは逆に、魔王側は杜撰だったりする。


 それが今回の騒動に繋がっていた。

 監視の目が厳しくない以上、こそこそと単独行動をする魔族は多いはずだ。


 だが、今回の件を学習し、ターミナルもやり方を変えるはずである。

 単独行動をする者がいたとしても、ティカを破壊しようと狙う輩はもういないだろう。


 だからフーランの言葉に、オットイも肩の荷が下りた。


「もう安心ですから」



「そうか……、じゃあもう、気を張らなくていいんだな」

「うん……あと、謝らなくちゃいけない事があるんだよ、ティカ」


 開店直前の店内で、オットイはテーブルを挟んでティカと向き合っていた。

 フーランの伝言を伝え終えて、ティカが怒るだろうと目に見えていたが、それでも言わなければならない事がある。


「ごめん。ターミナルの事なんだけど、弁償もまだなのに別の場所に行く事を止められなかった! 割った皿は僕が代わりに払うから、ターミナルの事は怒らないで――」


 ティカが立ち上がり、椅子が後ろに倒れる。

 テーブルを回って、オットイの傍へ。


 びくっと目を瞑ったオットイが感じたのは、毛布に包まれたような温かい熱だった。


 ティカに、抱きしめられていた。


「え――」


 オットイは、ゆっくりと目を開ける。


「そんなのもうどうだっていい。いつものオットイが傍にいるだけでいいんだ」

「ティカ……」


 抱きしめ返すのは、正解なのか。

 ……僕が、僕らしくいるだけで、いいの……?


 オットイにとって利害関係なく受け入れられている事が、初めてだった。

 やがて力の入った腕が、ティカの背中ぎりぎりのところまで向かうが、止まった。


 そのまま力が抜け、オットイの腕がだらんと下がっていく。


「いるよ、傍に」

 ……でも、ずっと、とはまだ言えなかった。


 やるべき事ではなく、やりたい事があるのだ。

 そして、密着していた状態から離れた二人が、椅子に座り直す。


 ティカの頬が僅かに、赤みを帯びていた。


「お金が貯まったら、少し旅をしようと思うんだ――って、顔を手で覆ってどうしたの?」

「うぅ、勢いであんな事を――というか、おまえがなんともなさそうなのが腹立つッ」


 抱きしめらた事についてだろうか。

 それ自体は、旅をしている最中に挨拶代わりにする者が多かったし、手馴れたものだ。


「ぐ……っ、なんかオットイに先を行かれた感じがして……やだ」

「やだ、って言われても」


「まさかキスまで済ませてるとか言わないよな?」

「…………」


 馬鹿正直に言うものか迷った。

 しかし、子供の頃の話はカウントしない気がする。


「それはないかな。……いや、それ聞いてどうするの」

「旅って、勇者として旅をするのか?」


 話を逸らされた。

 ……まあ、掘り返されても困るのでこのまま受け入れる事にする。


「もう勇者として旅はしないよ。僕は魔王を退治しようと思わないし。ただ、全滅した仲間の形見を探して、故郷に持って帰るのが、残された僕の役目だと思って」

「……そっか。じゃあ、無理はしないんだな?」

「お金があれば別の旅団に一時的に参加させて貰う事もできるし、危険は少ないと思う」


 ティカが深く深く、安堵の息を吐いた。


「なら、それまでは……」

「また、お世話になるよ、ティカ」


 軍資金が貯まるまで。

 ……オットイとティカの契約は、変わらず今も続いている。


 本人は気づいていない様子だが、ティカの声が僅かに跳ねていた。


「そろそろ開店時間だ。――きりきり働けよ、オットイ!」

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